異世界転移するって話だったのに途中キャンセルされたんですが……。

トーリ
トーリ

1話

公開日時: 2020年10月25日(日) 00:00
文字数:4,203



「ふわぁ~~~……」


 盛大に大きなあくびをしつつ、体を起こす。

 カーテンの隙間から差し込む日差しが目に染みる。


「変な夢見たな……ははっ、俺が勇者召喚とかあり得ねぇわ。しかも俺が行く前に魔王討伐完了とか冗談みたいな内容だったし」


 夢の中で見た出来事を思い出し笑いしつつ、スマホを見る。

 画面を見ると昨夜寝る前に読んでいたライトノベルが出ていた。


「コレの影響かな」


 目を通すと主人公がステータス画面を出して「うわ、俺強くなってる」みたいな展開をやってるシーンだ。

 

「俺も自分のステータスとか見れたらどんなに便利――」



 言いかけた途端、眼前に半透明のウィンドウが現れた。


「は……?」


 思わず口が開きっぱなしになった。

 見間違いか何かかと思って目をこすったり、古典的だけど頬を引っ張ってみたりもした。だけどそれは相変わらずそこにある。


 半透明のガラスのようだが……なんというか実体がないというか、ホログラフのような不思議な感じだ。

 いや、ホログラフなんて見た事ないんだけど……それが一番しっくりくる感じだ。



 俺はそのウィンドウをしげしげと眺めてみることにした。

 そこには見慣れた日本語でこのように書かれている。

――――――――――――

斎藤 一さいとう はじめ 19

称号:勇者

Lv1

保有スキル:鑑定 身体強化Lv1 異空間収納Lv1

――――――――――――




 斎藤一というのは俺の名前で、死んだ親父が新鮮組好きで名前が斎藤って事で周りの反対を押し切ってこの名前になったらしい。同じく死んだ母さんも親父と同じ新選組ファンだった。所謂歴女である。

 ちなみに母さんは沖田総司が好きだったそうで、総司にしようとしていたらしいが俺としては歴史最高レベルのイケメンの名を継ぐ事が無くなったことに関してのみ、親父には感謝してる。

 またまた余談だが俺の顔は普通だ。どこにでもいる平凡な19歳、短く切ってはいるがボサボサ気味で、若干死んだ魚みたいな目をしているがそれ以外は普通のフリーターだ。


 ちなみに今日は……うん、休みだ良かった。


 チラリとカレンダーを見るが、今日の日付に赤い丸で囲われて「やすみ!」と書かれている。

 今日と明日の2日間は休みなのでホッと一息。



 

 そして改めて思考を目の前に浮いているウィンドウに戻す。


「そんなどこにでもいるうだつの上がらない男が勇者とか」


 自分で口にして笑えて来た。

 しかも俺、転移前にキャンセルされて送り返されただけのなんちゃって勇者だ。


「でもあの夢は本当だったんだな。あぶねえな、一歩間違えたら命がけで魔王と人生の半分賭けて戦う羽目になってたのかよ」


 思わずつぶやくと背筋がゾッとした。

 確かに異世界やら魔法の世界は憧れが無いかと聞かれれば、そりゃあるに決まっている。

 だけど命を懸けた壮大な旅と言われたらビビるに決まっている。

 ヒーロー願望はあるけど、自己犠牲の精神までは無いんだよ。俺には。



「……っと、そんな事よりこっちだな」


 ちょくちょく思考が脱線するのを感じながら、目の前に現れ続けるウィンドウに注目する。


「とりあえずこのスキルってのが気になるよな」


 ウィンドウにに表示されているスキルは身体強化と鑑定、あと異空間収納の3つ。


 ライトノベルなんかで見る定番スキルだ。正直勇者って言うわりにはしょぼい気がする。夢の中だと魔法に適性があるとか言ってた気がするんだけど……。あれかな? 努力系勇者か? いきなりチート能力を得る訳ではなく、努力と根性で力を蓄えて強くなる系の物語。

 アレは読んでて楽しいけど、いざ「お前がやれ」と言われると困る。



「とりあえず鑑定かな」


 呟くと次の瞬間、ウィンドウに掛かれたスキル名の下に詳細が表示された。


 ●鑑定

 発動することで、対象の詳細を見る事が可能。

 また見たい内容を絞る事で情報を最小化する事も可能。

 レベルの概念は無く、仮に読み取る事の出来ない対象があった場合、神もしくは神が生み出した物である可能性が高い。

 検索機能も付いている為、条件を指定することで対象を捜索することも可能。


 ●身体強化

 発動することで肉体を強化する。筋力、強度、体力、抵抗力、肉体に関するあらゆるパラメータが上昇する。

 上昇幅はスキルレベルに依存する。また、意図的に強化レベルを制限することも可能。

 Lv1=2倍、以降レベルが上がるごとに数値が1つずつ増えていく。

 上限は99。


 ●異空間収納

 発動することで、異なる空間の扉を開き有機物・無機物問わず補完する事の可能な空間を作り出す。

 スキル使用者が「生き物」として認識できる対象は収納することはできない。


 手に触れなくとも、半径10m以内であれば出し入れ可能。


 レベルが上がるごとに収納できるサイズが10cm増える。

 Lv1=30cm四方

 収納数自体に制限はない。




「へえ、結構細かい設定があるんだな。……でも、さほどデメリットっぽい感じもしないし、うん、中々面白そうだ!」


 ワクワクした気持ちを感じながら、1つだけ気付く。


「そう言えば魔力とか攻撃力みたいなステータスは無いんだな」

首をかしげてウィンドウを眺めるが、やはりレベルとスキルしか書かれていない。

「ま、人間の力を数字で表すなんて無理か」


 前々から不思議でならなかった。


 あの数字は誰が設定してるのか、だとか一般人が10で勇者が1000とか、握手しただけで骨折れるだろ。とか考えたことがある。

 でもこのスキルを基準に考えれば納得が出来る。


 勇者は基本一般人と変わらない。ただスキルで体が丈夫になったり力が増えたり、特別な力を得てるんだと思う。

 たぶん、俺が行くはずだった世界もほとんどの人間がスキルが無くて、勇者だけがこういった力を持ってるってことなんだろう。


「だとするとなおの事行かなくてよかった。人間、特別な力をもって戦わされるなんて大抵ロクでもないことになる」


 良くて人間離れした力で恐れられたり、最悪「次の魔王になる前に殺そう」とか言って命狙われたり……、ファンタジー小説だとテンプレになりつつあるけど、自分がその立場になるのは御免だ。



 それから暫く俺は部屋にある道具類を片っ端から鑑定し続けた。


 すると意外な事が分かる事が多く、割と楽しい。

 例えば部屋のテレビを鑑定するとメーカーだとか「いつどこで買った」だとか「消耗値50%」なんていう表示もあった。

 たぶん消耗値は、使い続けて古くなってるって意味だろうから100%になったら壊れたりするのだろうか。


 また、親父が生前「このロレックスは俺が初めて自分のご褒美に買った物だ。お前にコレをやろう」と、俺に送ってくれた時計を鑑定したら「ロレックス(偽物)」と出た時は、ちょっと泣きそうになった。

 ……いいんだ、腕時計に思い入れがあるんだ。大事なのは金じゃない……親父の思い出なんだよ。うん。


 でも、偽物やら本物が分かるのは便利だ。俺にはあまり縁がないけどブランド品の偽物を掴まされないのはうれしい。


「次は異空間収納だけど……これ、どう使うんだ?」



 さっきまでステータスやら鑑定は、口にした時には勝手に発動してたけど今のところ変化は何も起きてない。

 なにか違いがあるのかな、と思いつつ充電器に刺しっぱなしのスマホを何気なく手に取ろうと手を伸ばしたら、唐突に手首が消えた。



「うわ!?」


 驚いて手を引っ込めるとそこにはちゃんと自分の手があった。


 大丈夫、切れてない。くっついてる。感覚もある。


 バクンバクンと激しく動く心臓を抑えるように深呼吸をする。

 もう一度手を伸ばすが……何も起こらない。


「もしかして……異空間収納」


 呟いてから手を伸ばすと右手が再び飲み込まれた。


「やっぱそうだ」


 どうやらスキルの名を口にしたら発動した。鑑定もステータスも同じだったから恐らくそれらがキーになってるんだと思う。

「じゃあ……」


 右手を空間の穴に突っ込んだまま左手で近場にあった飲みかけのペットボトルを掴んで押し込むとするりと飲み込まれ、手を放して左手を引っこ抜くともちろんペットボトルは無かった。

 右手も穴から抜くと、完全にペットボトルを入れた穴は消えた。


「……あとは取り出せるか、だよな。異空間収納」


 呟いて手を突っ込む。だが中をどんなにまさぐってもペットボトルは見つからない。デカい袋の中を漁ってる気分だ。


「あれ、ペットボトルは何処だ」

 そんな事を考えた瞬間、指先に何かが当たるのを感じた。

「お」


 それを掴んで引きずり出すと、先ほど入れたペットボトルだった。中身も変わらず、お茶が入っている。


「あれかな、取り出すものを思い浮かべるとそれが手元に来るのか? ……だとしたら何を入れたか覚えておかないと、面倒なことになりそうだなぁ」



 取りえあえずこのスキルの実験は終わりにして次を見ることにした。

 最後のスキル、身体強化だ。


「身体強化」


 これまで通り口にするが、変化を感じない。

 発動してるなら筋力とか耐久が2倍になってるはず。だけど筋肉が膨らんだ様子もないし、特別肌が硬質化したって感じもしない。


 おもむろに立ち上がり、ベッドの端を掴む。

 俺の普段使用してるベッドは折り畳み式だが、それでも30キロほどある。

 それを持ち上げてみると……。


「おお!?」


 グッと力を籠めるとベッドはゆっくりと持ち上がり、完全に床から離れた。


 軽い! いや、確かに重量は感じるんだけど、体感一キロ前後にしか感じない!

 以前の俺なら間違いなく両手でないと不可能な上に、へっぴり腰で踏ん張るような体勢になる筈だ。何よりベッドの側面を持って水平を保てる時点で明らかに可笑しい。


 重心や握力どうなってんだってレベルだ。2倍でもこうはならんだろ。


 今一度ステータスを開いて、身体強化について詳細の鑑定をすることにした。

 すると文章がまた変化が生じる。


 途中までは同じなのだが、最後に一列だけ文章が追加された。

 そこには「人間の本来の力100%を基準に倍加させる。また、それによる反動は無い」と書かれていた。


 どっかで聞いたことがある。人間の脳は身体に無理をさせないためにリミッターをかけており、その力の2割から3割程度しか使えていないとかなんとか……それが本当かウソかは知らないが、もしそうなら普段2~30キロを持てる人間は低く見積もっても150キロくらいまでなら持ち上げる事が出来る計算になる。

 その筋力の2倍。もはや超人だ。

 しかもこれが今後レベルアップするというのだから驚きだ。


「……はは、チート」


 俺は窓ガラスに映るベッドを片手で持ち上げる自分の姿に、思わず笑うしかなかった。



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