車の中では明美は困惑している様ではあったが、怯えている様子は見えなかった。
それと無く聞いてみると錦は彼女が風俗で働かされている間、それと無く気遣ってくれた唯一煮の人間らしく、ヤクザ者だと知ったのは今初めてだったそうだ。
その事を聞くと錦は「まあ、こんな見た目ですからね。普通の女子供には恐ろしいでしょうから会う時はなるべく大人しい服装にしておいたんですよ」と少し照れながら告げた。
若頭の照れ隠しとか見てて辛いのでやめてください。
「それよりいつ錦さんに連絡を取ったんですか?」
明美は車の来るタイミングが良すぎることに疑問を覚えているようだった。
「ああ、それは洋服店で明美の服を見繕ってる時に連絡しておいたんだよ。あの時間に迎えに来てくれって」
そう、遠藤らを上手い事追い払った後奴らを鑑定でしばらく見ていたら「仲間を読んでボコる」と非常に分かり易い行動計画表が出てきたのだ。
そして集める時間や待ち合わせの時間がリアルタイムで更新されて行ったので、それに合わせて錦をあの場に来るように命じておいた。
相手の思考から計画まですべて筒抜けになるとは、まさに鑑定さまさまである
そして錦は俺とあの店で一番会話した相手だ。
『聞き覚えはないか』という言葉ですぐに俺が「裏の旦那」であると察した。
「しかしまさか、旦那がそんな若いとは思いもしませんでしたよ」
「がっかりしたか?」
「いえ、むしろホッとしましたよ」
「そうなのか?」
「もしこれがどこぞの老獪な傭兵みたいな見た目だったら、それこそ目を付けられた俺らはお終いだ。でも見た感じ旦那は人が良さそうであり「人間臭い」感じだ。利用するつもりは毛頭ねぇが、アンタの周りに手を出さなきゃ、俺らと矛を構えることになりそうにねぇ」
その言葉に少し驚いた。
あの短い時間で俺の人となりを見抜いたようだ。
流石は組織の若頭を張るだけあって、見る目は本物のようだ。
「名前を聞いてもいいですかい?」
「そうだな、いつまでも「裏の」なんて呼ばれるのは面倒だしな。俺は斎藤一だ」
「……新選組の?」
「みんなそう言うよ。悪いが人斬りなるつもりはねぇよ。ただ、喧嘩を売って来るなら目いっぱい抵抗させてもらおうとは思うが」
そう言って、バックミラー越しに錦を睨むと慌てて「待ってくれって、探るつもりはねぇって」と両手を上げた。
運転席の男は困惑した様子で錦を見ている。ちゃんと前見て運転してね。
「それよりもそっちはどうだった。警察に踏み込まれたんだろ」
俺は先日の騒動の顛末を聞いてみることにした。
「まあ、それは上手くやりましたよ。嬢ちゃんにはつらい話かもしれないが前々から俺に反抗的だった馬鹿どもが勝手にカタギのガキと繋がって、嬢ちゃんみたいな子にウリをさせてたのが気に食わなかった。それを今回の1件で片づけられました。内心ざまあみろってかんじですよ」
どうにもあの店で行われていた事に、錦は内心不快感を感じていたそうだ。
それに関しては鑑定で分かっていたが、改めて本人の口から聞くとやはりこの男は1本通った男なのだと実感させられる。
「そっか、ならアンタんとこではもうあんなのは無いんだな?」
「まあ、そりゃあ自業自得な類にはちゃんと支払ってもらいますがね。こっちもヤクザなんて家業やってますから。人道支援みてぇなことは役所に行ってくださいよ」
肩をすくませながら、若干ふざけた口調で言い返してくる。初めて会った時のような堅苦しさは取れており、コッチが本来の錦なんだろう。
「そんな事を言うつもりはねえって。ただ、不当に人を虐げなきゃ俺も文句言わないさ」
「昔はそういうのが当たり前だったんですがねぇ」
その言葉にわずかな哀愁を感じた。
元々、錦はこの世界に男気というか花道と言うか、一種の憧れを抱いていたのは鑑定で知っている。
しかしここ最近の活動は恫喝やら、力のない女子供を脅して働かせるなどのあまりにも気分の悪い物ばかり。
どうにも今の組長が人間的に腐っているようで、金を集めることに就寝しているようだった。
おそらくその金を上納金として鷲田組ないし、さらに上の組織に収めて立場の上昇を計ろうとしてるようだ。
「お前が上に立ってそうなる様に動けばいいじゃないか」
その言葉に錦は反応する。
僅かにだが空気が張り詰めていくのを感じた。
運転してる男も、隣にいる明美もそれを感じ取ったようで僅かに表情をこわばらせる。
「……簡単に言ってくれますね」
「事実、他人事だからな」
俺がそう言い切ると、錦はやれやれとばかりに肩を落とした。
すると張りつめた空気が弛緩し、2人からホッとした息が吐かれた。
そんなやり取りをしながら1時間ほどすると海辺に到着した。
降りると俺は錦に礼を言って帰っていいと告げる。「帰りも送っても良いが」と持ち掛けられるが「ヤクザ同伴のデート何て白けるだろ」といったら笑いながら「じゃあ馬に蹴られる前に退散しますかね。いや、馬よりアンタに蹴られるほうが怖ぇか」と一言余計な事を言いながら去っていった。
やかましいわ。
ハジメたちを車から降ろし、走り出した車内は静かだった。
再び後部座席に座り、タバコを吸って背もたれに身を預ける錦をミラー越しに運転手が問う。
「それにしても、兄貴があれほど気を遣う相手なんですかい? どうにも俺からするとほそっちぃ兄ちゃんと見た目の良いねぇちゃんくらいにしか感じねぇんですが」
その言葉に錦は僅かに眉を動かし、運転手を見る。
視線は険しく、何か機嫌を損ねる内容だったかと内心焦る。
だが帰って来た答えは思ったより穏やかだった。
「まあ、俺も同意見だよ。素顔は初めて見たが俺も『こんな奴が』って思っちまった」
その言葉にホッとしながらも次の言葉を待つ。
「……だが、あちらもそれに気づいてる様子だった」
「へ?」
「斎藤の旦那は、俺とお前が内心侮ったのを敏感に察したんだよ。あの時、俺の肩に手を置いてただろ?」
その言葉に首を傾げつつ思い出すと、確かに錦の方に親しげに手を置いていたのを思い出す。
若頭と言う立場の男にするにはあまりにも気安い態度に、僅かに眉がつり上がりそうになったくらいだ。
「え、ええ。そうですね」
「これをみろ」
そう言って錦はスーツのボタンを外して行き、肩を露出させた。
「なっ――」
思わずハンドルを切る手が怪しくなりかけたがすぐに持ち直す。
「……それは、痣……ですかい」
錦の露出された左肩にはくっきりと手形が付いていた。
全体的に変色し、掌と思われる部分は赤くなっており、指先部分は紫を通り越して青黒く見えるほどだった。
よく見れば錦の額には脂汗が浮かんでいる。
「ああ。あの時、俺たちに嘗められたと察した旦那は俺の肩に捕まれただけでこうなっちまったよ。しかも旦那はまるで「ちょっと強く握った」と言わんばかりの顔で笑ってやがった。……怖ェ人だ、本気だったら肩の肉もぎ取られちまうんじゃねぇかと思ったよ」
その言葉に思わず震えた。
この錦と言う男は稲田組の若頭という立場につくにはあまりにも若い。だが、それを推してでもそうあっているのは、それだけの実力と実績があるからだ。
若い頃は相当血の気が多かったらしく、高校生でありながら武器を持ったヤクザ10人相手に大立回りをして、壊滅一歩手前まで追い込んで見せたという伝説も持っている。
だが、そんな人をもってしてもあの斎藤と言う男は「恐ろしい」と感じる何かを持っているという事だ。
単純な力だけじゃない。底知れない恐ろしさ、それの一端を味わった気がした。
「間違ってもこの人の事は他言するな。もし親父に話すことがあったとしても俺から話す。身内にも秘密だ
」
「で、ですが、大丈夫なんですかい? 俺ぁ、アイツがいつか兄貴に牙を剥くんじゃないかって気が気でないですよ……」
「あの人はな、その気になれば俺たちみてぇなちいせぇヤクザ程度、煙草一本フかす間に潰すくらい訳無ぇんだよ。そんくらいの差がある。……ライオンがたかが鼠一匹殺すのに本気になるか? 俺たちがするのはそのライオンを怒らせねぇようにするだけだ」
「も、もし……怒らせたら?」
その問いに錦は新たにタバコを取り出し、火をつけ一服する。
そして一言。
「十中八九、潰されるな。あの店みてぇに」
あの店、と言う言葉を聞いて運転手は一瞬首をかしげたがすぐにその答えに行きついた。
先日起きた稲田組直営の風俗店が襲撃され、その場に潜んでいた鷲田組若頭補佐とその同輩が捕まった事を思い出す。
「ま、まさか……あの店の件にはあの人が!?」
信じられないとばかりに目を見開き、目線を錦に向けた。
急ブレーキをかけたせいで車体が大きく揺れる。
「おい、ちゃんと運転しろよ。まあともかく、そうだ、だから間違うなよ。これはお前の為を思って言ってんだからな」
「へ、へいっ!」
錦は肩の鈍い痛みを感じて顔を歪める。
(本当に怖ェ人だ……だけど同じにすげぇ人だ。これだけの力を持っていながら、溺れる訳でもなく奢るわけでもなく見ず知らずの、窮地に陥った女の為に使う。……漢じゃねぇか、俺が憧れた任侠って奴だ。
アンタは表向きはカタギだ。だから公然と兄貴と呼ぶことは出来ねぇが、せめて心の中ではそうよばせてもらうぜ。斎藤の兄貴)
「勘弁してください」
「え? どうかしましたハジメさん」
立ち去った斎藤たちの様子を伺っていたら、何故か「兄貴認定」されてしまい思わず声に出てしまった。
慌てて明美に「何でもない」と誤魔化しつつ、話を逸らす。
「それにしてもゴタゴタしてわるかったな、明美」
向き合って謝ると明美も「いえ、元はと言えば私の問題でしたから。むしろ色々助けてくれて感謝してます」と微笑んだ。
海の音が大きく聞こえる海岸線沿い、彼女は海をちらりと見てから続ける。
「でもなんで海に?」
「いや、デートって俺初めてだからさ。あの後どこ行ったらいいのかなーって考えたんだけど、思いつかなくてアイツらを街中で呼んじゃったから噂になってるだろ? するとどこに行っても変な眼で見られる可能性が有ったから、どうせなら海かなって。デートって言ったら海って感じで」
「ふふ、確かにそうですね。漫画やドラマだとデートには必ず海ですね。でも、そういうのって夜の海とか夕方じゃないですか?」
「あ、たしかに」
しかも今の季節は夏をとうに過ぎており、空気もまた肌寒くなりつつある時期。
錦たちに帰って貰ったのは失敗だったかもしれない。
「でも、ここに来れてすごくよかった」
晴れやかな笑みを浮かべる彼女はさらに続ける。
「これまでの生活を考えると、私はずっとあのくらい穴の中みたいな店で死ぬまで働くんだって思ってた。身体も心もボロボロになって、それこそぼろ雑巾みたいになったらゴミみたいに捨てられる。そんな風に思ってた」
恐らくその予想は間違っていない。
あそこに居合わせた他の女たちも、似たような末路を辿ろうとしていた。
警察が踏み込んだことによって彼女らはあの場から解放こそされたが、借金その物が消えたわけじゃない。
しかしまともに返せる手立てが無ければ必然的に似た結果に落ち着く。
遅かれ早かれと言う奴だ。
「でも、ハジメさんに助けられて、身体の傷も消えて、綺麗な服も着て……本当に夢みたい」
そう話す彼女の身体は震えている。
寒さからではなく、恐れから。
「今でも、これは夢なんじゃないかって思うんです。ホントの私はまだあの店で怖い男の人に組み敷かれていて、無理やりされているんじゃないか。この見てる海は私が現実逃避した先に見える幻で、今もなおこの身体は汚れてるんじゃないかって……」
俺は彼女の手を握る。
顔を上げてこちらを見るその瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「そんなことはない。現実だ、ここは」
「ハジメ、さん」
「いいか、お前は助かったんだ。俺があの場に殴り込み、全員をぶちのめし、お前をバカにしていた同級生も腰を抜かしてお前の隣立つ男の恐ろしさに震えてただろ?」
「はい」
「怯えなくていい……とはいわない。怖い物は怖いでいい。ただ、ここにある景色を見て感じた事を素直に受け止めろ」
そう告げると彼女は視線を海に向ける。
「……綺麗」
「そうだ、綺麗だ。今お前はここにいる、腐った穴倉じゃない。青空と海と、潮風が吹くここにいる」
「……う、うぅ……うぐ……」
ボロボロと涙があふれ出る。
きっとこれまで何度も泣いてきた。俺に助けられた時も、傷を癒されたときも涙を流した。
そして今も、やっと「助かった」という現実感を噛みしめ涙があふれている。
すると明美は俺に寄り添うようにして身を預けて来た。
俺の方が年下だが、身長は彼女の方が小さい。頭一つ下の彼女を優しく抱きしめながら「大丈夫、大丈夫」と言いながら頭を撫でると明美は押し殺すようにして泣いた。
声を上げて泣いてもいいのにと思ったが、それは彼女なりのプライドと言うか、心の持ち方だったのだろう。
また泣きたいときに肩でも胸でもかしてやれればいいか、と俺は泣き止むまでそうし続けた。
……30分後、彼女はスンスンと鼻を鳴らしながらも泣き止み「……ありがとうございました」と言ってソッと俺から離れた。
すっかり馴染みかけていた体温が離れることに少しばかり寂しさを覚えつつ、俺は「気にしなくていい」と答えると照れくさそうに笑った。
「ほんとうにハジメさんは不思議な人ですよね」
「それは俺も同意見だ」
スキルを持ってるからな。
「力の話じゃないですよ?」
「ん? そうなのか?」
「私が言ってるのは、ハジメさんがその力を持っていても「いい人」であることが不思議だなって思ったんですよ」
「いい人って、なんだよ俺が力に溺れて「世界征服してやる!」とか言い出すと思ったのか?」
冗談めかして言うと明美はクスクス笑った。
「実際、今のハジメさんならできるんじゃないですか?」
「無理無理、確かに身体は強くなったしそう簡単に怪我もしなくなったさ、だけどそれだけで大きな力を相手にして勝てるほど世の中甘くないさ」
「そうなんです?」
「恐竜がいたとして、核爆弾落されて恐竜が生きていられると思うか? そういうことだよ」
俺の言葉に彼女は「そもそも核を使わざるを得ない状態に追い込めると思ってるんですね」と苦笑いしていた。
まあ、できるんじゃないかな?
防弾装甲を着込んで、身体能力で無理やり走れば人型戦車と変わらんだろうし、多分厚さ数センチの鉄板位なら今の俺でもぶち抜ける気がする。たぶん怪我するからやらんけど。
実際、明美が寝てる間に10キロダンベルの重りを身体強化MAXの3倍で目いっぱい捻ってみたら、テレビで見たフライパンをへし曲げるマッスルみたいに曲がった。
これにはマジでビビった。
しかも体感だともう2~3枚重ねても行けるんじゃないかって感じた。
人体の持てる100パーセントの力を3倍にすると鉄を曲げれるんだね。知らなかったよ。
そんな話をすると明美はポカンとした後、声を上げて笑い出した。
「そんなに面白かったか?」
「あはは、ふう、ふう。……本当にハジメさんは不思議な人です。本当に」
そう言って彼女は肩と肩がぶつかる位近くにやって来て、頭をコテンと俺に預けて来た。
「ハジメさんはどうして私を助けてくれたんですか?」
「どうしてって……」
「あの場にはいろんな人がいました。もちろん、自業自得って人もいたと思いますが、それでもハジメさんの力をもってすれば全員助ける事が出来たはずです。でもそうしなかったのはどうしてです? ……あ、別に責めてるとかじゃないですよ? 単純に疑問に思ったんです」
慌てて訂正を挟んでくる彼女に苦笑いしつつ、俺は少し考えてから話す。
「そもそも、俺が明美を見つけたのは見せの中に隠れてる吉田たちを追っていたのは分かるよな?」
「はい、警察に連れて行ってましたね」
「あれさ、単純に「放って置いて無関係な人が被害にあったら嫌だな」っていう理由だったんだよ」
「……それだけですか? なにか因縁があったとか」
「ないない。むしろアイツは俺の事を知らなかったし、俺もテレビで見るまで鷲田組なんているのを初めて知ったくらいだよ」
きっと俺にはドラマチックな何かがあるのかと思っていた明美が驚いている。そんな彼女を見て笑いそうになりながらも続ける。
「そもそも俺はヒーローが大好きでさ。憧れてたんだ」
「ヒーロー、それって戦隊ものとかですか?」
「どちらかというとアメコミだな。街を脅かす悪役を相手に大立回りをして平和を守るヒーロー」
「あ、しってます。アメリカを舞台に蜘蛛の糸で戦う人ですよね!」
「うんうん、ソレ。んで、この力を得た時に真っ先に思ったのが『ヒーローになりたい』だったんだよな」
彼女は静かに黙って聞き入っている。
「でも、アレはフィクションだからできる事がほとんで、実際は自分の私生活を投げ打ってまで世界のために戦うなんて奉仕の精神俺には無い。それに気づいたらなんだか俺のヒーローってなんだろうなって思うようになった。とりあえずスキルを使って金に困らない程度にずるしちゃおうってなったよ」
「あ、もしかしてハジメさんがお金に困ってないのって」
「ああ、俺の鑑定スキルで宝くじをちょちょいとね? バレると怒られるから秘密にしてくれよ?」
冗談めかして言うと、彼女は笑いながら「そもそも言っても信じて貰えませんって」と答えた。その通りだな。
「でも、そんな時吉田たちが起こした事件を見て、鑑定で奴らの事を調べたら「放って置いたらまずい」ってわかった。しかも俺には力があって、敵を突き止める鑑定もあった。だからちょっとだけヒーローの真似事をしてみようって思ったんだ」
「……そうなんですか」
「あの場で明美しか助けなかったのは、あそこにいた女性たちは自ら望んだ行動の結果だ。それに俺が口出しするのはなんだか「違う」気がした。だけど明美だけはあの場で唯一本人の意思なく、無理やりあの場に押し込められていた。だから助けたんだ」
「そう、ですか」
「失望したか?」
「いえ、そんな事は無いです。ただ……」
「ただ?」
「特別だったらいいなって……思って」
そう言って明美は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
髪の隙間から見える耳まで真っ赤で、こっちまで恥ずかしくなるほどだ。
「そ、そうか」
「はい……」
き、気まずい!
いや、別に不愉快だとか嫌だとかそういう意味じゃない。むしろうれしい、だけどこんな時どう答えたらいいんだ!? 「勿論君は特別だよハニー☆」とか言えるわけないし、言ったとしてもキモいだけだ。
事実、俺は彼女に好意らしい物を持ってるのは間違いない。
綺麗な髪に幼げながらも、女性の色香を感じさせるボディライン。男好きしそうな体型に正直俺もドキドキしたくらいだ。
だけど彼女はあんな場所で働かされていた以上、性を意識させるのは良くないと思って無理やりそう言ったことを考えないようにしていた。
なのに、まさかのボディーブローが来るとは思わなかった。
完全にノーガードだったから膝ガクガクだ!
しかもこちとら女性経験ゼロのチェリーボーイ。ミニマム級のボクサーがヘビー級チャンピョンに殴られるようなもの。むしろ立ってるだけ奇跡ってもんだ。
だけどここでキョドるのは避けたい。
「そうか……」
そうか……じゃねぇえよ!
既にそれは一度言ってんだよダボが! 同じことを繰り返すな! オウムかお前は!
な、なにか気の利いた言葉は出てこないか。
かっこよく、男らしいセリフ。
……漢らしいってなんだ!?
そんな混乱を察したのか明美がクスリと笑った。
「ごめんなさい。その、ハジメさんがやっと慌てた顔をするのを見れてなんだかうれしくて」
「お、俺だってテンパる事くらいあるぞ」
「そうなんですか?」
「当たり前だ。少し前にも言ったが俺は一度もデートした事が無いんだぞ? そんな俺が明美みたいな美人にそんな事を言われて冷静でいろって方が無理だ」
「……び、美人、ですか?」
「あ」
思わず自分の言った言葉に固まる。
アホかぁ!!!!
いきなり何やってんだ俺は!? いくら好い雰囲気になりかけたからと言って、いきなり好意を前面に出すとか引かれても可笑しくないぞ!?
しかも見た目で判断してるみたいに取られたらどうすんだ!
顔には出来る限り感情を出さないが、心の中は台風の荒波のように大混乱に陥っていた。
だが、明美はそんな俺の心情を知らずか更に間合いを詰めて来た。
「そ、それは……可能性が有ると思って、良いんですよね?」
「か、可能性?」
「私が……その、彼女になったりとか」
一瞬頭が真白になった。
「ほ、本気か? その、なんというか……今の俺は宝くじの金だけで生活するニートみたいなもんだぞ? いつ転覆するか分からないぞ?」
「そしたらまたクジを買えば好いんじゃないですか? 後はそのお金を元手に事業を始めるとか。鑑定があるなら探偵とかどうです? 犯人がすぐに分かりますよ?」
「……それは盲点だった。じゃなくて、その将来性とか」
「将来って、結婚も視野に入れてくれるって事ですか?」
「そりゃもち――」
そこまで言いかけて固まる。
気づけば俺は彼女と付き合うような流れになっている。
なし崩しは嫌だ。
ちゃんと聞かないと駄目なことがある。
「そもそも、明美は嫌じゃないか? 思い出させるようで悪いが、あんな生活をしていてやっと解放されたのにすぐ男と同居って時点で辛いんじゃないのか?」
俺の言葉に明美が少しジト目になった。
アレ?
「ハジメさん……ソレ、今更聞きます?」
「う」
「嫌だったらとっくに言ってますし、なによりあれだけ良くしてくれたり助けてくれた人を信用できない程疑心暗鬼に放ってませんよ」
「で、でも……その」
「ハジメさんは私が嫌いですか?」
「そ、そんな事は無い! むしろ……」
「むしろ?」
「…………ちょっと、いや、かなり好みだ。白状するとあの場で助けたのもそれがデカいと言ってもいい」
鑑定ではその人の風貌までは分からない。だから「見かけたら助けるか―」くらいのノリだった。
だが場が動き出して、吉田に暴行されている彼女を見た時はそういう算段は全部吹っ飛んで、全て終わって彼女を家に連れ帰り傷を癒したところで開放しても良かった。
だがそうしなかったのは、後々が不安だってのもあったが何より彼女の見た目が俺の好みその物だったからだ。
一目惚れ……とまでは行かないが、一度好意を持ってしまった相手が知らないところで不幸になるのは嫌だった。
だから俺は同棲を持ち掛けた。きっと彼女を取り巻く環境を考えれば断れないというのも分かった上で。
「卑怯だろ? 俺は助けた恩だとか、辛い環境だってのを利用してたんだよ」
「いいんじゃないですか?」
「はえ!?」
変な声が出た。
もっと「最低!」とか「鬼畜!」みたいな罵倒が来るかと思ってたんだがサラッと受け入れられたことにビビる。
「ハジメさん、大事なのは理由とかじゃないですよ。結果です」
「結果?」
「そう、そこにどんな思惑があろうと、その結果で人が泣いて無ければそれは幸せなんですよ。もしかしたらそれでも文句を言ってくる人がいるかもしれませんが、そもそも何もできなかった人がどうこう言った所で意味のない事です」
「随分と強気な発言するんだな」
「そうですか? ……そう、かもしれませんね。でもわたしはこれは間違ってないと思います。よく言うじゃないですか「終わり良ければ総て良し」って、中にはそうはいかない事も有るかも知れませんが少なくともここにいる私はそう思ってます。だったら何を気にすることがあるんです?」
ニコリと微笑む彼女に思わずたじろぐ。
ここにきて彼女の押しが強くなった気がするのは気のせい?
「ハジメさんは私の事どう思ってます? 嫌い?」
「いや、嫌いなんかじゃ……」
「じゃあ好き?」
「うう……」
「お願いします、答えてください。迷惑なら、離れますから」
気が付けば身体が再び密着している。詰め寄られる過程でまたくっ付いていたようだ。
だが下がろうという思いは一切ない。
むしろずっとこうしていたいとまで思う。
よく見れば彼女の手が震えている。
鑑定するまでもなく、寒さなんかじゃない。拒否されることが怖いんだとすぐに分かった。
俺はそんな彼女をすぐに抱きしめ体感上に駆られて、気が付いた。
……ああ、そうか。答え何て最初から決まってるじゃないか。
こんなにもまっすぐで必死に思いを告げてくれてる子に何をためらってたんだ。
ここは男らしく彼女の思いにこたえるべきだ。
深呼吸して、まっすぐ瞳を見つめる。
そして彼女の肩をそっと掴み一言。
「す、好きだぞェ」
全然無理でしたーーーーーーーー!!!!
一世一代の告白を見事噛み散らかした俺は恥ずかしさに頭を抱えた。
明美には腹を抱えて笑われ、暫く立ち直れないのではないかと言うくらい凹んだ。
だが、その後彼女は涙を浮かべながら「もう、ほんとうに締まらないんですね」と涙を浮かべながら笑った。
それが笑い過ぎて浮かんだ涙ではないという事くらいは、俺にもわかった。
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