明美を救出してから1週間がたった。
その間、彼女のメンタルケア……もとい、彼氏彼女デートを楽しみつつ過ごしていたのだが「流石にこれ以上休むと進学が不安になります」と言われ大学に復帰することにした。
だが俺としては虐められると分かっている先に恋人を送り出すのは酷く億劫。
いくら鑑定で明美の状態をいつでも把握――ちなみにトイレだとかは決して見ないでほしいと顔真っ赤にして言われた――できるにしても、やはり気が進まない。
途中で「俺も大学に紛れ込めばいいんじゃね?」と思った。
噂だと、学校にもよるが結構雑な管理してる上に、私服生徒の多い大学では必然的に生徒の顔と名前を一々確認する教師も少ないそうだ。
であれば、目立たない恰好をして紛れ込むのも……と思ったが、万が一バレた時怒られるのは明美だ。
更に言えば俺が車で送り迎えする時点で俺の存在は他の奴にバレる。
そんな奴が生徒のふりして紛れ込むとか無理がある。
なので結局のところ、送り迎えをする事しかできない。
ただ1つ収穫があったのは明美を虐めていた遠藤と言う女。アイツの連絡先が明美の携帯に入っていた事だ。
なんでもパシリをさせられる過程で連絡先を交換させられたそうで、彼女が持っているスマホの中に入っていた。
なのでさっそく俺のスマホから遠藤に電話を掛けた。
数度の呼び出しの後「も、もしもし」とか細い声で応答があった。
ちなみに遠藤の状態はこんな感じ。
遠藤春奈 22
状態:憔悴・恐怖
情報:これまで虐げてきた相手がまさかのヤクザ関係者だったと知り、いつ報復があるか怯えている。
見事に術中に嵌ってくれていてニッコリである。
「随分と憔悴してるようだな」
『!? だ、誰!?』
「予想は付いてるだろう? お前が今一番怖がってる相手だ」
そう返すと、遠藤は通話越しに「ひい」と短い悲鳴を上げた。
「まあ、そう怯えるなって。別に取って食おうってわけじゃない。……今のところは」
その言葉に相手も息を飲むのが分かる。
鑑定で相手の状態をモニターしながらの会話だから、完全に俺のペースだ。
「お前が今まで彼女にしてきたことは知ってる。随分と好き勝手やってくれたようだな」
『ま、まって、あやまる! 謝るからパパとママには手を出さないで! お願い!』
「ずいぶんとしおらしいセリフだな? そんな殊勝な態度が取れるくせに、彼女にはあれだけ高圧的かつ暴力的な事が出来たんだから、人間てのは本当に怖い生き物だ。そう思わないか? 遠藤春奈さん」
『……』
「おっと、だんまりか。まあいい、俺が連絡したのはお前にチャンスを遣ろうって話だ」
『ちゃ、チャンス?』
「そう、お前が俺の怒りから逃れるシンプルなチャンスだ」
『な、なにをしたらいいの! 私なんでもやる、だから家族には!!』
「それはなによりだ。なに、そう難しい事じゃないお前……そうだなあの時居たメンバー全員には明美の護衛をしてもらう」
『護衛……?』
「明美がお前たち以外の奴らにも目を付けられているのは知ってるだろう? そいつらから守れっていってるんだ。授業中、休み時間、昼食の時も常に友達として横に居続けろ。そして彼女に近付く奴らから守り続けろ」
俺はあの場に居た男3名と、遠藤の取り巻き女子2名の名前と住所を口頭で述べると怯える様な声が聞こえて来た。
「わかるか? もうお前らの事は把握してる。別に喧嘩しろだとか、暴力を受ける代わりに成れと言ってるんじゃない。彼女を一人にしないで、大学生活を過ごせるように気を回せと言ってるんだ」
『そ、それだけでいいの? その、風俗の身代わりになれとか』
「……その口調だと彼女がどんな目に遭っていたか知っているみたいだな? その上で苛めか、随分と図太い性格のようだ」
『ち、ちがうっ、知ったのはホントに最近! あの事アンタが付き合ってるって知って、大学の仲間に話を知ったら……その、ヤクザの所に出入りしてたって……そしたらその経緯とかも聞いちゃって』
どんどん尻すぼみする声。
どうやら明美の置かれていた状態について完全に把握していたわけではなく、場の空気に流されて虐めに加担していた状態だったらしい。
まあ、それでもやりすぎだって思うけどな。
集団になると人ってどこまでも残酷になれるから本当にたちが悪い。
ただ、遠藤は明美の事を知って自分たちが如何に非道な事をしていたかを再認識したようだ。
おそらく自分が絶対的な強者でないと理解したからだろう。
「まあそれはいい。とにかくお前らの仕事は「彼女を一人にしない事」だ。できるならサークルの奴らに気付かれない様、自然にだ」
『わ、分かりました』
「1日2回、連絡しろ。大学で彼女と合流したタイミングと大学の門まで送る時の2回。送迎は俺がやる」
『期間は……?』
「未定だな。こっちで俺が処理するまでは続けろ」
『処理……わ、わかりました』
話す事が終えたので通話を切ると、明美に向き合う。
「そういう訳だから、嫌かもしれないが明日からアイツらが明美のボディーガードだ」
「……なんていうか、容赦ないねハジメさん」
「まあ、結果はどうあれ明美を虐めてた奴らだからな。相応の罰を与えただけだ……とはいっても、これ以上の脅しはしないつもりだ」
「そっか……」
「ただ、明美に暴力をふるった奴らは駄目だ。アイツらは他の女子生徒にも被害を出してるから証拠を突き留めたら警察に持ち込んで逮捕してもらう。余罪マシマシでな」
「そうだね。それがいいと思う」
すっかりこの1週間で随分口調が砕けて来た明美が、力強く頷いた。
実は明美に暴力をふるった奴が現在進行形で別の女生徒……それも他校の生徒を餌食にしているという情報が入っており、その事を伝えてある。
自分の事についてはある程度我慢が出来るにしても、今もなお自分と同じ境遇に立たされている人達がいると聞いては黙っていられないと言って来た。
そこで俺は明美が大学で遠藤らに守ってもらいつつ過ごす間、俺は屑共の犯罪の証拠を集めることにした。
といっても、ソレの在処は既に我らが鑑定さんが把握済み。後は回収しに行くだけだ。
「明日からはお互い大変だろうが、頑張ろうな」
「はいっ! 絶対負けません!」
俺と明美は力強く気合を入れて明日に臨むのだった。
その翌日、生徒が程よく校門から校舎へと向かう所に1台の高級車が止まった。
明らかに周りに不釣り合いなほど光沢を放つその車体、さらにはエンジンが唸る度に腹の底に響く様な重低音が短く、複数回なる。
周囲の生徒は足を止めて見つめる。
一体あの車は何なのか。なぜこのような車が大学の入り口近くに止まっているのか。
窓ガラスはスモークが張られており伺えない。
そんなとき、扉がガチャリと開かれた。
降りて来た女性を見て絶句した。
その人はここしばらく姿を消していた日野明美だった。
通学生徒の半数が驚愕の表情を浮かべる。
まず彼らの「日野明美」の印象は、大人しくて口数少なく、それでいてプロポーションは優れているがどこかあか抜けない女性と言う人物だった。
だが今降りて来た彼女は艶のある肌。派手過ぎず、それでいて地味という印象を与えないブランド物の服とバッグ。ネイルもきれいに磨かれており、綺麗なピンク色。元々美しかった髪もさらに磨きがかかり、目を引くような艶やかな桎梏に変わっている。
化粧も薄目でナチュラルメイクだが、元々童顔で肌その物が綺麗だった明美にとってこれ以上ない愛称を発揮していた。
苛めに加担していなかった者達は明美の変貌に驚きと羨望を向け、またその逆の者達は妬みと嫉妬の視線を投げかけていた。
「ハジメさん、送り迎えありがとうございます」
そんな彼女が咲きほこらんばかりの笑みを浮かべて挨拶するのはその車の運転手。
若い青年だった。
年頃はおそらく大学に通う生徒たちより下に見えるほど若い。20歳超えていないと幾名かはすぐに気が付いた。
「ああ、明美も頑張れよ。終わったら迎えに来るから、その後食事にでも行こう」
「はい。また放課後に」
親しげな雰囲気の後、チュッと軽いキスをして彼女は手を振って大学の門をくぐった。
その様は一瞬にして口内の連絡網を駆け巡った。
「高級車に送られて、日野明美が登校した」
「どこぞの御曹司とミスコン女王がくっ付いた」
「高級車の男はヤクザの若頭」
「日野明美はヤクザと付き合っている」
そんなウソと本物が入れ乱れる内容ばかりだった。
さらには……。
「お、おはよう明美!」
「おはよー。い、一緒にクラス行こうよ!」
「おオレたちも一緒に行くぜ。友達だしな! なあ正志」
「そうだな! と、ともだちだしな!」
これまで明美を虐めていた遠藤らが手のひらを返し方かのように「友達宣言」をした上に親しげに過ごすようになった。
元々遠藤らは大学でもカースト上位者だった。とくに遠藤春奈の母親は理事長とも非常に仲が良く、実質トップと言っても過言ではない位には発言力があった。
この事が功を奏してか、明美に対する高圧的な態度をとる勢力が一気に弱体化した。
今の明美に喧嘩を売るという事は、クラストップに喧嘩を売る事に同義だったからだ。
大学での暗い生活の辛さは、まさに明美が体現していた。それを自分がされる訳にはいかないと皆必死だったのだ。
ちなみに遠藤らも必死だった。
明美はかつての事があり距離を取るようだったが、彼女らは必死に明美のご機嫌を取る必要がありもし気分を害されるようなことがあればそれこそ、バックにいるあの男に何をされるか分かった物じゃないからだ。
ちなみに「明美の恋人は若頭」という噂は、このメンツの男にいる正志と言う奴がついポロッと「明美の恋人はヤクザに頭を下げさせてた」と溢してしまった発言が原因だ。
その直後、遠藤から件の男からの命令を聞いたときは血の気が引いた。
もう終わった気でいたのに、まさか自分の素性や家族構成まで調べ上げられているとは予想すらしていなかった。
そして噂の出所が自分だと遠藤たちに知られたとき、正志は烈火の如く皆から責められたのだった。
「悪くないスタートだな。……がんばれ明美」
俺はそんな周囲の反応を鑑定で確認しつつ、車を運転していた。
スマホ運転ならぬ鑑定運転だ。
普通なら危険極まりない運転なのだが、動体視力と反射神経が常人のそれをはるかに上回る状態である俺にとっては何ら危険はない。
明美が大学で頑張ってる間、俺がすべきことは「情報収集」だった。
前もって多くの情報を集めて奴らの動きを封殺する。そしてこれまでの悪行の全てを公開し、地獄を味わってもらおう。
その為に考えたのが以前ヤクザの風俗を潰した「裏の男」という設定。
錦の事を鑑定でマークしてたら分かった事なのだが、奴らの界隈で最近「裏の旦那」というワードが広まりつつあった。
疑う余地もなく錦のせいだ。
ただ、これは有り難い事にヤクザだけならず日本に潜伏している海外組織やら、一部の不良グループなどの後ろ暗い立場にある奴らであればあるほど、認知されている傾向がある。
そこで本格的に明美を追い詰めた屑共を潰す役として最適じゃないかと考えた。
世の中の屑共を、警察が出来ない方法で裁くヒーロー。カッコいいじゃないか。
今更ではあるが、明美に乱暴を働いた男女の名前は把握している。
伊藤美香
華山香
鷲田博人
五十嵐大樹
飛騨健吾
この5名だ。
この時点で気が付いたのだが、このグループの中心人物「鷲田博人」と言う男。あの鷲田組の長、鷲田剛造の1人息子であった。
どうやってヤクザ共と渡りをつけたのかと思いきや、そういう事かと納得した。
本来、鷲田組組長である剛造は博人をカタギの世界において生活させるつもりだった。だが、生来乱暴者の気質がある博人は、徐々に親の威を借りて一般の人間と揉めるようになった。
そしてもめた相手の親がヤクザの親分だと知ると、相手は報復を恐れて警察などに訴える事が無かった。それをに味をしめた博人は以前にもまして鷲田組の傘を振り回すようになった。
一度は剛造がきつく叱りつけたようで、それ以降過剰なまでの鷲田組の名を使う事は無くなったが傘下にある下部組織らに連絡を取って言う事を聞かせたりして好き勝手している。
剛造もこれにはあきれたが、鷲田組を継ぐのは別の者と前から決めていた事と最初の頃に比べて多少は大人しくなっているわけだからと、目を瞑るようになった。
ただ、その裏で何をしている課までは把握できていない。
博人はさらに増長し、現在に至る。
今や鷲田組総組員860人のうち200名余りが博人の勢力として動いている。
若頭補佐である吉田も、博人の勢力の1人だった。
「って……若頭補佐が抱え込まれてんじゃねぇか。何やってんだよ組長」
余りにも後手後手な様にため息を吐く。
車道の脇に車を止めて先ほどの5名の自宅の位置を調べる。
そして、ポルシェに装備されているカーナビに住所を入力する。
ついでに変装用具に使えそうな小物類を購入したりもした。
その間、なにやら綺麗なお姉さんが声をかけて来たりしたが鑑定すると「金づる目的」と分かったのでそれと無く断ると、悪態をつきながら去っていった。
うん、前の俺ならほいほいついて行ってしまいそうだったがスキルで悪女かどうかわかるのって超便利。
それにオープンカーで街中を走らせるの超気持ちい!
いつか北海道なんかにもいってみたい。広々としていてまっすぐ走れる車道を明美とドライブと言うのも楽しそうだ。
温かい時期を見計らってテントとか買って、北海道一周旅行とか出来たら楽しそうだ。
手荷物は全部異空間収納に詰めればいいしな!
よし、たのしい旅行の為にも後顧の憂いを断ってしまおう。
再びハンドルを握りアクセルを踏むとヴォンと短いエンジン音が響き、スムーズに走り出す。
スマホで取ってる人たちがちらほら見え隠れする。ふふふ、カッコいいだろこの車! 中古だけど1,000万するんだぞ! すげーだろ!
ウザくない程度にドヤ顔しつつハンドルを切って目的の場所へ向かうのだった。
それから俺は5名の家から少し離れた場所に車を止めて、いつかの黒づくめに赤マフラーというスタイルに更に白く、目だけの穴が開いたお面を被り、証拠を回収していった。
顔を見られても問題ない様にしているとはいえ、怪しさがものすごい。
まあ別にいいけどな!
ほとんどの家庭は一軒家もしくはマンションで暮らしているようで、博人だけは日本昔ながらの武家屋敷という形状だった。
博人以外の取り巻き連中の家は家族も出かけてて、忍び込むのも楽だった。
監視カメラも鑑定でチェックしたがそれらしい物も無かったので堂々と入り口から入った。
鍵? そんなもん関係ないぞ。
俺には異空間収納さんがあるからな。
実はあれからレベル上げに勤しんだ結果、レベルが8になった。
これで最大100センチ四方のまでの物体を触れていれば自在に収納が出来るようになった。
しかし100センチでは扉は入らないではないかと思うのだが、さらに嬉しい誤算があった。
なんと7を超えたあたりで「分解収納」という派生能力に目覚めたのだ。
これは一言で言えば、機械などで組み垂れられた部品の中で「これだけを収納する」というのを射選ぶ事が出来るようになった。
簡単に言えば「車からエンジンだけ収納する」という荒業が出来る。
これでボンネットを開ける必要も、工具も必要なくそっくりそのままその部位だけを取り外す事が出来る。
もちろん、異空間収納のレベル内のサイズに限られるが。100センチを超える部品をつかった道具など、一般家庭にそうそうありはしない。
そして部分収納したのはドアノブだ。
ドアノブを取り除けば必然的に鍵となっている部分や扉につっかえている「かえし」も無くなる。
となればあとは引っ張るだけでするりと扉が開いた。
もちろん手袋着用済みだ。
靴のまま家に上がり込み、証拠物件へと向かう。
そこからは鑑定で証拠を絞り込み、部分収納と異空間収納を使っての持ち出し。
普通ならば数時間かかるだろう作業もスキルのお影で10分と掛からず完了。わざと部屋の中を派手に荒らして「盗みに入ったぞ」とその名残を見せる。
今回奪ったのはパソコン本体とメモリー、あと被害者の連絡先を纏めたメモのような物。
最後のは特に厳重に鍵を掛けられて保管されていたが、そんなものは部分収納で鍵だけ取り除けばお終い。
それを全ての家で繰り返す。
奴らは気づくだろう。
荒らされた日付と、その被害者の関係性。
なんせ、盛大に盗まれているというのに他の家族の私物には一切触れていないのだ。家族も怪しむはずだ。なぜ彼もしくは彼女だけの部屋が荒らされているのか。
中には姉妹と同室で使っている家庭もあったので、分かり易く妹の私物には一切触れずに姉の者だけを荒らした。
ちなみに家を出る際に鑑定で自分の証拠になりそうなものを探して、それらを回収もしくは抹消してから立ち去る。
髪の毛だとかは絶対に残さない。
途中、家から立ち去る時に周囲の住民に見られて怯えられたが、悲鳴を上げられる事無くその場を立ち去れた。
日本人特有の「君子危うきに近寄らず」の精神が下手に関わろうとさせないらしい。
ただ盗難に遭った家から出てきたのを見られてはいるので、その内に噂になる筈だ。
だがそれも織り込み済み。
①謎の不審者が盗難を受けた家から出て来た。
②被害に遭ったのはその過程の1人だけ
③その姿は以前テレビでヤクザを警察に突き出した男と似ている。
これだけで噂好きな奥様連中はあれこれと話題を持ち上げる事だろう。
そうなれば徐々にこの街での立場が怪しくなることは間違いない。
悪いのはその子供だけであるのに、その家族に被害が及ぶことに罪悪感は……一切感じない。
そもそもそんな腐った性格になるまで放置した親の責任であるし、どんなに言い繕っても被害者からすれば言い訳以外の何物でもない。
一蓮托生、連帯責任、人を呪わば穴2つ。
まあ俺はその穴には入らんので、お前らの家族に譲ってやる。
せいぜい、自分が犯した罪の重さに苦しむと良い。
ただ難航したのはやはり鷲田の屋敷だった。
監視カメラと常に構成員が敷地内に出入りしており、誰にも見られず穏便にと言うのはまず不可能だった。
ちなみに錦の奴には「これから鷲田組に殴り込みかけるから、奴らとの繋がりで不利になりそうなものが有ったら今のうち処分しておけよ」と連絡しておいた。
そしたら「遅かれ早かれそうなる気はしてましたので、そちらは既に終わってます」と帰ってきた。
本当に有能だよな。鑑定無しでこの察しの良さだぞ?
これまでとは少し行動を変える。主に車を一度自宅に持ち帰って家から服装に着替えた後、あの夜のようにベランダから飛び出た。
既にテスト済みだが、現在の身体強化レベルだと10階建ての高さから落ちても捻挫すらしない事はチェック済みだ。ただ、何も考えずに着地した結果、アスファルトがひび割れてしまったので降りる時はパルクールは絶対必須と分かった。
一応、今回は昼間と言う事も有って出入りの瞬間は気を使った。いくら変装しても自宅から出る所を見られたら意味がないしな。
なんでこんな面倒な事をしてるかと言うと、裏モード(面倒になったのでそう呼ぶことにした)であれば多少の目立つ行動もできるのがメリットなのだが、流石にヤクザの家に攻め込むときに俺の車が近くにあるとそこから推測される可能性が有る。
何より共通点から俺が怪しまれるのは時間の問題だ。
明美に突然出来た彼氏、ヤクザの関係者と言う噂、明美を襲った者の自宅荒らし、相当鈍い者でもない限り疑い位は持つ筈だ。
だから一度家に帰ったという記録が必要だ。
幸いこの家には車庫の出入りや、入り口の出入りにはカメラが存在するので調べられると13時以降は自宅にいる事が判明するはずだ。
そして鷲田組の屋敷までは車でスムーズに走っても40分はかかる距離にある。
それを俺は身体能力をフルに使って短縮して駆け抜け、用事を済ませて帰って来る。
時間的アリバイって奴を作る。
それでも怪しさが残るだろう。だが、誰が「12階のマンションから脱出して、ヤクザの家まで屋根伝いに移動した」なんて思うだろうか。
人は信じたい事だけを信じる悪癖がある。それを逆手に取ってやる。
そんな事を考えつつ、電柱やらビルの屋上を飛んで移動していると街中に移植を放つ大きな日本屋敷が見えた。
俺は今一度お面を付け直し、マフラーも取れない様にしっかりと巻き付けた。
「よし、裏のお仕事を始めますかね……っと」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!