今回はちょっとギャグ回。シリアスが続くとふざけたくなるんです。
色々、恥ずかしいやり取りもあったがあの告白を切っ掛けに俺と明美は交際……の前段階みたいな状態となった。
なぜ「前段階」という言葉が付くのかと言えば、彼女のこれまでの環境を考えればいきなり気分を切り替えて男女の仲になろうというのは少々早すぎるという考えに至ったからだ。
彼女自身は問題ないと答えたが、それはあくまで身体……つまり外観の部分の話だ。
傷は俺が新たに習得できた回復魔法スキルで何とかなったが心の方までは無理だ。アレはあくまで外傷のみに適用できるスキルだ。
そんな彼女に無理やりやらされていた事を昨日の今日でとはどうしても踏み切れなかった。
なので彼女には「リハビリのようにゆっくり慣れて行こう」と説得し、渋々ながらも彼女はそれに頷いてくれた。
俺のエゴかも知れないが、慎重すぎて悪い事は無い……と思いたい。
こればかりは医者でもない俺がどうこう言えた物じゃないが、ゆっくり時間をかけて解決すべきだと思った。
そして4日後、我が家に待望の愛車が届いた。
カラーリングは黒よりの青。2人乗りでいつでもオープンカーとして変形する男の子なら一度は憧れるロボットのような車。
できる事ならドアが上に開くバタフライドアとか、某タイムスリップ映画で有名になったガルウィングドアとかにしたかったが流石に諦めた。
確かにかっこいいし高級車であることは間違いないのだが、今回の「高級感あふれる車」というイメージにはちょっとばかり足りない。
恐らく車の素人が見て真っ先に感じる印象は、どちらかと言うと男の子が憧れる「変形ロボ」の類だ。
ちなみにカーディーラーでお馴染みの宮野社長から納車の連絡があった時に、試運転してみたのだがこれが驚くほどに馴染んだ。
どうにも身体強化がココにも生きているようで、シートに座って走らせてみた所車と車の車間やら、速度を上げて流れる景色などがしっかり目で追えるため危険らしい危険は一切なく、それどころかたまに無茶な走行をする車をするりと避けてしまうという結果に落ち着いた。
試運転に同席した宮野社長は「もしかしてレーサーだったりします?」と聞かれた。
どうにも反射神経やら、把握能力がずば抜けて高い事を察知されたようだ。
とりあえず「親しい友人が大の車好きで振り回されたんですよ」と誤魔化すと、そのまま信じたわけではないがそれ以上の追及をしてくる事は無かった。
ただ代わりに「今度一緒に1杯如何です?」なんて誘われてしまい、それを受けてしまった。
どうにも宮野社長に興味を持たれてしまったようだ。
そしてその翌日である5日目には2人でドライブに行こうという事になり、急きょ某鼠の国へと旅立った。
なんでも「高校の時に修学旅行がココだったんですが、その時インフルエンザにかかってしまいまして……」としょんぼりしながらおねだりされてしまい、俺としては行かないという選択肢はなかった。
そしてやってきたわけだが……。
「ハジメさんハジメさん! こっち、こっちに来てください! 一緒に写真撮りましょ! あっ、お土産さんもある! 可愛いタオルケットある!」
こんな具合に明美さん大はしゃぎである。
元々童顔と言う事も有って、入り口で「大人2枚」と言ったら「18歳未満であれば中人チケットがございますよ」と言われてしまい明美が「大人なのに……」と肩落とす場面もあった。
どうにも子供っぽく見られるのがコンプレックスのようだ。
とは言っても身体は非常に大人びているので、高校生ぐらいが限度だが。
しかし落ち込んでいたかと思いきや、開園と同時に入ると一転して上機嫌を振り切ってハイテンションになった。
ちなみに費用は俺持ちにさせてもらった。
最初は「私も払います」と言ってきかなかったのだが、俺としては現状金に余裕があるわけだし初夢の国デートはカッコつけてみたかった。
そんな事を言うと「そ、そうですか……そ、そこまで言うならしょうがないですねぇ」とにやけ顔で受け入れてくれた。
チョロイ。
それから俺たちは時間の許す限り遊ぶことを決めた。
宇宙山だとか、飛沫山とかには数回乗った。もちろんファストパスを使って長蛇の列には並ばずサクサクだ。家族やカップルで並ぶ人たちがスイスイと前へと歩く俺たちを見送る姿はまさに愉悦! とかふざけてたら明美に「だめですよそんな事言っちゃ」と怒られた。
ただ飛沫山にかんしては何度も乗った理由は、明美の素敵なお胸様が水を吸った洋服に張り付いて眼福だったからだ。もちろん着替えは異空間収納に入ってるので、その後着替えて貰った。
濡れ鼠のまま放置するつもりもないし、そんな彼女を他の男共に見せる気は一切ない。
さらにはジェットコースター、これはヤバかった。
久々に身体強化を完全にオフしてみたら、平衡感覚が狂った。
どうやらスキルに甘えまくった結果、元の感覚的な部分がめちゃくちゃ弱くなってることを知り、今後とも定期的に素面状態でバランス感覚の強化などを視野に入れることにした。
思わぬ収穫を得ながら遊んでいると、喉が渇いてきたのでジュースを買ってくると言って明美をベンチに待たせて買い付けに行くことにした。
「すみません、麦茶を2つお願いします。氷抜きで」
販売コーナーで注文を済ませて戻ると、明美の周りに男が3名ほどたっていた。
……またか。
俺は辟易しながらその場に駆け寄る。
「すみません、彼を待ってるので」
明美が困惑しながら告げるが、ベンチを囲うようにして立っているいかにもチャラそうな男たちは引かずに声をかけ続ける。
「そう言わないで、ね? 女の子1人ここで待たせる男なんて最低だって! そんな奴放って置いて一緒に遊ぼうぜ!」
「そうそう! お金なら十分あるから、奢るよ!」
「終わった後カラオケとかも良くない!?」
「いいね、それ楽しそう!」
「決まりィ!」
明美の意思を無視して盛り上がる馬鹿3人。
飲み物と異空間収納にしまって金髪茶髪、ボーズ頭という3人の後ろに立って声をかける。
「決まってねぇよ」
そう言って3倍モードで髪を掴んで持ち上げる。
「あだだだだだだ!?」
「いででででで!」
痛みに喚く2人と、突然仲間が吊り上げられた事で唖然とするハゲ。
「ハジメさん!」
「悪い待たせたな。大丈夫だったか?」
「はい、ちょっと困ってましたが、大丈夫です」
ホッとした様子で俺の後ろに回る明美。
そのタイミングで手を放してやると、茶髪金髪が頭を押さえながらも怒り心頭と言った顔で睨んでくる。
「てめぇ、いきなり何しやがる!」
「ぶっ殺すぞおら!」
「やんのかてめー!」
見事なまでの三下ムーブに笑いそうになる。
「まあ、なんだ? ナンパは止めないが、一度断わってる女の子を無理やり場の雰囲気に流して誘うような真似はやめておけ。俺みたいに彼氏がいる場合もいるんだからな」
「はっ、てめえみたいな細いガキ独りに何が出来るんだよ!」
ちょっとカチンときた。
確かに俺はスキルで怪力を得ているが、元々筋トレをしているわけではなく普通のアルバイターだった。
そんな俺を細いと称するのは致し方が無いのだが、目の前にいる奴らもさほど大差ない。
唯一禿げ頭がちょっと鍛えてるかな? って程度なのに、そこまで馬鹿にされるとむかっ腹が立つ。
とはいえ、早々揉め事を起こすのは駄目だ。
折角のデートが台無しになるし、他の客にも迷惑だ。
「まあ、そういう訳で」
俺は彼女の肩を抱いてその場を立ち去ろうとするのだが……。
「逃がすかよ!」
「こいつボコろうぜ。なんかムカつくし」
「おねえちゃん、弱い彼氏なんかより俺らと遊ぼうぜ!」
とまあ、フラグをどんどん建設する勤勉な若者だ。
まあ、俺と大して変わらない感じからして高校生かな? 平日に何してんだ、学校行け学校。
すると明美がボソッと耳打ちした。
「ここで揉めたら追い出されちゃいますよ?」
それなんだよなぁ。
いくら巻き込まれたとはいえ、喧嘩したら最悪出禁食らう可能性だってある。
どうしたものかと視線を泳がせると、とある看板が目に映った。
……うむ、アレが良さそうだ。
視界に入った看板とは、ヒーローショーのような物。
実際はヒーローではなく夢の国のマスコットたちが演劇をするだけなのだが、これらにも一応悪役っぽい愛されキャラがいる。
それらを倒して、歌と踊りで楽しく場を盛り上がらせるという趣向の類だ。
タイトルは「ピーターペンと海賊ブック船長の対決!」だった。
丁度俺たちがいるのがカリブの海賊などを舞台にしたエリアで、おあつらえ向きに大きな船のオブジェクトがあった。
ちゃんと水の上に作られているし、船に乗れるように船橋もかけられており一定の客が観光で見て回っていた。
俺は周りの人から見えない様に異空間収納からお土産屋さんで買った簡単なりきりセットを取り出す。
緑の貫頭衣みたいな服で、更に同色の羽付き防止もつける。
ただ恥ずかしいからピーターペンのお面を被る。
普通なら喧嘩の前に何やってんだって話なのだが、身体強化で手早く装着を済ませるとあら不思議、早着替えのような技に周りの歓声が上がった。
そして演技かかった口調で声高に言う。
「でたな! ブック船長の手下ども! 今回も性懲りもなく僕の彼女を攫いに来たな!」
「な、なにいってんだテメェ!」
「頭可笑しいんじゃねえのか!?」
突然演劇めいた口調で話す俺に鼻白む3人だが、煽る様に指をクイックイッとやると煽られたと気づき突進してきた。
そこで俺は身体強化をフルに使って明美をお姫様抱っこして跳躍する。
3倍での跳躍はまるで空を飛ぶような物で、ひらりと船の船首に降り立った。
「うわ、飛んだ!?」
「すごい、イベントなの!?」
「ぱぱー、ピーターペンだよ! ピーターペンがいる!」
「ああすごいな。最近のイベントはこんなのもあるんだな」
「敵の子も熱が入ってていいわね」
「てめぇ、降りてこい!」
「卑怯だぞ!」
「逃げんのか!?」
いらだった様子で叫ぶ3馬鹿に船橋を指さして声高に叫ぶ。
「おやおや、海賊とあろうものが船に乗る方法も忘れたのかな? これはブック船長も可愛そうだ!」
「……ハジメさん楽しそうですね」
「割と」
俺に抱えられながら明美が笑う。
正直演技かかった口調で話すのが楽しいのは認める。
「さあお姫様、悪者は僕が倒してあげるからそこで応援してみててくれ」
「ふふ、ええお願いねピーターペン」
そんなやり取りをしてると、他の客を押しのけて上がって来た3馬鹿がやって来た。
すっかり船の上は俺を含めた3馬鹿4人のリングとなり始めていた。
「舐めやがって!」
「死ねや!」
「オラァ!」
「全く、子供たちが見てるんだよ。怖い言葉を言うんじゃない」
そう言ってひらりと3人の頭の上を飛び越える。
その際に禿げ頭をステップする様に足を乗せるのを忘れない。
すると周りの客らから笑い声が上がる。
その後も数度にわたって殴りかかられるが、ひらりひらりと躱し続け息があって来るのを待つ。
「て、てめぇ……いつまでも、チョーシこいてんじゃ、ねえぞ」
「はぁ、はぁ」
「てか、なんでこんなことになってんだよ……」
3人は疲労困憊と言った様子でフラフラ。
対する俺はケロッとしている対比がまさに舞台のようだ。
「さて、これ以上お姫様を待たせちゃうとわるいし終わりにしようか」
「んだとぉ!?」
すっかり悪役が板についた金髪君の頭に、サッと取り出したなりきりセットの一つ。海賊船長の帽子を取り出す。
「コレ、船長に返しておいてよ。いたずらで取って来たんだけど、なんか蒸れてて臭いから返すね」
そういうと周りの笑い声が上がる。
「ざけんなぁ!」
殴りかかって来る金髪君に帽子をかぶせるて放り投げる。
「うわぁ!!!」
ドボン、と音を立てて水の中に落ちる。
続けて茶髪君には赤白のバンダナをかぶせて投げる。禿げ頭くんには眼帯を付けてから投げる。
ドボンドボンと続けて落ちた所で、船首に立って大げさにお辞儀してみる。
「さて、ここは人がたくさんいるからね。移動しようか!」
「ふふ、そうね。それがいいわ」
笑いをかみ殺すように頷く明美。
俺は彼女を抱きかかえ、皆に「それでは皆さんごきげんよう」とこれまた最後に大げさに演技して、今度こそ3倍の本気で跳躍した。
一度の跳躍で数メートルどころか10数メートルを稼ぐジャンプでその場を離れた。
その後、人が少ないアトラクションの裏に降りて、予備の服に着替える。
「ふふ、もういいの? ピーターペンさん」
「勘弁してくれ、あの時はデートを台無しにされたくなくて必死だったんだよ」
「結構楽しんでなかった?」
「……まあ、たのしかったな」
「意外とハジメさんは演技の才能あるのかもね」
「まさかそんなわけ――」
経験により演出スキルLv1を獲得しました。
……。
そうっすか。スキル、なんですねそれ。
「どうしたの?」
「その……演出スキルってのが手に入った」
「ぷっ」
噴き出す明美。
「笑うな! くそぉ、マジかよ……アレもスキル習得に繋がるのかよ。マジでどうなってんだスキルって」
くすくす笑う明美と、妙なスキルを手に入れて納得いかない俺で改めてデートを再開した。
その後は問題らしい問題は一切なく、閉演まで楽しい時を過ごす事が出来た。
ただ、その途中何度か「今日すごいイベントがあったんだよ! ピーターペンの突発イベント!」といった内容の会話。
間違いなく俺たちの事で、それが話題になったようでまたどこかでやってくれないかと客たちが噂をする度に恥ずかしさで顔が熱くなるのだった。
また、余談だが錦の奴からメールが届いた。
『あの、言いにくいんですけどネットに流れてるピーターペンの動画ってまさか旦那ですかい?』
URLと共に送られてきた文章に飲んでいたコーラを拭きだしたのは言うまでもない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!