あれから俺はスキルについて色んな実験を行った。
その結果、いくつか分かった事がある。
①身体強化は現在Lv1なので強化値は2倍ではあるが、この倍率を「1.1倍」に設定する事が分かった。つまり「大は小を兼ねる」という意味で微調整が可能なのだ。
きっかけは何の気なしにコップで水を飲もうとしたら力加減を間違えて見事に、握りつぶしてしまったのだ。
身体の強化のお陰で、割れた破片で掌を切ったりはしなかったがかなり心臓に悪い。
そこで何とかならない物かと悩んでいたら、鑑定内容が再び変化し「強化倍率を小数点以下で調整可能」と表示された。
急いでそのようにすると、何とかコップを握りつぶす様な事は無くなった。
だがこの時点でも肉体の限界を超えた力を出してるので、今俺がオリンピック出たら間違いなく金メダル取れるだろう。そんなことになれば間違いなく目立ってしまいこれまで通りの生活なんてまず無理だ。なので、普段は出来るだけつつましやかに生活をすることを心掛けるようにした。
また、検証が必要かもしれないが他のスキルなどの倍率系統も加減が可能かもしれない。
その辺りは必要に応じて確認して行こうと思う。
②鑑定に関して「距離制限無しで」検索機能のような事が出来ることが分かった。
ただ「テレビのリモコン」と検索すると、人の家のリモコンも出て来て酷い事になった。
無数に出て来る各メーカーリモコンのアイコンが出てきた時は発狂するかと思った。2度とやらない。
なので現在は検索範囲を50mに設定してある。もしくは探す対象に俺のマークでもつけて置けばすぐ見つかるかもしれない。今度考えておこう。
③異空間収納は入れられるサイズに限度があるが、数に関しては無制限に出し入れできる。欠点としては異空間収納に入っている物を完全に忘れると取り出しが難しくなることだったが、これに関しては鑑定で『現在の異空間収納に収めている物』を検索するとリスト化することが分かり、デメリットではなくなった。
④スキル発動は「声に出さずとも念ずるだけでも良い」という事が分かった。
正直これが一番うれしかった。いくら便利なスキルとは言え「身体強化!」って毎回いうのは恥ずかしかったし、それを聞かれて頭の可笑しい奴だとか思われるのも癪だった。
「とにかくラッキーだったな。こんな凄い力を手に入れられた以上、勝ち組も同然じゃないか」
俺はにやける口元を抑える事もせず、目の前に出したままのウィンドウを眺めた。
使えるスキルは身体強化と鑑定、そして異空間収納とあまり派手さにはやや欠ける物ではあるがそれでも一般人達に比べて大きなリードをしたと言える。
そもそも身体強化を2倍で使えば大抵の肉体労働も楽々こなせるはずだ。
今の日雇いでバイトとしてやっている土木関係の仕事であれば、正にうってつけだ。
「……というか、スキルを使えばもっと効率的かつ楽に金を稼げるんじゃないか?」
ふとそんな考えが脳裏によぎる。
例えば異空間収納。
これは直接触れていなくても半径10m以内の物品を異空間に収めるスキルだった。
テスト時は自ら異空間に放り込んでいたが、鑑定で色々調べた結果「目測できる範囲であれば、触れずとも異空間に収められる」と言うことだった。試しに使ってみたら、まるで瞬間移動でもしたかのように消えてしまった。
これをうまく使えば貴金属やお金を触れずして集める事も容易い。あっという間に大怪盗の誕生だ。
仮に現場にいる事で疑惑を持たれても、俺が異空間から物を出さなければばれる事は無い。
だが……。
「うん、犯罪は駄目だよな。そんなのヒーローがする事じゃない」
俺は昔からヒーローにあこがれを抱いていた。
どこからともなく現れて、脅威に晒されている人々を助ける正義の味方にいつかなりたいと子供の頃強く願った物だ。
最近だと、蜘蛛の力を得た青年がアメリカのニューヨークで悪役相手に大立ち回りをするのは非常に胸が躍る。
超常の力をもって悪を倒すというのがひたすらカッコいいと思った。
「今の俺ならヒーローになれるかも……いやいや、いくらなんでも夢見過ぎだよな。それに日本は平和なんだから、あんな悪党がそうそういてたまるか」
童心がざわめきだし、ちょっとした妄想を口にしたがすぐにそれを否定する。
「でも、少しくらいのズルは良いよな? このご時世のヒーローだって最初は自分の為に力を使ったりしてるわけだし」
そう言って選んだのは『鑑定スキル』だった。
コレの中にある検索機能で俺は宝くじの当たり券を検索したのだ。
最初はちょっとした興味本位だった。
だが、冗談のつもりが現在住んでいる神奈川に一等は無かったがそれ以外の高額当選券がかなりある事に驚いた。
それでも電車でそれなりに乗り継ぐくらいの距離は必要だが、当たりがそこにあると分かっていて、尚且つそれを確実に選べるというのならば距離など大した問題じゃなかった。
そう考えると俺は即座に家を出た。
電車に乗り横浜へ出て、東京駅へ向かう。
そして迷路のような駅のホームを抜け出た先にある、1軒の宝くじ売り場へ向かった。
周囲には高齢の男女がスクラッチを買ったり、番号を選ぶタイプの券を頭をひねりながら購入している所だ。
念のために鑑定で調べる。
――――――
宝くじ売り場(東京駅一番街店)
当たりくじ 9件
スクラッチ 20万円x5 70万円x1 100万円x2 3000万円x1
――――――
うん、確かにここだ。
まさか3000万円のクジがちゃんとあるとは思わなかった。……いや、無いと駄目なんだけど今まで当たった事ないからほとんど当たりクジなんて、話題作りの嘘っぱちだと思ってたんだ。
俺は若干緊張しながらもカウンターへ向かうと「スクラッチを買いたいんですが」と声をかける。
1点買いで大当たりなんてあり得ないので10,000円分の購入を決める。
その中に1枚だけ大当たりを紛れ込ませることにしたのだ。
「あの~……自分でスクラッチを選びたいんですけどいいですか?」
「はい、全部見ます?」
以外にも面倒そうな顔せず、カウンターのおばちゃんはテーブルに並べてくれた。
聞けば「わりとよくある事」だそうだ。
吟味する振りをしつつ、鑑定による当たりクジのマーカー付けて複数枚のチケットを選び、本命である3000万スクラッチを手に取る。
「これでお願いします」
支払いを済ませると俺は財布に仕舞う。
「すぐに確認されないんですか?」
「ええ、神棚に1日置いてから削ろうかと」
そう告げるとおばちゃんは笑顔で「ああ、それは大事ですね。当たりますように」と送り出してくれた。
内心ではすでに当たっているはずと分かっていながらも、もし鑑定が違ったら……なんで考えながらソワソワしながら帰路へ着いた。
もちろん、自宅に着くなり俺は目的のチケットを削った。
結果はやはり大当たり。
1等賞の3000万円であった。
俺は喜びに身体を震わせつつも、鑑定スキルを授けてくれたあのぶっきらぼうな神様に感謝の祈りをささげた。
無神論者から鞍替えしようかな。
その後は当たりクジが無くなっていないか1時間おきに確認したり、布団に入っても眠れず何度も起きては当たりクジを眺め、また布団に入るというアホな行動を繰り返していた。
小市民が大金を得ると過剰に心配性になるって本当なんだな……。
翌朝、俺は最寄りの銀行に向かって宝くじの換金に向かった。
受付を済ませるころには俺の預金通帳には3000万円という、これまでに見た事のないくらい纏まった金が振り込まれており、さっそく50万を引き下ろし万札でパンパンのお財布を見てニンマリとしていた。
するとスマホが震えるのを感じた。
ポケットから取り出して画面を見るとそこには、週3日で入れて貰っているバイト先であるファストフードの店だった。
「あれ、今日休みだったよな」
不思議に思いつつ電話に出ると、店長だった。
なんでも大事な話があるから、来てくれないかという呼び出しだった。
何事かと思い、了承してバイト先に向かうとそこには暗い顔をしたバイト仲間が数名立っていた。
「遅くなりました」
俺が事務所に入りつつ声をかけると店長たちがこちらを見て、少しだけ目を泳がせた。
「突然呼び出してすまないね。まあかけたまえ」
言われるがまま、事務所の休憩室にある椅子に座ると店長がその対面に座る。
他のメンバーは遠巻きではあるが、こちらの様子をうかがっているようだった。
「で、話と言うのは? どうして皆さんここにいるんです?」
「それはだね……」
店長が少しばかり言い難そうにしていると、遠巻きにこちらの様子をうかがっていた1人の男がズカズカと大股で近寄って来た。
「てめぇがレジの金を盗んだんだろ!? さっさと返せよ!」
「へぁ?」
思わず変な声が出た。
いきなり店長との会話に入って来たかと思ったら、突然「レジの金を盗んだ」と言われた。
どういうことかと視線を店長に向けると、溜息を吐きながらこちらを見る。
「実はね、3日前の集金結果が出たんだが、どうにも20万円ほど足りないんだ。おかしいと思って何度も確認したんだが、5つあるレジから少しずつ引かれていたよ」
初耳だ。
3日前といえば確かに自分が夜勤で働いていた時間ではあるが……それは、俺に怒鳴りつけて来た奴も同じはずだ。
コイツは……高校生だったよな。名前は確か田所だったはず。
「俺は見たんだぜ!? お前が人のいない時間にレジをコソコソ開けてるのをよ! その時に金を盗んだんだろ!」
「いやいや、なにいってんだよ。そんな事をしたら防犯カメラに映るだろ? そうでしょう、店長」
「……それが、防犯カメラがその時間帯だけ動作してないんだよ」
店長の言葉に勢いづいた田所がさらに喚く。
「どうせお前が前もって細工したんだろ!? 計画的犯行って奴だ!」
「田所君、ちょっと君は黙ってなさい」
「だ、だけど店長、コイツは盗みを……」
「君がそう言ってるだけで証拠がないだろう? 3日前に同じ時間働いていたのは君も同じだ」
「……そうっすけど」
諭され静かになる田所。
店長も周りの話をうのみにするつもりはないらしく、俺からも話を聞くということで呼び出してくれたそうだ。
ちなみに、鑑定で田所を調べてみたら……案の定盗みをしたのはコイツだった。
犯行理由は遊ぶ金欲しさって奴で、同じ時間に働いていてあまり仲の良くない俺になすり付けようという浅はかな考えで行動に至ったらしい。
流石に俺としても犯罪をなすり付けられるのは気分が悪い。
なので個々はしっかり反論させてもらおう。
「店長、俺からも良いですか?」
「もちろん、両方の意見を聞くつもりだよ」
公平な態度にホッとしつつ俺は鑑定で見えている情報を合わせて、自分の無実を証明していく。
「まず、店長が言った通りその時間帯に務めていたのは俺と田所です。ついでに言えば、厨房にもう1人いましたが、その人は裏方の仕事のみなのでレジに触れる機会がそもそもないので除外していいと思います」
「そうだね。厨房の防犯カメラにも石田さんが問題の時間にもしっかり写ってたからまず間違いないね」
「ちなみにその厨房のカメラに田所は映ってましたか?」
「……いや、映ってないね」
「であれば彼も容疑者ということですね」
俺が聞こえる様に呟くと、田所は顔を真っ赤にしてつかみかかって来た。
「てめぇ、俺に擦り付ける気か!?」
「それはこっちの台詞だ。そもそも、俺は盗みがあったこと自体今初めて聞いたんだ。でもお前は俺がレジで不審な行動をとっていたのを見てたんだろ? ならなぜこの3日間の間にそれを言わなかったんだよ」
「そ、それは何かの間違いかと……」
「へえ、そうやって俺を信じてくれたんだな。その割には今回は勢いよく「お前が犯人だ」と怒鳴りつけて来たな。どうしてだ?」
「……」
田所が言葉に詰まる。
まあ、そりゃそうだ。思い付きかつ浅はかな行動だったんだから推理小説みたいに御大層なアリバイ工作何てしてないだろ。
むしろカメラの工作した時点でまあまあ、頑張った方だ。
てか、コイツなんでカメラ操作で来たんだ?
あ~~、店長コイツの前でぽろっとPCのパスワードを溢しちゃったんだな。全部を言った訳じゃないけど殆ど言っちゃって、その後は総当たりで答えを導き出したみたいだ。
それで、準備が出来たから行動したと。
「店長、気のせいじゃ無ければだけど、コイツの前で店のパソコンパスワード言ったりしてません?」
「なに……? そんなことは……――あ」
俺の言葉に一瞬眉を寄せるが、すぐに目を少し大きく開いて固まる。
そしてその視線は田所に向けられる。もちろん疑いの眼差しだ。
「て、店長……」
「先週君と事務所で雑談した時確かに言いかけたね。あの時は全部言う前に思いとどまったから平気だと思ったけど……」
「ま、待ってくださいよ! それだけで犯人とか疑うんですか!? 何の根拠もないでしょ!?」
「さっき、君も証拠も無しに『見た』ってだけの証言で、斎藤君を犯人だと断言してたじゃないか。アレだって根拠――証拠もないだろう?」
「ぐっ……」
その言葉を聞いて田所は言葉を詰まらせる。
しばらく沈黙が続くと、店長は長い溜息を吐いた。
「まったく、今回の1件はかなり重く見させてもらうよ。とりあえず2人とも暫くバイトは休みなさい」
「な、なんでっ」
「わかりました」
田所は慌てる様に声を上げ、俺はすんなりと受け入れる。
「犯人を見つけるまで……とは言えないが、少なくとも店の財産を奪う人間がいると分かった以上、こちらも明確なリスクは避けなくちゃならない。言い方が悪いが「疑わしきは罰せよ」になるんだよ」
「だ、だから犯人はコイツ……」
「いい加減にしないか!」
いまだに俺を犯人に仕立て上げようとする田所に、店長が切れた。
店長からすればどちらが犯人かなんてわからないのだろうが、それでも大人しく話を聞く俺とひたすら怒鳴り散らして場を掻きまわすだけの田所ではどちらが信用できるか、天秤が傾き始めているようだ。
「まったく……とりあえず損失した金は私が負担しておくが……上から何らかの答えが出るまでは2人とも休みだ」
「わかりました」
「……くそっ」
田所はイラついた様子で事務所を出て行った。
一応、決着と言う形が付いたことで事務所の張りつめた空気が弛緩していく。
「すまないね、斎藤君」
「いえ……それよりもお金大丈夫なんですか? 店長が負担する事ないんじゃ……」
「いや、どこかでこうしないと事件として警察が介入する案件になってしまう。1万や2万であればレジ打ちのミスって出来なくもないけど、今回ばかりは額が大きいからね」
「まあ、盗難事件になりますね」
「ああ、そうなると君はもちろん高校生の田所君も警察に出てもらう必要がある。そうなると二人の学歴に傷がつく可能性が有る」
どうやら店長は俺達を庇ってくれているみたいだ。
……どちらかと言えば、盗んだ方は「捕まってくれ」と思ってるみたいだが、巻き込まれた方を考えると「両方警察に」とは出来ないようだ。
本当にいい人だな、この人は。
「あの……良ければ、俺も半分負担しますよ」
「いやいや、半額ってそれでも10万だよ? バイトの君じゃあ、かなりの高額だろうに……それともまさか……」
最後の当たりにちょっと俺を疑うような目を向けて来た。
まあ、タイミング的に「盗んだ罪悪感で少しでも返そうとしてる」って思われてもおかしくないな。
「いやいや、実はですね……あまり言わないでほしいんですけど」
俺は店長にだけ聞こえるように声のトーンを落とす。
店長も眉を寄せながら耳を傾ける。
「宝くじ当たっちゃいまして、その位なら全然痛くもかゆくもないんですよ」
「は?」
「みます? 通帳」
そういって、今朝換金したばかりの通帳を取り出す。
店長はそれを受け取ると「失礼するよ」と言って最新のページを開き固まった。
「お、おおう……なんというか。その、結構デカいの当たったな」
「ええ、なので今回の1件の額は全部負担しても……」
そこまで言いかけると店長は慌てて首を横に振った。
「いやいや、それは駄目だ。なんというか、うん、これで君の疑いは限りなく減ったよ。この額には驚いたけど、通帳を見た感じだとこれまでもしっかり貯金をしてるようだし……たった20万円の為に人生を棒に振る危険を冒すとは到底思えない。となると、やはり田所君か……」
「やはりってことはもしかして」
「まあ、この際だから言うけど彼の素行不良には少しばかり気になってたんだ。社員や店長である私の前では大人しい様だが、時折賄いと称して出来立ての品を勝手に食べる事も知ってたし、何より彼の学校での評判はそれなくこの3日間で調べたからね」
「なるほど……3日も遅れて話題に上がった訳がソレって事ですね」
「まあね。君には不快な思いをさせてしまい申し訳ない」
「いえ、俺としても結構な額が入ったので、急いで働く理由も無くなったからある意味丁度良かったともいえますよ」
「ははは、こちらとしては真面目なバイトくんが居なくなって痛手だよ」
それから店長とは「様子を見て1か月」という話でまとまった。
その頃に別のバイトを見つけていればそちらを優先してもいいし、これからも働いてくれるというのならば是非お願いしたいと言っていた。
また、田所の件に関してはこのまま辞めてもらう欲しんでいると教えてもらった。
なんでも店長が3日間かけて調べた内容では、いくつものバイトを落ちてやっとここに受かったと話していたそうだが、その理由がかつて働いていた店で今回のような金銭トラブルが起きた際に田所が絡んでいたそうだ。
その時に居合わせたバイトがSNSで呟いたのが広く広まったそうで、多くのバイト面接で落とされていた理由だった。
店長は「ネットは苦手だけど、今後はもう少しアンテナを張ってみるよ」と苦笑いしていた。
ともあれ、バイトが暫く無くなった俺は軽い足取りでスキルの訓練と、ついでとばかりに宝くじなどで小遣い稼ぎをしようかな……なんて考えながら自宅へと帰ることにした。
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