持って来てもらった肉もそのまま受け取ることにした。
エミットさんはまたとなり村に戻って、ジャガイモと陸稲(おかぼ)を持って来ると言った。
「いや、おれがそちらまで行きますよ。それで持って帰ります」
「そうかい。そうしてくれるならありがたいよ。ジャガイモは重いからね」
「どのくらいのジャガイモと交換してもらえますか?」
「背負いカゴに半分の、そのまた半分かな」
「ありがとうございます。十分です」
「アイルーン、アタシここでやらないといけないことあるんだ。となり村までは案内するから、また今度にしない?」
「大丈夫だよ、おれがエミットさんといっしょに行くから」
「帰り道、分かる?」
そこでおれは、ウッと詰(つ)まった。
「えーと、一回で覚えられるかな?」
この世界に筆記用具に相当する物がないわけではない。簡単な記録を、木の皮や板に刻みつけておくのだ。たけど、となり村までの道をそんな風に記録するのは、とてもとてもやりにくいだろう。
「リンラちゃん、一本道だから大丈夫だと思うよ。道の脇にある岩や木にしるしをつけてあるしね」
エミットさんはそう言ったが、リンラは付いてきたそうにしてきた。
「エミットさん、キジの羽根はいかがですか?」
リンラはそう尋ねた。いや、ちょっと待ってくれ、あれは海のそばの集落で、海草と取り替えてもらうはずじゃなかったか?
「おお、いいね。最近こちらにはキジが現れないんだよ。取れるのは小鳥ばかりさ」
「陸稲とその、ジャ……何とか言うイモもっとください。しばらくここで待っていてくださったら、アタシはアイルーンといっしょにそちらの村まで行きますよ」
それでおれはピンと来た。そうか、ジャガイモと陸稲を海のそばの集落に持って行って交換してもらうつもりなんだな。
山の産物は、海では貴重なはずだ。
まだ、そんなには海草はいらないけど。それで石けんが固まるか試してみないと分からないからな。それとも塩を手に入れたいのかな。冬にそなえて、野草と肉の塩漬けも必要だ。
「それじゃ、野草茶でも飲んで待っていてください」
リンラは土器で湯を沸かし、中に野草の小さな束を入れたのを持って来た。小さなボウルほどもある大きさの物だ。土器の底に、茎で束(たば)ねられた野草が見えた。野草茶は薄い黄緑色になっていて、かすかに良い香りがした。
「ありがとう。とても体が暖まるよ。今日はくもり空で少し肌寒いね。冬が近いんだな。風に冬の匂いがするよ」
「冬の匂いですか」
そういえばそんな気もした。ひんやりと澄んだ空気の匂い。夏の空気とは、明らかに違う鼻孔(びこう)への感触。この世界では、夏もほどほどに暑いだけで、割と湿度が低いから過ごしやすいけれど。
「洗濯終わったよ。このあいだ、アイルーンが作った石けん使ったよ。一番最初に作った香りのないやつ。なかなか良いね。汚れ落ちがよくて、手にも優しい感じ。今日洗濯したのはね、ドロ汚れがひどかったからね。草の汁のしみ付いていたし」
「そうか、よかったよ!」
リンラがそう言ってくれて、おれはとてもうれしかった。
リンラは、まだ乾いていない洗濯物を持って来ていた。それをエミットさんの目の前で広げて見せる。
「これ、元はとてもドロ汚れひどかったんです。でも、けっこうキレイになっていますよね。それとアタシの手。脂ぬってないですが、うるおい残ってる感じですよね。つまりアイルーンの石けんは、こんな効果があるんです」
リンラはエミットさんの前で力説してくれた。こうなると、うれしいよりも照れくさい。そんな大したもんじゃないさ、と言いたくなる。
もちろん、エミットさんの前でそんなことは言わない。リンラが何の目的でこんなことを言い出したのかは、おれにも分かったからだ。
「いやはや、思ったよりもすごい物だね、これは」
「そうなんですよ! だからジャガイモもっとください。カゴにいっぱいです。そのくらいの価値はありますよ」
「カゴいっぱいか、そりゃそうしてあげたいのは山々だけどね。こちらも冬の備えをしないといけないからね。カゴ半分でどうだい? この肉だって一つはおまけにしておくよ」
「半分と、半分の半分で手を打ちます」
エミットさんは考えているようだ。あごに手を当ててだまっている。
「よし、分かったよ。ジャガイモはカゴの半分と、半分の半分だ」
「ありがとうございます!」
おれは思わず飛び上がる。最初の申し出から三倍に増えたのだ。
「それと陸稲(おかぼ)です。それも背負いカゴに半分ください」
いいのかなあ? リンラ、ちょっと強気に出すぎじゃないか?
石けんの作り方を隠してはおけない。向こうでも作ろうと思えば作れるんだ、それなのに。
「アイルーンは、これに関して特別な知識と技術を持っています。アイルーンが向こうの世界、つまり《隠し世》(かくしよ)から来たのは知っていますよね?」
「ああ、聞いたことがあるよ。その関心もあったね。少し話してみたかったんだ」
「石けん作りはそうカンタンにはいきませんよ。これからも安定して作るには、最初にドーンと出していただかないと!」
ちょっと待ってくれ、リンラ。おれ、そんなたいそうなことしてない。
「分かったよ、君の熱意には負けた」
エミットさんは苦笑いしていた。
「陸稲もカゴに半分だ。このくん製肉も二つおまけだ。その代わり、石けんの量を二倍にしてくれるかい?」
「分かりました。それで手を打ちます!」
リンラは元気よく答えた。
こうして先ほど作ったばかりの香り付きの石けんも持って、おれたちはとなり村に行くことになったのだ。
「リンラ、すごいよ。ありがとう」
リンラはにっこりした。
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