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スローライフ 第十六話 キジの血抜きをするぞ

公開日時: 2021年9月16日(木) 20:20
更新日時: 2021年12月27日(月) 22:05
文字数:2,308

 森の中へ入り、体感で十五分ほどは歩いた。その先に獲物はいた。それはキジだった。オスのキジで、羽根がなかなか美しい。この羽根は、リンラへのいい贈り物になるかも知れない。

 おれはそう思って、リンラの様子を見た。いつもと変わらず、気丈で冷静な様子だった。羽根を見てもあまり感心した様子はなかった。少なくとも、今のところは。

 まだ、キジを捕まえていないからな。おれはそう思う。

「キジだね」

 リンラが言った。

「うん」

「出来る? 自分一人で」

「やってみるよ」


 出来る、と即答はしない。やってみるとしか、今は言えない。

 それでもおれは意を決して、横に並んで歩いていたリンラより先に立って歩き出した。

 リンラはすぐにおれの隣りに並んで付いてきた。リンラはすばしっこくて、まるで小鹿みたいだ。かわいくて優雅な動きまでそっくりだ。本当に愛らしい。

 リンラはおれの目線の先を見て、おれに付いてきているようだった。

「リンラ、あそこだ」

 おれは少し離れた位置の草むらを指差した。そこだけは木があまり生えていなくて、日の光が地面に届くので草が密に茂(しげ)っている。

 草むらからキジの頭が見える。まだ動いている。まだ。

 おれは近づいて行って、黒曜石のナイフをかまえた。リンラに教えてもらった通りにキジの首を押さえ、かき切った。思い切って。

 温かい血が流れる。生命の流れだ。


 ごめんな、でも決してムダにはしないよ。


 この世界ではこうして血を流さなくては肉を食べられない。無駄にはしないし、出来ない。毎日どこかの店で、大量に食料が捨てられる世界ではないのだ。

「それだけじゃ血抜きができないから。首、落とせる? 出来ないなら、アタシやるよ」

 おれはそっと息を長く吐き出した。気持ちを落ち着けるためだった。

「大丈夫だよ、リンラ。おれはやる」

 黒曜石ナイフの切れ味は確かだ。それはたった今確かめた。キジはすでに命を落とした。もう苦しまない。あっという間だったはずだ。

「はい、それじゃこの石の上でね?」

 リンラはどこからか大きめの平らな石を持ってきてくれた。おれが、キジの首から流れる赤い血をながめている間に、だろう。


 おれはそれを受け取る。


 おれは、それを地面に置いた。


 ゆっくりとした呼吸が六、七回ほどの間。


「よくやったね! えらいよ!」

「う、うん……」

 リンラはそう言って褒めてくれたが、実のところ、おれがこの世界に来た時には、肉を食うのは好きなのに血が流れるのを見るのは嫌なのは、とてもとても奇妙なことだと考えられていた。

 元の世界の話をしても、上手くは伝えられなかった。そのうち、おれはそういう人間なんだと受け入れてもらえた。

 リンラがおれにいろいろ教えてくれて、今日はいよいよ血に慣れる日の始まりというわけだった。


 キジを尾から近くの木の枝に吊り下げて、血抜きが終わるのを待った。リンラは持ってきた土器で血を受け止めた。土器には少しずつ血がたまってゆく。

 その頃にはすでにふるえと衝撃は治まり、落ち着いた気分だった。不思議な感覚、奇妙とも言える達成感があった。

「血抜きが終わったら、次は腸(はらわた)を抜かないといけないんだけど、それはアタシがやるからいいよ」

 それを聞いておれはほっとした。

「う、うん。助かるよ」

「でも、ちゃんと見ていてね」

「うん、分かった」

 リンラは手速く器用にキジの腹をさばき、内臓を取り出した。腸は捨てるが、他は持って帰る。

 実に手慣れたもので、ほれぼれするくらい見事な手さばきだ。

「はい、終わり。これ持って」


 リンラは腸(はらわた)を抜いたキジをおれに渡してきた。尾の付け根辺りを持って逆さにしたキジを。もう、血はほとんど流れなくなっていた。

 おれは、首を切り落としたキジを背負って帰りを歩き始めていた。

 このオスのキジのきれいな羽根の付いた頭部は、リンラが背負いカゴに入れて運んでいった。

 森の中、帰り道。ここ辺りまでは人がよく来るらしく、自然に出来た通り道があった。

 うっかりよく分からない獣道に迷いこまないように、とは元の世界でもよく言われていた。おれはその見分け方もリンラに教わったのだ。

「獣道はね、獣の毛とかフンがよく落ちてるよ。それによく見ると足跡がたくさんある。それで分かるから」


 リンラは以前、森の中におれを連れて来て、実物を見せながらそう説明してくれたのだった。

「でもアイルーン、このあたりなら、人がよく通る道には木に印(しるし)付けてるからね。石の飾りを付けた縄を巻いてあるよ。それが目印。獣道には、罠を仕掛けておくといいんだけど、そのやり方はまた今度ね」

「うん、ありがとう。リンラ」

 おれは早くいろいろなことができるようになりたい。

 リンラのために。村の人々のために。そして何より自分自身のために。

 おれたちは、また十五分くらいを歩いて、村に帰り着いた。


 もう夕暮れだった。煮炊きをしているときの良い匂いが、あたり一面にただよっていた。

 おれたちは、そこでこの村の長老を見つけた。

「ありがとう、よくやってくれたね」

 村の長老がそう言って、おれを労(ねぎら)ってくれる。

「いや、リンラのおかげですよ」

「そんなことないよ! アイルーンが頑張ったの」

 横からリンラが大声で言う。こんなとき、リンラは決して自分の手柄(てがら)にはしないのだ。

「う、うん。やってみたらどうってことなかったな」

「そうかい。それはよかった」


 小柄な体の長老は、そう言って目を細めて温かい笑みを見せた。

「君が来てくれて助かっているよ。覚えも早いし、気が利くし、素晴らしい若者だと思っている」

「ありがとうございます……!」

 おれは嬉しかった。こんな風に手放しで褒められたのは、転生前の人生を入れても、生まれて初めてだった。

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