となり村、とは言っても本当にすぐとなりにあるわけではない。森の中の一本道を歩いて、三十分くらいだ。でも思ったよりは速く着いた。
一時間くらいは歩くのを覚悟していた。昔の人は自転車すらない時代、長い道のりを延々歩いていたと聞いた。だから、となり村もきっとそれくらいは離れていると思った。
一つには、となり村と今自分たちが暮らす村では、食料を得るためのやり方が違うからだ。きっと遠く離れているから、そんなに違うのだろうと考えていた。
道は分かりやすく一本道で、左右の木々や大岩には、草の繊維で編んだ縄が巻かれている。そこにいくつか彫刻をした石が吊り下げられて飾られている。
元の世界で見た勾玉(まがたま)ってやつに似てる。それより細長くて、あまり曲がっていないけど。
表面がつやつやにみがかれているわけでも、ヒスイなどの高価な石を使ってもいない。その辺の小石を加工した、素朴な風合いの物だ。
雨や風にさらされるのだから、精巧な細工物より、こうした物が適しているのだろう。
「その飾り、村によって形が少し違うんだよ。海の集落と山奥の集落では、また違うからね」
「そうなんだ。そう決まっているのかな?」
「絶対そうでなきゃ、ではないけど。昔から伝わってる形と作り方があるんだよ」
「そうか。でもこの形しか見たことがないよ」
「道が分かりやすいように、しるしを付けたのはアタシたちの村だから。他の人たちは、そこまで互いの行き来に熱心じゃないし」
そうか。物々交換はおれが元いた世界のややこしいビジネスとは比べ物にならないくらい簡素な取り引きだが、それでも交流に消極的なら、それさえも必要最小限になってしまうわけだ。
多分、集落によってやり方が、気風が違うんだろう。
おれたちの村は交流や取り引きに積極的、となり村は農耕や牧畜がある。海の集落は、土鈴(どれい)や花の汁で染めた服やサンゴの飾り物など、美術的な物が好き。
そして山奥の集落の人々は。リンラが言うにはあまり外に出たがらない、のだったな。山で取れない塩のためにわずかに物々交換に応じるだけ。
ヒスイが取れるらしいけれど、向こうからは売り込みに来ない。向こうで細工物を作っては、おれたちが来るのを待っている。でも、新しい物を集落の中で工夫して作り出すのは得意らしい。
分かった。これは、あれだろ。
おれたちの村は商人ぽい文化で。となり村は、農耕民。海の集落は芸術家的だ。山奥の集落は、職人気質。そうじゃないだろうか?
「なあ、リンラ。良いことを思いついたよ」
すでに石けんは食べ物と交換済みだ。すぐに帰すのも気づかいがないと思われたらしく、おれたちは、はちみつを少し溶かした井戸水を出され、敷かれたゴザの上で休ませてもらっていた。
「それぞれの集落からいろんな物を集めてさ、違う集落に運んで物々交換するんだよ。きっと相手には喜ばれ、おれたちも得をする。物を出してくれた集落の人たちの利益にもなる!」
「うーん、まあ面白そうだけど」
「リンラ、あまり乗り気じゃないのか」
「だってそれぞれの集落は、自分たちで必要な物は作るか狩るか取るかするんだよ。それ以外の物で、どうしても必要なら交換して手に入れるの。そりゃサンゴやヒスイは別格の品物だけどね。他に必要じゃない物なんて、いる?」
その時、おれは遠目にきれいな花を見つけた。おれたちの村にはない花だった。
「リンラ、あの花きれいだな」
「あれ、あの花は初めて見たよ」
「そうなのか?」
「うん、五枚の大きな花びらの花。見たことあるのは赤や白でね、青いのを見るのは初めてだよ」
「なあリンラ。あの花を持って村に帰ろう」
「え?」
「もちろん、交換する物を出すから。石けんと交換したジャガイモ、花と交換するわけにはいかないかな?」
「うーん、たぶん一輪か二輪くらいなら大丈夫だと思うんだけど」
「リンラ、イモや米は食えるけど、花は腹の足しにはならない。だけどリンラは花が好きだろう? 人間は必要な物だけでは満足できないんだよ」
「それは分かるけど」
「冬が近いからな。ぜいたく言ってる場合じゃないのは分かる。だけどここにも『獲物』があるよ。おれには分かるんだ」
おれはそう言うと、残ったはちみつ入りの井戸水を飲み干した。立ち上がり、この世界に来る際に女神から与えられたカンを生かして、『獲物』を探す。
リンラも後から付いてきてくれた。
村外れの草むらに分け入る。草は腰の高さほどもあり、歩きにくい。だがかまわず前に進んだ。
やがておれたちは、池のようなものを見つけた。しかし池と違うのは、そこからホカホカと湯気が立っていることだ。
おれはそっと、黒曜石のナイフを池の湯につけた。触ると温かいが熱いほどではない。おれは直接、池に手を入れた。
心地よい。久しぶりの湯の温かさ。その天然の恵み。
「リンラ、温泉だ! ここに温泉が湧いているぞ!」
そうか、今回の『獲物』はこれだ。食い物じゃなかったんだ。
おれはうれしかった。本当にうれしかったんだよ。
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