妖魔の美少女とスローライフ!

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スローライフ 第十話 カネのある世界に未練はない

公開日時: 2021年7月19日(月) 21:14
更新日時: 2021年12月27日(月) 19:51
文字数:2,323

 リンラとおれは帰り道で、きのこや山菜を摘んだ。山の中腹まではまだ行かない下の方、でも麓(ふもと)と言うには上の方で。

 おれの能力は、食べられる物とそうでない物を見分けるだけではない。どこに食べ物があるかも探知できる。おれは効率よく山の中を歩いて、上手にきのこや食べられる野草を集めることができた。もちろん、リンラもいっしょだ。


「翡翠とか珊瑚とか、無理しなくていいからね」

「無理なんかじゃないよ。リンラが持っていてくれたら、いざという時には交換に使えるんだからな。無駄になるわけじゃないだろう?」

「アタシに預(あず)けてくれるの?」

「そうだよ。利子は付かないだろうけどさ」

 おれは冗談で言ったのだが、リンラに分かるわけはない。

「リシってなに?」

「えーと、前にいた世界でのお金の話だよ。ある場所に、余ってるお金を預けておくと、少しだけだけどお金が増えていくんだ」

「え? どうして増えるの」

 どうしよう。うまく説明できるかな。


「うーんと、お金はリンラの言うとおり万能の交換品だから必要とする人が多いんだ。充分なお金がない人は、預けられたお金を借りるんだよ。それでいろいろな物と交換したり、自分のために働いてくれた人に渡す。それを上手に繰り返すと、元のお金よりたくさんのお金と交換してもらえるようになる。そんな品物を買ったり作ったりできるようになるんだ。そうしてお金を元のお金よりも増やせたら、借りた分は返す。ただ返すだけでなく、元のお金より多目に金を返す決まりなんだ。増えて返ってきた分は利子として、お金を預けた人たちに分配されるんだよ」

 上手く説明出来るか心配だったが、リンラは感心して聞いてくれた。







「そっか! お金ってすごいんだね。翡翠や珊瑚、塩よりすごい。いつでもどこでも、何とでも交換できる、万能の交換品だね。アタシたち、思い付きもしなかった。おまけに何もしなくても増えていくなんて、きっと取り引きの神様が考えたやり方だね!」

「……まあ、ある意味ではそうかも知れないな」

 リンラが心底感心しているのを見て、複雑な気分になる。おれはカネに良い思い出がない。

「そんな便利な物があったら素敵だよね」

 おれはリンラに同意出来なかった。元の世界での、あれこれを思い出すとため息が出てくる。げんなりする。


「カネなんて良いもんじゃないよ。そんなには」

「そうなの?」

「おれはここでの暮らしの方がずっと好きだ。物の価値、動物や植物の命の価値に、直接触(ふ)れている気がする」

「何だか難しいこと言うんだね」

 リンラは目を丸くした。

「難しくはないさ。確かにお金は万能のように思える。けど、それが理由で人が争ったり傷つけ合ったりもするんだよ。おれは、元の世界のそんな出来事にうんざりしていたんだ」

 金銭を愛するのはすべての悪の根か。ならばなぜ神は金銭を人間に与えたのか。結局、人間は信仰より物質への欲望を選んだ。そうじゃないだろうか。


「そっか。ここでは翡翠や珊瑚が他の人に取られてしまうことはないよ。食べ物も充分にある。アイルーンがいた世界ほどには、いろいろな物があるわけじゃないけど」

「充分だよ。新鮮で、どれもけっこう美味いし、食うために嫌なことを我慢して働かなくてもいいんだ。夢のような暮らしだよ」

「よかった! アイルーンは元の世界に帰ったりしないんだね」

「帰らないよ。もし帰れたとしても、絶対に帰らない」

 リンラは、ホッとしていた。こんなやり取りをするのはもう今日だけで二回目だ。

 元の世界に未練なんてない。リンラがいて、みんながいるこの世界がおれは好きだ。

「きのこ、もう籠(かご)に入りきらないね」

 リンラの言うとおりで、二人とも籠の中はいっぱいになっていた。

「じゃあ、山に登るか」

「うん」


 きのこは日に干して乾燥させ、後で煮物やスープにする。山菜も肉か魚といっしょに煮て、食べられない分は別の土器に入れ、冷ましてから地下の氷室(ひむろ)に置いておく。ニ、三日のうちにはみんなで食べてしまうだろう。

 氷室(ひむろ)には、冬の間にできた氷や雪を固めて入れてある。ちょっとした保冷庫なのだ。

 互いに、野草摘みや狩りや魚釣りで得た物を持ち寄って、でかい土鍋で具だくさんのスープか、煮込みにするのがいつもの慣習だ。山椒(さんしょう)や野生の生姜で肉や魚の臭みを消し、味わいや香りを良くする。山椒は葉と実を使うが、新鮮な物だけでなく、乾燥させ保存もしてある物もある。生姜の乾燥させた物は粉にされている。


「もう、腹が減ってきたな」

「まだお昼からそんなには経(た)っていないよ」

「でも、きのこと山菜探しでつかれたよ。このきのこ食えたらなあ」

「だって今、火はないもん」

「鹿の干し肉、少し残しておけばよかったな」

 おれは小腹の空(す)いたのを我慢して、また山を登り始めた。山菜の中には生(なま)で食えるのもある。おれはそれをかじって元気を出した。


 やがて来た時に見つけた、ウサギのいる落とし穴まで来た。

 穴をのぞき込むと、ウサギはすでに死んでいた。

 おれは槍を海のそばの集落で借りなかったので、穴に自分で入ることにした。丸いこの穴、やや深いが直径は小さい。足を突っ張(ぱ)って、そろりと降りてゆく。


 ウサギは、まだ温かいままだった。温かくてやわらかだ。かわいい、と思った。かわいそうとも思った。でも、これは天の恵みだ。放置していればこの死は無駄になる。だから、ありがたくいただく。おれはそう決めた。

 ウサギを肩に乗せて、両手両足を使って上(のぼ)ってゆく。途中で、リンラが身を乗り出してうさぎを持ち上げてくれた。おれは身軽になり、さっさと穴から出られたのだ。

「ありがとう、おつかれさま、アイルーン」

 リンラはにっこりしていた。

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