おれたちは、無事村に戻ってきた。もう夕暮れ、予定通りだ。遅くも早くもなかった。
村の人たちは、おれたちを出迎えてくれた。さっそくリンラと手分けして塩と魚醤(ぎょしょう)を配る。
村の人たちはみな喜んてくれた。
鹿を見つけたのもおれ、山を越えて交換をしてきたのもおれだ。リンラも手伝ってくれたが、重い塩を運ぶのは、リンラだけでは難しかっただろう。
「ありがとう、リンラ。それにアイルーン君も」
村長さんがおれたちに礼を言ってくれた。
「大したことはしてないですよ。それと、これを見てください」
「ああ、ウサギか。またどこかで見つけてきたんだね」
「そうです。何と交換してもらえますか?」
「そうだな。陸稲(おかぼ)はどうだい?」
「陸稲、米ですか」
「そう、米だよ。となり村では栽培をしているからね。私たちのように、自然の木の実や山芋を取るだけでなく、栽培した米を食べているんだよ」
「ありがとうございます。ぜひください! それにしても、こちらでは育てないんですか」
「こちらの土は水はけが悪くて、周りを森に囲まれているからね。となり村は、もっと平らでここより広いんだよ」
「余った土地で陸稲を育てているんですね」
「そうだよ」
「村長さん、米を食べるのは楽しみです。リンラ、今晩さっそく食べようか」
「そうだね。氷室(ひむろ)から昨日の残りの魚の煮込み持ってくるから、一緒に煮込んでしまおうか」
「じゃあ、火をもらってくるよ」
おれは地下に降りて、通路を伝ってとなりの夫婦の住まいに行った。藁(わら)を編んだ、すだれのような仕切りがかかっている。
「すみません、火を分けてください」
旦那さんの方が出て来て、火鉢から藁束に火を移しておれにくれた。
「ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ。君が来てから助かっているよ。リンラちゃんと仲良くしてやってくれ」
「は、はい!」
急にリンラとの付き合いを言われたのでびっくりしてしまった。とても照れくさい気持ちだった。
地下とは言え、天井には風を通すための穴があるから、火を小さくしておけば、空気が汚れることはない。
でも、みなが火を持っていると火事の危険もあるし、空気もよどみやすくなる。だから火を管理する役割の家は決まっている。
今日も天気が良いので外で煮炊きできる。おれはまた地上に出た。
「リンラ、火をもらってきたよ」
「うん、ありがと」
リンラは火がついた藁束を受け取ると、火を起こすための地面の窪(くぼ)みにそれを置いた。そこには枯れ葉と薪(たきぎ)がある。火はめらめらと燃え上がる。リンラは、煮炊き用の土器を火にかけた。
その中には別な人から分けてもらった、川魚と山芋の煮込みがある。リンラは交換した陸稲の米もその中に入れた。米は二人で三食分くらいありそうだった。今回食べない分は、別の土器に入れて保管しておくことにした。
「だいぶ夜が涼しくなってきたな」
「もう一枚着る?」
「いや、いいよ。リンラは?」
「アタシは大丈夫だよ」
しかし、地面から来る冷たさは嫌だったので、今回はゴサを二枚重ねにした。それでかなりマシになった。冷気は、空気中よりも下から来るのが大きいのだ。座ったり寝ているときは特にそうである。
「もっと寒くなったら、これ靴(くつ)に入れようね」
リンラは、おれが見つけた鹿やウサギの毛を、服と同じように草の繊維を編んで作った袋に入れていた。
「これをね、足の裏をおおうように、靴の底に入れるんだよ」
「ありがとう。リンラが作ってくれたのか?」
藁靴の底に試しに入れてみた。とても暖かくてふわふわして気持ちが良い。
「そう、アタシが作ったの」
「ありがとう、これで雪が降っても平気だな」
「雪はあまり降らないけどね。アイルーンは、ここでの冬は初めてだよね」
「うん」
「大丈夫だよ。ちゃんと冬は越せるよ。山の上に行かなければ、そんなには寒くないから」
「山奥の集落には行けなくなるのか?」
「行けないことはないよ。ひどく雪が降っていたら嫌だけど。そうでなければ、少し寒いだけ。どうしても交換したい物があれば行くよ。あちらから来る人もいる」
「おれは夏の初めにこの世界に来たけど、まだ他の集落の人がこの村に来るのを見たことがないな」
「うーん、他の集落ではあまり外に出るのが好きでない人が多いからかな。山奥の集落は、アタシたちが塩を持っていかないと困るはず。どうしてもって話になれば、自分たちで直接海に行くかもしれないけれど、あまりそうしたくないんだって」
「そうか。保守的なのかな」
「ホシュテキって?」
「何て言うか、新しいことをやりたがらないってこと、かな」
「でもないよ。集落の中ではいろいろあるんだよ。時々、新しい交換品も出してくれる。でも外には出たがらない」
「危険だと思っているから?」
「それもあるだろうけど。人がいなくなるのが嫌なんだろうな。そのまま、別の集落に住み着いて帰って来なかったらって思うから」
「でも、外に出たい人だっているだろう?」
「いるよ。ここにも山奥から出て来た人、いるもん」
「もう帰らないのかな?」
「帰りたいときもあるみたい。でも帰ったら、引き止められるから」
「出してもらえないのか?」
「そんなことはないよ。どうしてもと言えば、またここに来られる。でもやりづらいでしょ、そういうの」
「うん。分かる、気がする」
「お米、やわらかくなったよ」
リンラは、火にかけた土器の中を、木をけずってできた、柄(え)の長いスプーンのような物でかき混ぜた。
「ありがとう、リンラ。じゃあ食うか」
おれたちは二人で食事を始めた。初めて食べる陸稲の米の味は、思ったよりもずっと美味しかった。
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