妖魔の美少女とスローライフ!

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スローライフ 第十五話 おれは英雄にはなれない!

公開日時: 2021年8月31日(火) 20:18
更新日時: 2021年12月27日(月) 21:35
文字数:2,192

 獲物を探すためにおれは、森の中のいつもより深い場所まで入っていった。ありがたいことに、今回はリンラも一緒に来てくれた。

「たぶん、今回の獲物はまだ生きていて、おれがトドメを刺さないといけない、と思う」

「そっか。まあこれも経験だよ。アタシも狩りはしたことないけどね。ウサギや鹿を捌(さば)くのはやってるから。アイルーンも、そろそろ血に慣れたほうがいいよね」

 おれはうなずいた。ここは美しくて優しい世界ではあるが、コンビニに行けば肉が調理済みパッケージで売っている、なんて世界ではないのだ。

 リンラに言われて、おれもようやく覚悟を決めることができた。


 村の職人にもらった黒曜石のナイフを握りしめている。トドメを刺すならためらいなくきちんとやらないと、かえって獲物は苦しむだろう。

 ここに来るまでに、リンラからやり方をしっかり教わってきた。

 おれは緊張をほぐすために、軽くゆっくりと息を吐き出した。

 本当は魚釣(つ)りくらいで済ませてほしかった。

 今はリンラに釣りを教わっているが、まだそれほど上手くは釣れない。

「大丈夫、そのうちちゃんと釣れるようになるよ。アイルーン、やり始めたばかりにしては上手くやってるから」

 リンラはそう言ってはげましてくれた。

「ありがとう、おれがここでやっていけているのはリンラのおかげだよ」

「そんなことない。アイルーンが前向きで、この村を、ううん、この世界全体を愛してるからだよ」

 おれがこの世界を愛している?

 そうなんだろうか。考えたことはなかった。

「ここに来られて良かったと思っているよ。心からね」

 それを聞いてリンラもにっこりしてくれた。


 どんどん森の奥に入っていく。熊(くま)はいないらしいが、たまに狼(おおかみ)は現れると聞いた。狼が出たら、急いで木に登るのだ。火があれば追い払えるのだが、それよりも木に登るか、地下の住まいに隠れたほうがいい。

「狼が出たら、リンラが先に木に登れよ」

「なんで? 二手に別れて、別々に登ったほうがいいじゃない」

「でもリンラがもしも──」


「何言ってるの、アイルーン。アタシが登ってるあいだ、何も狼を待ちかまえていなくていいでしょ? 二手に別れたほうが狼だってねらいを一つにできないし、アタシが木に登ってるあいだに、アイルーンが襲われるなんて嫌だからね」

「うーん、そう言われればそうなんだけどさ」

 リンラの言っていることは筋が通っている。それでもリンラを一人にして逃げるのは嫌だった。

「絶対、そうするの! いい? 囮(おとり)になってアタシを助けようなんて考えなくていいからね。二人で逃げのびるんだよ、絶対にね」

「そうだな、リンラの言うとおりだ。おれが囮になっても、そんなにはもたない。それよりも二人で別々に登ったほうがいい。リンラはおれより木に登るのが速いし」

「分かってくれたんだね! よかった」

 リンラはまたにっこりした。きれいな澄んだ緑の目が、じっとおれを見つめている。


 森の木々の葉のあいだから、太陽の光がもれている。リンラの銀色の髪にきらりと光る。

 おれはそんなリンラの姿を見てドキドキした。

 もし仮に、仮にだ。

 突然恐ろしい狼の群れか巨体熊が村を襲(おそ)ってきて、誰も彼もが殺されてしまったら。

 リンラも。

 そう、リンラもだ。

 もし、そんなことになったら。

 おれは考えただけで涙が出てきた。

 もしもそうなったら、おれはどうなるんだろう。













 おれは熊を追うだろうか。復讐のために。怒りと絶望に身も心も焼き尽くして。

 おれは自分自身のすさまじい妄想に、ふるえが来た。

 首を激しく横に振って、くだらない想像を振り払う。

「どうしたの、アイルーン? 様子が変だよ?」


「いやあの、狼の群れに出くわしたら怖いだろうなって……。ふ、二人とも無事に村へ帰らないとな!」

「大丈夫だよ、狼はそんなに怖くないよ。今まで狼で死んだ人はいないの。熊で死んだ人もいないの」

「い、いないのか?!」

「うん、いないよ」


 おれは心から安心した。思わず地面にへたり込みそうだった。

 そうだった。ここはおれが求めて来た世界だ。優しくて美しい世界だ。リンラや村の人たちが熊や狼に襲われて死ぬなんて、そんなことになるわけがない!

 そうだ。おれには復讐に狂う英雄なんて似合わない。そんな根性もない。

 根性。そうだ、復讐が悪いことかどうかは別にして、強大な敵を相手に復讐をあきらめないのは、少なくとも並の精神じゃないのだ。良い悪いは別にしても。


 無理無理、無理無理。絶対に無理。

 おれには無理だ。

 リンラも他の村人もみんな殺されてしまったら、おれは、どうなるんだろう。悲しくて正気を失うかも知れない。おれには復讐なんてできないし、そんな根性もない。

「アイルーン、本当にどうしちゃったの? 変だよ?」

「ああ、向こうの世界にいた時に、聞いた作り話を思い出したんだ。怖い話だった。まったく癒(い)やされなかった」

「そんな怖い話、なんのためにするの?」

「なんのためだろうな? きっと刺激が欲しい人がたくさんいたんだ」

「ふーん」

 リンラは可愛らしく小首をかしげた。

「なんで刺激が欲しいのかな」


 おれはどう答えたらいいか、迷った。少し考えてから、

「退屈だから、かな」

と、言ってみた。

「退屈かあ。アタシにはよく分からないな。毎日やることたくさんあるし」

「分かるよ。リンラ、ここは平和だけど退屈ではない」

 そんな話をしながら歩いていった。おれは獲物が近いのを感じていた。

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