「いやあ、いい気持ちだね! でもアタシはそんなに長くつかっていられないみたい。なんだか足が熱くなりすぎてきたよ」
「大丈夫か、リンラ」
まさか足湯で湯あたりはないだろう。でもそういえば、潮風と海水は妖魔の体には良くないんだったな。
あれ? この温泉大丈夫なのか?
あれ? でもリンラも塩分は取らないとダメみたいだし。
あれ? どうなっているんだ?
「塩、たぶん温めると大丈夫みたい。それでも人よりは少なめでないと、ちょっと具合が悪くなる」
人間にとっても、塩は取りすぎれば害になるけど。その量が少ないのか。
あと、温めたらいいのか?
冷たい食べ物に塩を振った物だとダメなのか?
いやいや、まさかリンラの体で実験なんてできないぞ!
「でもかなり回復した! 足がほかほかして、元気が出てきたよ」
「そ、そうか。それならよかったよ。リンラに具合が悪くなられると、おれも困るからな」
「そうだね。これから交渉だし、アタシたちの村まで背負って行ってもらうの、悪いもんね」
「あ、いや、それは別にいいんだけど……」
リンラを心配しているんだぞ。伝わらないなあ。
「アイルーンはもっと休んでいていいよ」
「おれもあと少ししたら出るよ。交渉が気になるもんな」
そうやってリフレッシュしたおれたちは、となり村に戻った。
じゃがいも交渉をした相手のエミットさんを探して、見つけたのはじゃがいも畑だ。
「エミットさん、お話があります」
リンラが声をかけた。
「何だね?」
エミットさんは温厚な微笑をおれたちに向けた。
「この近くに温かい湯が湧いてくる場所あります。そこをこの村とアタシたちの村で、いっしょに使いませんか?」
「え? 何だって? そんなものが」
「はい、よかったら今すぐアタシたちと来てください。案内しますよ」
エミットさんは少し考え込んでいた。
「実はね、山奥の集落には、そんな自然の恵みがあると聞いたよ。まさかこんなところにも、それが湧くなんてね。いやあ、実に素晴らしいじゃないか」
「見つけたのはアイルーンです。アイルーンに言ってくださいね。それから、アイルーンがほしいと言うもの、できるだけください。それが、条件です」
リンラは足湯をして確かめた効き目と、どんなに豊かな湯が湧いているかを説明した。
「どうですか? すごいでしょう? だから、アイルーンにたくさんほうびをください。この村のためにもなるんですから」
エミットさんはじゃがいも畑を離れた。戻って来たときには、大きな手に一つかみほどのヒスイのまが玉を持って来てくれた。
「これを君に。この村からのお礼だよ」
エミットさんはおれにそのまが玉を差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
恐る恐る両手で受け取る。おれの手はふるえた。
あああ、ヒスイだヒスイだヒスイだあ!
「リンラ、これこれこれ、こんなにたくさん……!」
「大丈夫、それだけの値打ちはあるの! それに」
と、おれに軽くひじ鉄して、今度はエミットさんに向かって、
「アイルーンはこれからもとても良い物を作るし、見つけてくれます。だから、先に取り引きしておいても損はありませんよ」
リンラはきっぱりと確信ありげに宣言した。
待てよリンラ、まさかまだ何かエミットさんに出してもらうつもりなのか?
「先にその温かい泉を見せてもらえるかね?」
「分かりました。では着いてきてください」
おれたちはエミットさんを温泉まで案内した。エミットさんは、それを初めて見たとき、感嘆の声を上げた。
「うわあ、すごいじゃないか。こんな広々と豊かに湯が湧くのを見たのは初めてだよ。山奥の集落にも、こんな大きなものはないよ」
「そ、そうですか」
山奥の集落の温泉は、どんな温泉なんだろう? 山奥は海からは離れているし、その高さまで海の塩分が届くとも思えない。
いつか山奥の集落の温泉にも入りたいな。おれがそんなことを考えていると、
「よし分かったよ。確かにこれはすごい値打ち物だ。では、アイルーンくんには、これも差し上げよう」
エミットさんは、サンゴの首飾りを取り出しておれに渡してきた。
サンゴが大きめのビーズみたいになっていて、それがつながっている首飾り。
「リンラ、これ!」
おれは思わずリンラの顔を見て叫んだ。
やった、やったぞ。リンラにサンゴをプレゼントできるんだ!
「あ、エミットさん、ありがとうございます。これ、欲しかったんです」
おれの声は上ずっている。こんな風に、サンゴが手に入るとは思っても見なかったからだ。
「はは、そうだろうね。この首飾りは、私の母の形見の一つさ。リンラちゃんが大事に持っていてくれたら、空の上で見ている母も喜ぶよ」
「はい、ありがとうございます。大事にします」
リンラはきっぱりと約束した。この時には、交渉を有利にしようという態度ではなくなっていた。ただ、リンラらしい、心からの誠意が見えたのだった。
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