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スローライフ 第十三話 リンラと石けん作り

公開日時: 2021年8月10日(火) 19:19
更新日時: 2021年12月27日(月) 21:26
文字数:2,221

「石けんを使うと、手を荒らさずにきれいにできるんだよ。元いた世界には、石けんがたくさんあったんだ」

「そうなの?」

「うん。ここでそれを作ろうと思うんだ。鹿とか猪(いのしし)とかの脂(あぶら)と、灰汁(あく)を混ぜて、空気にさらしておけばできるはずなんだよ」

「脂と灰汁を混ぜるの?」

「そう」

「別に、別々でもいいじゃない。灰汁使った後に、脂を手に擦(す)り込めばいいんだよ」


 リンラ、よく脂ぬるの忘れてるだろ?

 灰汁はアルカリ性だから、お酢で中和してもいいんだけどな。

 この世界にも、天然の果物やはちみつを発酵させたお酢はあるが、貴重品だ。手荒れを防ぐのにだけ使うわけにはいかない。

 ちなみに酒もある。アルコール発酵させたのがあるのだ。やはり貴重品だ。あまりたくさん飲める物ではない。

 動物の脂は、灰汁や水を使って失われた、手肌の脂を補ってくれる。氷室から持ってきてぬるのは手間だし、あまり常温のままにしておくと酸化して良くない脂になってしまう。石けんにしてしまえば、もうそんな心配はないのだ。


「なるほど、面白そうだね」

 リンラの目が輝き出した。やった。かなり強い関心を持ってくれたらしいぞ。

「アイルーン、今はまだ寒くならないから、脂も割と余ってるよ。冬には冬の狩りをするし、アタシが話して脂を氷室からもらおうか」

「ありがとう、リンラ」

 ここの世界では、物はぜいたくを言わなければ充分にある。飢えや凍えとは無縁だ。それでも、元いた世界ほど物資があふれているわけではないから、できるだけ失敗しないように少しずつ脂と灰を使わないといけないな。

 リンラが一つかみ分の脂を持ってきてくれた。例の鹿のやつだ。

 灰汁はもっと簡単に用意できる。昨日の煮炊きの後の灰を、澄んだ川の水に混ぜるだけだ。川の水は常に澄んでいて清潔なのだ。ありがたいことに。


 おれは慎重に脂を少しだけ手に取り、手のひらで温めてやわらかくする。ねん土よりもやわらかくなったら、土器に入っている灰汁を片手ですくって、脂と混ぜ始めた。

「これで石けんできるの?」

「これだけじゃ無理だよ。火で温めないとな。とりあえず、これだけの量で試してみるよ」

「じゃあ、火ももらってくるよ」







 そろそろ他のみんなも起き出して、煮炊きを始めたので、おれたちはそこから勝手に火をもらった。草を束(たば)ねて、火をつけてもらったのだ。小さめの土器も借りてきて、中に手で混ぜた脂と灰汁を入れる。

 本当に少しだけだ。正確な作り方を覚えていないので、試し試しやっていくしかない。

 熱を加えるとあっという間に灰汁が沸騰(ふっとう)し、水分が減っていった。

 脂は溶(と)けているが、このままでは焦(こ)げてしまうかなとも思った。おれは手ですくった灰汁を加える。料理に使う木で出来た柄(え)の長いスプーンでゆっくりとかき混ぜる。

 何しろ正確な分量を覚えていないのだ。秤(はかり)もない。目分量で、適当に混ぜながらやっていくしかなかった。


 溶けた脂が焦げたり、灰汁が完全に蒸発してしまわないように気を付ける。

 火は大きくはないので、ちょうど火力弱くらいで温めている感じだ。そのままかき混ぜ続ける。脂と灰汁が混ざってきた。とろみのある状態で固まりはしない。

「冷やしたら固まるんだったかな? いや、固まらないで液体のままの石けんもあるって聞いたな。これはどっちだ?」

「よく分からないけど、なんだか良さそうだね」

 リンラも、灰汁で洗った木の枝の先で、無事に石けんになるかも知れない土器の中身をつついている。

 先端に付いた石けんの素(もと)を、息を吹きかけて冷ましてから指につけた。

「確かに肌に優しい感じがする。汚れは落ちるかな?」


 ここは川のすぐ側だ。万が一を考えて、火を使う煮炊きは川のすぐ側でやるのだ。料理用の水もすぐに汲(く)んで来られるし、一石二鳥だ。

 リンラは、自分の服のすそにワザと土汚れをつけた。そこに木の枝の先端に付けたのをぬり、布同士をこすり始める。

「水も足したほうがいいぞ。少しだけな」

「分かった」

 リンラは川の水に服のすそをサッと浸(ひた)し、またこすり始める。

「汚れ落ちは、灰汁とそんなに変わらないかな? 脂と混ぜたら、汚れ落ちにくくなると思ってた」

「えーと、灰汁(あく)はやや強めのアルカリ性で汚れ落としするから、アルカリ性洗剤と同じ働きで、汚れ落としの効果は強いけど手荒れもし易い」


 おれは、うろ覚えで大したことのない化学知識を、記憶から引っ張り出して口に出してみる。

「脂(あぶら)は弱い酸性だから、灰汁と混ざっても完全には中和されずアルカリ性のまま。だから、昔ながらの作り方の石けんは弱アルカリ性。人間の身体は弱酸性。ほっとくと、自然に出てくる体の油脂で、石けんの弱アルカリ性は中和される。特に肌が弱い人や、髪をきれいに保ちたい時には、弱酸性の物で先に中和してもよい。一般に、クエン酸や食酢を水で薄めた物が使われる」

 リンラは、おれの言葉を聞いてぼう然としていた。







「アルカリ? サン? チュウワって何?」

「石けんにするとアルカリ性が弱まるけど、手が荒れないだけでなく、布などを痛めにくくもなる。普通の汚れなら石けんで充分に落ちる。ひどい汚れだけ、灰汁につけ置きしておけばいい」

 そんなことを言いながらおれは、近くにスーパーかドラッグストアがあって、石けんやお酢やクエン酸が買えたらな、などと思っていた。

 ああ。元の世界には戻りたくはないと、あれだけ言い切っていたのにな。

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