「ありがとうございます! こんなにたくさん」
リンラは飛び上がって喜んでいる。ちょっと大げさなんじゃないのか、とも思うが、確かにいつもより量が多い。やっぱりリンラが可愛いからかな。妖魔の娘は海の近くでは珍しいのもあるだろう。山を越えて来たのを、よく来てくれたと感心しているようだ。
おばさんは言った。
「いいのよ。リンラちゃんと言ったわね。お塩と魚醤(ぎょしょう)は、少しおまけしておいたから、また今後もよろしくお願いするわね」
「はい! もちろんですよ。アタシたちにとって塩は絶対に必要なんですから」
取り引きが無事に終わって、おれはホッとした。これでこの集落での役目は終わった。後は持って帰るだけだ。
しかし、これだけで帰るのも惜しい気がする。もっと他にないだろうか。せっかく海の近くまで来たんだ。リンラにも何か贈り物ができたらいいのに。
「あの、珊瑚ってありますか」
おれは気になってたずねた。
「ここにはないわ。巫女さんのところに行ってね」
「分かりました」
おれは答える。
「巫女さんって?」
リンラが不思議そうに聞く。
「海の神にお仕えしている女の人だよ。巫女さんはこの集落では偉い人だから、たぶん貴重な品を管理する役目もあるんだろう」
と、おれが言うと、
「ああ、その通りだよ」
おじさんもそう言ってくれた。
「珊瑚は貴重だから、一人一人では持たない。集落全体のための物にしているんだよ。女たちが身を飾る時には、巫女さんから借りるんだ」
借りるのか。交換してはもらえないのかな? おれは残念だと思った。
「そうですか。かなり良い物とでないと、交換してもらえそうにないですよね?」
リンラにサンゴをあげられたらなあ。そう望んでいた。
「今、何を持っているんだい?」
おじさんは、がっかりしたおれの顔を見て、何か助けてやれるかと思ったのだろう。おれにそう聞いてきた。
「あー、そうですね」
何があるだろう。普段から身に着けている物しかない。リンラが翡翠について言ったように、値打ちのある物を身に着けておくのはこの世界での風習だ。自然災害のいざという時に、その値打ち物を持って逃げたり、急な取り引きに使ったりもする。泥棒はめったにはいないが、一応の用心のためでもある。
おれは、村の職人バーリーが作ってくれた物を持っている。黒曜石のナイフ以外にもいろいろと。シカの骨をけずってできたお守りが一つ。木をけずって作ったこん棒が二本。それはただのこん棒ではなく、持ち手の部分にきれいな浮き彫(ぼ)りが彫(ほ)られているのだ。
お守りは藁(わら)を編んだヒモで首から下げ、こん棒は腰にぶら下げている。
「アイルーン、いいよ、無理して珊瑚と交換しなくても。その三つは、せっかくバーリーにもらった物じゃない」
そうだ、もらったのだ。他の何かと交換したのではなく。
「やっぱり勝手に交換したらダメかな」
「いざという時ならいいけど。今はその時じゃないと思う」
リンラの言葉に、おれはうなずくしかない。
「分かった。また今度な。今度はリンラのために珊瑚を手に入れてやる」
リンラは少し頬(ほほ)を染めた。
「ありがとう、アイルーン。その気持ちだけでも嬉しい」
おれたちは、しばらくそこの集落で休憩(きゅ
うけい)しようと決めた。おじさんの小屋の横に、セイナさんにもらったゴザを敷いて二人で座った。おばさんは、新鮮な水を、竹筒(たけづつ)の水入れに入れてくれた。水は、海からもっと離れた場所に、湧き水の湧く場所があるらしい。洗濯や水浴びは河口辺りの川でやるとも聞いた。
おれたちは、村から持ってきた木の実を炒(い)った物をかじる。そのうち、疲れが消えていく。
離れたところからキレイな澄んだ音が聞こえてきた。土器製の鈴がいくつも鳴る音が。おれが元の世界で聞いていた、金属製の鈴よりも温かみのある音。
「巫女さんが、おいでになるよ」
おじさんとおばさんは、音のなる方に頭を軽く下げた。向こうから、赤い衣装を身に着けた若くて美しい女の人が、六人の男女を従えてこちらにやって来た。
赤い花の汁で染めた衣装。あれくらいあざやかな赤なら、きっとたくさんの花を使って手間ひまかけて染めたんだろう。
巫女さんは、おれやおばさんと同じく黒髪で、腰あたりまでも長く伸ばしていた。
「こんにちは。お前の名はアイルーンというのでしょう。山の向こうから来てくれると聞いています」
巫女さんは、土鈴(どれい)の鳴る音と同じくらいに綺麗な澄んだ声で言った。
「はい、山向こうの村にいます」
「あなたは、こことは違う世界から来たとも聞きました」
「はい、そうです」
おれはちょっとドキドキした。巫女さんはとても美人で、まだ少女の姿をしているリンラとは違う、清楚な色気があった。
「隠し世(かくしよ)と私たちは呼んでいます。時々、こちらから向こうへ行ってしまうこともあります」
「行った人は、戻ってこないのですか?」
「戻って来た者もいますよ」
巫女さんは謎めいた笑みを見せてきた。
「そうなのですか? ここにもいるんですか」
「いますよ。私がそうなのです」
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