まだまだ秋の盛りで冬は遠い、と思って油断していると「雨の日は肌寒いな」と思う日がやって来る。
元いた世界でもそうだった。今考えなくてはならないのは、冬の備えと風呂の話だ。
リンラは言った。
「三日に一度だけ、ひときわ大きな土器が村の各所に用意されてね、そこに小さな土器で沸かした湯が入れられて、一人ずつ順番に入るんだよ」
風呂になる大きな土器の大きさはドラム缶くらいだ。
「今までは、仕事した後の水浴びが気持ちよかったけどさ、おれは毎日風呂入りたいな」
「それはちょっと寒い日でも無理なんだよ。アイルーンの元いた世界では、ずいぶんぜいたくしてきたんだね」
「そうだな、ぜいたく、だったんだろう」
今にして思えばぜいたくだ。でもそのぜいたくを心から感謝して味わえたことはあっだろうか。いや、なかった。四六時中、ひっきりなしに欲望をかき立てる者たくさんの宣伝、広告、情報。おれは元の世界でそんなモノに囲まれて生きていた。
温かい風呂やシャワーなんか当たり前。そんな当たり前の物なんかより、もっともっといい物があるよ! と叫んでいるたくさんの声。
一方でインターネットの世界では、何とかしてあらゆるサービスや娯楽を、無料でむしり取ろうとする人たちであふれていた。不景気な日本、先行きの明るくない国。ただで済むものにカネなんか払わない。そんな余裕は誰にもない! と。
どちらにしてもおれたちは、カネに目がくらんで大事なことを見落としていた。
「リンラは時々、川で水浴びしないで、湯を沸かして体を布でふいていただろう?」
「うん。別に水でふいたっていいんだけど。地下の部屋にいたら冬でも温かいから苦にならないよ」
「うーん、ふくだけじゃなぁ」
「じゃあ、がんばって川で水浴びするしかないね! 大丈夫だよ、まずは足から練習ね。慣れてきたら何でもなくなる。冷たいのは最初だけで、すぐに体が温まってくるよ」
冷えた体を温めようとして、血行が促進されるから体がポカポカしてくるんだよな。聞いたことはある。実体験は、ない。
しかし、たかが体を清潔にするために、実にハードな話じゃないか。
「なんとかがんばって、腰から下は川で洗うよ。後は頭も。他は水にぬらした布でふく」
「うん、がんばろう! アタシも冬が来るたびにがんばってるからね」
リンラも、なのか?
それならおれが弱音を吐くわけにはいかない。とはいえ、風呂に関してだけはハードだな。これまでは水浴びで十分だと思ったし、むしろ新鮮な気分で澄んだ川の水を喜んでいた。しかし、これからは季節が変わる。
おれはちょっと不安になった。
それに冬の蓄えの獲物。何とかしてまた見つけないとな。
しかしリンラとその話をした明くる日に、石けんを物々交換するためにとなり村へ行くことになり。
おれはそこで期待以上の獲物を見つけたのである。
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