温泉に入るのは夕方からにする。そんな取り決めとなった。それぞれの村から通って、湯につかる。
帰り道を湯冷めしないように、毛皮か、藁(わら)をたっぷり編み込んだ少し重い上着を着ていくことになる。あれだ。昔の時代劇に出てきたような雨具みたいな。蓑(みの)ってやつ。あんな感じのを防寒のためにも着るわけだ。
ここで刈り取った草も使えので、秋晴れの太陽に草を干して、新たに編んでくれた人がいた。セイナさんだ。おれがここに来てから、何枚もゴザを編んでくれた人。蓑も新たに編んでもらい、おれはそれを着て温泉と村を往復した。
「こんばんは!」
温泉に着いてから、先に来ていたとなり村の人たちにもあいさつをする。となり村の人たちも、あいさつを返してくれた。
「あんたがこれを見つけてくれたお人かい? いやあありがたいね。歳を取ると、冬の寒さは堪(こた)えるんだよ」
「いやあ、そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……正直大したことをしたつもりは無くてですね」
「いやいや、大したことじゃよ」
その老人はニカリと笑い、温泉から上がって足だけを湯に漬(つ)けた。
「本当にありがたいと思っとるよ」
「そうですか、それならよかったです!」
あんまり遠慮しすぎてもかえって失礼になるだろう。
「リンラちゃんと言ったね。あの妖魔の娘(こ)はどうしたんだい? 向こうで待ってるのかい」
女が入る順番はおれたちが終わってからだ。
「いえ、今日はリンラは来ないんです」
「そうかい。まだ暖かいうちは川でも大丈夫だろうからね」
「ええ、そうみたいです」
温泉の濃度は濃く、そう長く浸(つ)かっていられない。だいたい二十分ほどで交代になるのだ。湯端(ゆばた)で体を洗ったり、くつろぐ時間が加わって全部で三十分から四十分ほど。それで交代だ。
交代の合図には、うちの村が以前に海辺の集落から交換してもらった土鈴(どれい)がある。カランカランと澄んだ音が鳴る。おれたちは服を身に着けてその場を離れ、それぞれの村に帰ってゆく。草むらの向こうで待っていた女たちが──その中にリンラの姿はなかった──おれたちにあいさつをしながら温泉に向かう。
の、のぞいたりしない! たとえリンラが入っていても決して、のぞいたりしない!
おれは自分の思い付きに自分で気まずくなり、慌(あわ)てて草むらの中の道を走って行った。
草むらの草はサワサワと風に揺(ゆ)れ、実に平和でのどかな風景だった。そろそろ暗くなる。一番星が輝き、細い月が姿を見せる。おれはこの世界に来てから夜目が利(き)くようになった。ネコのようにとはいかないが、この程度の月明かり、星明かりでも充分に見える。
おれは他の村の男たちと一緒に、帰り道をゆっくり歩いていった。
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