それから季節が三度(みたび)めぐってくるだけの時間が流れた。
「アイルーン、山奥の集落に持っていくだけの石けんできた?」
「あと少しで頼まれた分は全部できるよ、リンラ」
おれは妻にそう返事をする。
あれから試行錯誤を重ねて、数多くの石けんを作ってきた。そのうち他の村人も協力してくれるようになった。獲物の脂身を優先的におれたちにくれるようになったのだ。
おれは石けんを使って、クリームや乳液も作った。
石けんには界面活性剤といって、本来は混ざらない水と油脂を、混ぜられるようにする働きがある。
石けんは、その働きを普通は汚れ落としに使う。それ以外にも、脂身を溶かした物と水を混ぜてクリーム状にしたり、乳液みたいにしたりした。
クリームや乳液もまた、良い取引の品になってくれた!
初めから交換のために作ったのではない。最初はリンラのためだった。石けんも、そうだったな。
「おお、よくできたね! とてもきれいだよ、石けん」
リンラがほめてくれた。あれから石けんには、花や草の汁で色を着けるようにした。ごく淡い色しか着けられないが、それもまた味わいだ。
《匂い消し草》以外にも、山奥の集落から良い香りの草花を得て、それを石けんに加工し、再度交換してもらっていた。
乳液やクリームにも、そうして色や香りを着けた物がある。
「それじゃこれを渡して、交換してきてもらおう」
おれたちはこれから狩りに出る。交換に行くのは別の村人だ。
今では女神の力に頼らずとも獲物を見つけられる。今回は南の森の中で、大きな雄の鹿(しか)を見つけた。
おれは木陰に身を隠しながら、遠くから弓矢を射る。三本目で鹿は倒れた。まだ激しく暴れている。
近寄っていって、手にした槍で横腹を刺し貫いた。赤い血があふれてくる。
頸動脈のあたりを黒曜石ナイフでかき切る。今ではすっかり慣れた手つきだ、と我ながら思う。
今でも敬虔(けいけん)とも言える感謝の念は持っている。それは失わないし、また失ってはならないものだ。
「よくやったね、アイルーン!」
「ああ、これもリンラのおかげだよ」
「アイルーンが頑張ったからだよ。それに元から筋(すじ)が良いんだよ」
そうだろうか。
元からの筋は、前にいた世界では発揮できなかっただろう。ここに来たから開花したのだ。
そうだ、おれはこの世界に来られてよかった。
ありがとう、おれを転生させてくれた女神。
そしてありがとう、リンラ。
本当はリンラこそが、おれの本当の女神だったんだよ。
終わり
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