その日の晩は、おれが取ってきた黄色いきのこを、リンラが川で釣(つ)った魚と一緒に焼いて食った。味付けは塩だけだ。素朴で温かい、神聖な炎の味がした。
夜の闇の中に、暖かく炎が燃え上がる。秋の夜長、まだ寒くはない。
川辺の、火を燃やすための石組みが設置されている場所で、他の村人たちも火を起こして料理をしていた。
流れゆく川の水面に、炎の影が揺らめく。暖かく、和やかな明かり。辺りは火の光に照らされていた。
人々の控えめな話し声がする。穏やかな声と薪(たきぎ)がぱちぱちと燃える音が、よりいっそう夜の静けさを引き立てる。
この火は、以前近くで自然発火による山火事があった時に、危険を冒して、おれが燃えている小枝を土器の中に集めたのが、今でも燃え続けているのだ。
大きめの土器に、草や枝を入れて火を絶やさないようにしている。乾燥した木と木をこすり合わせて、発火させる方法もある。しかし、こちらはなかなか大変なので、みんなやりたがらない。
山火事はある意味で自然の恵みとも言えた。火事は森の外側までは広がらず、森の近くにいた人も、地下の住居の中に逃げ込んで助かったのだから。
食事が終わると、リンラとおれは焚(た)き火のそばに座って夜空を見ていた。
「今晩は月が見えないから、その代わり星がよく見えるね」
リンラが言った。こうして星空を見上げる夜のひとときは、なにものにも変えられない。
空は高く澄んでいて、星々の光はいくつもいくつも、たくさん見えた。数え切れないほどの星が天にいっぱい広がっていた。
銀色の星に赤い星、青い星、はっきりと色が見える。
おれが元いた世界の夜空よりもずっと綺麗だった。
「そ、そうだな、星がきれいだよね!」
おれの声はなぜか上ずっている。
「取ってきてくれたきのこ、美味しかったよ」
「そ、そうか。それならよかった。また取ってくるよ」
リンラは、おれの方を見てにっこりとした。
「無理しないでいいよ。それより、ね」
「う、うん?」
「となりの集落から、蜜蜂の巣を分けてもらえたらしいよ。こっちの川魚と交換したって」
「海の方じゃなく、山奥の集落だよな?」
蜜蜂の巣には、蜂蜜と、蜂の子と呼ばれる蜂の幼虫がたっぷりだ。蜂の子は生で食べられる。
転生前に元いた日本で、そうした風習のある地方に旅行した記憶がある。おれとしては、赤い血の流れる獣(けもの)を狩るより、食べられる虫を捕まえる方が抵抗が少なかった。
それに、おれは虫はあまり怖くはない。シカやイノシシなどの獣のほうが怖い。草食動物でも、人間一人よりはずっと強くて素早いのだから。
「そうそう。山奥の集落だよ。アイルーンが海の近くの集落から塩をもらったら、今度は山奥の人たちに、また別な物に交換してもらえるね」
「何に交換できる?」
「この季節なら木の実を籠(かご)にいっぱいだね。山奥にしかない木の実があるから」
「そうなのか」
「山奥の方が、たくさんの美味しい木の実が取れるんだよ」
「へえ」
「あとはね、飾りに使う鳥の羽根」
「綺麗なやつかな?」
「うん。白いのや青いのがある。あたしが欲しいんだけど」
鳥の肉を食べ、骨を加工品に使った後は、羽根を装飾に使う。村近くの森でも色鮮やかな羽根は見つかるが、真っ白や青色の羽根は、山奥でしか採取出来ないらしかった。
羽根は鳥を捕まえずに、落ちているのを拾うだけの時もある。おれも何枚か拾ったことがあった。そんな場合にも、女神から与えられた能力が働くようになってきていた。
「そうか。がんばって塩と交換出来る物をまた取ってこなくちゃな」
山奥の集落と、森の近くのこちらの村では、手に入る物は似ている。
海の近くの集落で、塩や干し魚などそこでしか手に入らない物と交換してから、それを山奥の集落に持っていくと、有利な取引ができる。
山奥の集落でも、その方が喜ばれる。両方の利益になる。そのあたりを、今では飲み込めていた。
「アイルーン、そんなに無理しなくていいからね。塩さえ絶やさないようにしていれば、ここで手に入る物でも生きてはいけるんだから」
「そりゃそうだけどさ。そういえば山奥の集落では、翡翠(ひすい)っていう薄い緑色のきれいな石が取れるんだろ? リンラは、興味ないか?」
「うーん、あれはかなりの貴重品だから、そちらもそれなりの物を差し出さないと交換してもらえないからね」
「おれが何とかするよ」
「そうだね。それは普段は飾りとして身に着けておいて、いざという時には、必要な物と交換できるようにする。そんな使い方もできるね」
さすがリンラだ。実にしっかりしている。
実のところ、翡翠はあまりにも貴重なので、ほとんど万能の交換品となっている。こちらが欲ばらなければ、あるいは少しの損を覚悟なら、まず交換できない物はない。
それに塩だ。塩は海の近くを離れれば、ある意味で翡翠以上の万能交換品となる。
そのように、交換品の中でも、特に取引に便利な、いつでも交換に応じてもらえる品があった。
金銭はない。この世界にはない。
それでも、金銭に近い使われ方をする物はすでにあった。
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