きのこはおれたち二人が考えていたよりもずっとたくさんの塩や海草と交換してもらえた。
「リンラ、大丈夫か? 持てるか?」
「休みながら歩けばいけるよ。帰りは山登りしないからね。心配しないで」
おれはリンラを気遣って、多めの塩を自分の方の籠(かご)に入れてもらった。
塩は半透明の結晶になっている。ややいびつな四角形で、親指の先ほどの大きさだ。サラサラした粉末ではない。だから、草の繊維をざっくりと編んだ粗布の袋に入れて持ち運びできるのだ。
料理の際には、あらかじめ砕いてから入れる。
「海草ももらえた。よかったね、アイルーン。石けん固まるといいね!」
リンラの言葉をおじさんが耳に入れて聞いてきた。
「セッケンとは何だね?」
「おれが向こう側の世界にいた時に、使っていた物です。体や物を洗うのに便利なんですよ。灰汁(あく)よりも手に優しくて荒れないんです」
「なるほど、そうかい。うちでも試しに使わせてもらおうかね」
おれは内心で「やった!」と叫んだ。
「ありがとうございます! 今は持っていませんが、今度はお見せしますよ」
「楽しみにしているよ。女房に使わせてやれたらと思ってね」
「分かりました。楽しみにしていてください!」
おれは、うれしさで大声を出した。
「交換は済んだけど、これからすぐに帰るの?」
リンラはおれに聞いてきた。
「リンラはどうしたいんだ?」
小山を登るより、ふもとの、道の方が速く来られた。まだ時間はあるのだ。
「思い切って海を見に行きたいなと思うんだけど」
おれはおじさんの顔を見た。妖魔には、海水や潮風が体に悪いのかも知れないんだよなあ。前におじさんに言われたのを思い出す。
「行っておいで。具合が悪くなったらうちで休んでいていいからね」
「ありがとうございます。でもご迷惑ではありませんか?」
リンラは言った。
「いやいや、気にしないでおくれ。女房にも伝えておくからね」
「奥さんはどちらへ?」
おれの問い掛けにおじさんは、
「今日は奉納舞の日なんだよ。海の神様に舞を見てもらう日だ。もう海にいるだろうね」と。
「ああ、ここに来る時に巫女さんと一緒にいた女の人たちですね」
遠目で見たので分からなかったのだ。
「それじゃ、海で舞を見てきますね」
リンラの元気の良い声。このまま元気でいてくれるといいな。おれはそう思った。
交換してもらった塩と海草を入れた籠は、おじさんに預かってもらう。おれたちは、海へと歩き出した。
海は青くて澄み切っていた。浅瀬の底が見える。小さな魚が泳いでいる。紺色や深紫のきれいな岩も見える。海草が岩間をゆれ、小ぶりのカニも見つけられた。
「うわあ、きれい!」
リンラは歓声を上げた。具合が悪くなったようには見えない。
おれは草編み靴を脱いで、海に足を進めた。海水はひんやりと冷たい。心地よい冷たさだ。
「ああ、いい気持ちだ」
でも、リンラは平気かな?
「リンラ、具合悪くならないか?」
「大丈夫だよ!」
リンラは元気なままだ。おれは少し安心した。少なくとも、浜に来てもすぐに倒れたりはしないようだな、と思う。それでも万が一に備えて、リンラを抱えておじさんの家まで運ぶ心の準備はしておいた。
「足、付けてみるよ」
リンラも靴を脱いだ。そっと小さな可愛らしい足を海水に浸(ひた)す。おれはヒヤヒヤしていた。
「大丈夫だよ、アイルーン。そんな顔しないで。駄目ならすぐ上がるから」
リンラはおれが立つ位置まで来てくれた。
「うん、平気だよ。海の水は気持ちがいいね!」
おれは再度ホッとした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!