妖魔の美少女とスローライフ!

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スローライフ第二話 鹿の死を無駄にしないようにするぞ

公開日時: 2021年6月7日(月) 00:20
更新日時: 2021年11月6日(土) 14:00
文字数:2,035

「リンラ、また南の森に行ってくるよ」

 おれは川沿いの煮炊きをする場所に来て、リンラに言った。そうだ、『ある』からだ、そこに目指す収穫物が。


「アイルーン、やる気いっぱいだね」

 リンラの澄んだ声が、そう言って送り出してくれた。おれは、ありがとうと言って、川のほとりを歩き丸太橋を渡る。また食べ物を取りに行くのだ。


 再び、南側の川向こうの森の中を歩く。最近になって、食べ物を探知する能力はますます鋭くなっていた。

 そうだ、今度はきのこや木の実ではない。もっと大きな収穫があるに違いない。そう期待して、ワクワクしながら、明るい木漏れ日の降り注ぐ南の森を進んでいった。


 南の森は、北側の森よりも木々がまばらだ。空からの陽光が地面まで注ぐ。そのために地面の草も低木も多く、歩くのに少し苦労する。褐色妖魔の娘リンラは、おれのためにがっしりとした草編みの靴(くつ)を編んでくれていた。

 リンラ特製の草編み靴をはいて進む。草編み靴は、ショートブーツくらいの丈がある。足首やその上あたりをきっちりと覆(おお)い、守ってくれた。履き心地はとても良く、足が一足ごとに癒やされる心地さえした。


 森の中にも花がたくさん咲いている。野菊のような花、色とりどりで、虹の七色がそのまま花びらになったようだ。赤、橙(だいだい)色、黄、緑、青、藍色、紫。どれも綺麗だった。緑の花びらは、茎や葉よりも濃く深い緑だ。この花は湯を注げば薬草茶にもなる。疲れを癒やし、気持ちを安らかにするのだ。


 拾った長い木の枝で周囲を探りながら、草むらをゆっくりと歩く。いきなり草木の間から、ヘビが飛び出して来ないとも限らない。毒ヘビでなければ捕まえて焼き魚ならぬ焼きヘビにするのも良い。この世界にも毒ヘビはいるが、噛(か)まれたところで大したことにはならない。せいぜい、しびれて動きが鈍くなるだけである。


 これでもおれは、村の食料採集でかなり期待されている方なのだ。毒ヘビにやられたら、それなりには騒ぎになる。リンラは、きっと心配して悲しむだろう。リンラを心配させたくはなかった。

 だから毒ヘビは避けるのだが、実のところ上手く捕まえて毒抜きをやれば食えないこともないらしい。

 とは言え、今のおれにはまだ毒ヘビは手に負(お)えない。それはもう少し、食べ物探しに習熟してからにしよう。そう決めていた。






 森の中で迷わないように気をつけながら進んでいった。黒曜石という硬い石を磨(みが)いてできたナイフで、木に目印をつけながら進む。これで戻る時にも安心だ。

 黒曜石は漆黒のガラス質の石だ。それをナイフの形になるように砕いて形を整え、さらに磨(みが)いて研(と)いで出来上がりだ。削った木の枝に、草の繊維で出来た縄で固く縛り付ける。それらをバーリーが全部やってくれた。このナイフは、村の職人バーリーからもらったのだ。バーリーについては、後ほどもっとくわしく語ることにする。


 北側の森なら地面の草木がほとんどなく、土がむき出しだ。色をつけた小石やどんぐりなどを地面にまきながら進むと、帰り道はそれを見つけながら歩けば迷わない。


 今は南の森の奥に進みながら、おれの感覚は『獲物』がそろそろ近いと告げていた。おれはついに見つけた。半分死にかけた雄の鹿を。

  そいつは雄同士の戦いに破れたのか、角は折れ目も傷つき、地面に倒れていた。頭部と首から血が流れている。重傷だ。見守るうちに、その鹿は動かなくなった。

 おれはそれが今回の『獲物』であるとはっきり分かっていた。まだ、狩りを当たり前とするこちらの世界の感覚に慣れないので、鹿の死を冷静には受け止め切れなかった。


 とは言え、ここで、この鹿を放っておいてどうなるのか? 貴重な生命がかえって無駄になるだけではないか?

 ありがたくいただくのだ。肉を食うばかりではなく、毛皮や骨、もちろん折れた角も、大事に使わせてもらう。

 おれは死んだ鹿の前でそっと手を合わせた。このしぐさは、不思議なことに元々いた世界と意味が変わらないのだ。

 鹿の身体(からだ)にさわるとまだ温かい。心臓の鼓動さえ感じ取れそうだったが、すでにそれは消えていた。

 鹿まるまる一頭を一人で運ぶのは大変だ。他の村人を呼ばなければならないなと思った。おれは村人に見せるために、鹿の折れた角だけを拾い上げた。それを持って、来た道のりを戻る。


 丸木橋まで戻ってから、川の水を飲んだ。冷たい水で、体の芯からすがすがしい心地になった。鹿を運んできたら水浴びをしようと思った。今は秋で涼しい時期だが、労働で汗をかいた後に、明るく暖かい昼間のうちに水に入るのがおれは好きだった。その時には水もさほど冷たくは感じられず、程よい清涼さが伝わってきた。これもこの世界の素晴しい不思議である。


 おれは無事に村に戻り、リンラに森で見つけた鹿のことを知らせた。リンラは喜んで、他の村人を呼んできてくれた。一緒に鹿を村まで運ぶのだ。

 またしても、おれの手柄だ。今度は大物だ。今回は、村人たちも狩りに行かなくて済むだろう。

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