村に帰り着くとリンラがまだ起きて待っていてくれていた。
リンラは妖魔だから、夜目は人間より利く。この星明かりの下、おれの姿もはっきりと見えているはずだ。
「アイルーン、おかえり!」
「リンラ、寝なくていいのか?」
「まだ早いよ。それより、アイルーンまだ夕飯食べてないでしょう?」
ここに来てからは一日二食が基本だ。足りなければ昼ごろにおやつのような物を少し食べる。おやつは木の実か、川魚の骨を細かく細かく砕いて、獣の油脂で軽く炒った物だ。どちらも歯応(はごた)えがあり、ほんの少しで食べ応(ごた)えを感じた。
しかし今日は、リンラに教わって上手く川で魚が釣れたから、昼下がりの時に釣った魚を二匹も食ったのだ。川魚の味はやや淡白だが、じっくり噛みしめると旨みが滲(し)み出てくる。一緒に来ていた村のおじさんおばさんたちが使っている火で焼かせてもらった。
「釣りは楽しいな。リンラに教えてもらったら面白いように釣れるようになったよ」
「アイルーンの筋が良いからだよ!」
「おれ、筋がいいのかな?」
「うん、上達するの早いよ。みんな感心してる」
「そうか、よかったよ」
おれは嬉しいよりも安堵する思いが強かった。出来るようになったんだなあ。女神から与えられた力がなくても、魚釣りでみんなの役に立てるんだ。
「魚の骨、捨てないでね」
「うん、持って帰って、土器の中で炒るんだろ」
「そうそう。また作ってあげるからね。アイルーンが食べた魚の分は、アイルーンが骨も食べてね」
「うん」
リンラが作ってくれる川魚の骨炒り、美味しいよなあ。塩か魚醤(ぎょしょう)で軽く味付けされていると、いくらでもポリポリいける気がする。
こんな風に食い物を無駄にせず、しかし貧しくも乏しくもなく。おれは、そうだ、今は楽園にいるんだ。ここはユートピアなんだよ。そうだろう?
「リンラ、おれは幸せだなあ」
「アイルーン、いつもそれ言ってる」
「だって本当なんだよ」
おれはリンラの翠色(みどりいろ)の綺麗な目を見つめる。
「な、何よ?」
「前にいた世界は豊かだった。でも毎日忙しく働いて余裕はなかった。世界は豊かでもその豊かさを手に入れるのは出来なかった。手に入れるには、ものすごく努力しないと駄目だった。おれには出来ない努力が必要だった。誰も助けてはくれないし、日々欲を駆り立てられるけど、決して欲しい物に手は届かないんだ」
おれがそう言うと、リンラは目を見開いた。驚きだけが表れているのではない。
「アイルーン、本当に大変だったんだね」
「そうだな、大変、だったんだろう」
もっと大変な人もいたよ、とは言わずにおいた。同情を買いたかったからじゃない。リンラに嫌な話を聞かせたくないからだ。
「いいんだよ、リンラ。もうそれは終わったことだ」
おれはこっちの世界で幸せなんだよ。リンラとみんなのお陰で。
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