妖魔の美少女とスローライフ!

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スローライフ 第十四話 冬も近づく晩秋の村

公開日時: 2021年8月22日(日) 13:03
更新日時: 2021年12月27日(月) 21:29
文字数:2,563

 いやいや、こんな風に元の世界に未練を感じちゃダメだ。もう戻れないし、戻るつもりもないのだ。リンラに言ったとおり、例え帰れるのだとしても帰らない!

「ごめん、今言ったことは忘れてくれ」

 でも、リンラは食いついてきた。

「アイルーン、なんかすごいこと知ってるんだね」

「別にすごくないさ。ちゃんと覚えていないしさ」


 土器の中の脂(あぶら)と灰汁(あく)はもうすっかり混じり合っていた。おれは木製のスコップで、火に周りの土をかけて消した。元々小さな火しかつけていない。

「ありがとう。石けん、とても素敵だよ」

 リンラはにっこりしてくれた。

「これ使うと手がつっぱらない。これなら肌も荒れないね」

「うん、灰汁(あく)をそのまま使うよりは。でも念のため、一日に一度は脂をぬってくれよ。特にこれからは。冬が近づいてくるからさ」

「うん。分かったよ」


 実のところ、灰汁を使っての洗濯はあまりない。よほど汚れたとき以外は。大抵は川ですすいでから、大きめの石に叩きつける。それも二、三回だけ。すっきりさせるには、それからしぼって晴天に干せば充分だ。

 石けんもそんなには使わないで済むだろう。元いた世界でも、汚れの八割は水で落ちると聞いた。


 おれは、とろりとした石けんが固まるかと期待していたが、数日空気にさらしても固形にならなかった。

 どうやらこいつは液体のままで使うしかないようだな。固形石けんは、どうやれば作れるんだったか? おれは思い出せなかった。

 それに匂い消し草を入れて煮詰めるのも忘れていた。本当は香り付きのを作りたかった。だけど原料には限りがあるし、今ある分を使い切らないで次を作りたくはなかった。


 村の人々は初めて見る石けんを、あまり積極的には使ってくれなかった。まあ、前述したとおり、特にひどい汚れでない限りは八割は水でも落ちるのだ。ひどい汚れはこれまで通り灰汁(あく)につけておいて、しばらく置いて、しぼってから流水にさらせばいい。

 ほどほどの汚れ落としに使えて、手ざわりがよく手が荒れにくい。これだけの理由で石けんを使いたがる人は少ない。まだ今のところは。

 リンラは違った。喜んで石けんを使ってくれた。


「すごくいい手ざわりだね。なんだか、とても優しい感じ。灰汁ってすぐ手から脂が取れちゃって、うるおいのない肌になっちゃうんだよ。この、石けんとか言うのは違うね。手にちゃんとうるおい残る感じ」

 おれはリンラにそう言ってもらえて嬉しかった。やった甲斐(かい)があったと思った。

 元いた世界でも、石けんを作るのには植物油よりも動物の脂の方が良いとは聞いたことがある。動物の脂の方が、人間の肌の脂に近いからだ。とは言え、なんとなく植物性の方が、体に優しそうなんてイメージで、多くの人がそうした物を買っていた。


 食肉用にするために、と殺した牛の脂。それが石けん作りには一番良い。なのに、コストが掛かるからと安い外国製の植物油で石けんを作っているメーカーが多いなんて話も聞いた。

 そうだ、元いた世界はそんな世界なんだ。おれは、やはりこちらの世界に来られて良かったよ。


「これって氷室(ひむろ)に入れておいても固まらないんだね。不思議」

「何で固まらないのか、おれにも分からない。向こうでは、固まっているのもあったよ」

「固まったらいいね。そしたら切り分けてさ、この村の外に交換品として出すんだよ。きっと良い物と交換してもらえるよ」

 リンラの笑顔を見て思い出した。そうだ、珊瑚を手に入れたいんだった!

 まずは山奥の集落で翡翠と交換、それから海の近くの集落で珊瑚と交換してもらう。











 石けん。そうだ、石けんが良い交換品になってくれるかも知れない。 

 今度は匂い消し草を入れて香り良くしよう。幸いと言っていいのか、匂い消し草はこの辺りにしか生えない。海の近くや山の奥にはないと聞いた。 だから、匂い消し草自体が交換品になってきたのだ。

 匂い消し草そのものでなく、その香りのついた石けんを作れば、ああそうだ、元の世界で言う『付加価値』ってヤツが生まれるわけだ。そうだろう?


「リンラ、おれはやる気が湧いてきたよ。固まる石けん作ろうと思う。そうしたら、この村の良い交換品になるよ。きっとそうして見せるよ!」

「う、うん。でも無理しなくていいよ。前にも言ったけど最低限の物さえあれば生きてはいけるんだよ。塩以外は、ここで取れる物でも充分なんだよ。それに塩だって、ここで手に入る物を持っていけば、必ず交換してもらえるんだからね」

 「分かってるよ、リンラ。無理なんてしないさ。だけど石けん作りは面白いからな。理科の実験みたいでさ」

「リカ? ジッケンてなに?」

「まあなんだ、えーと、いろいろ試すんだよ。役に立つ、いい結果が出るかどうか。物事がどうなるのか調べるんだよ。試してみて、その結果を見て、生活に役立てるんだ。仮に直接は役立たなくても、どこかでその経験が生きるんだよ」

「ふーん」

 リンラは目をぱちくりさせた。


「そういうの、あんまり考えたことなかった。代々伝えられてきたことを、忠実にやってきただけだもん」

「もちろん、それも大事なことさ。だけど何か新しいことを試してみるのも大事なんだよ」

 まあ、石けん作りは元の世界では新しいことでも何でもなかったけど。

 むしろ、昔ながらの自然になじんだ生活を大事にしたい人たちの趣味だったのだ。

 市販品の固形石けんも、どちらかと言うと、昔ながらの生活に属する物と思われていたと思う。

 おれはそうした人種ではなかった。家で使っていたのは、安価なコンビニのプライベートブランドのボディソープ。それで何もかも済ませていたな。

 ユニットバスのワンルームアパートに暮らしていたから、使い分けがめんどくさいので風呂やトイレの掃除もボディソープ使ってたし。

 台所洗剤もコンビニのプライベートブランド。同じくコンビニで買ったウェットティッシュで、他の場所の掃除をする。そんな生活だったのだが。


「石けんも灰汁(あく)と同じで、あまりたくさん川に流すのは良くないんだ。川が汚れて、魚が死んでしまうから」

「うん、そうだよね。気をつけるよ」

 おれは考えた。

 冬も近いし、また肉と脂の取れる獣を探さないとな、と。

 脂が取れたら石けんをまた作ろう。固形石けんを作るにはどうしたら良いか? 試行錯誤が始まるぞ。

 そのためにも脂が必要なのだ。

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