山頂でおれたちは、持ってきた鹿の干し肉と、山菜を摘(つ)んだのを一緒に食べた。水は竹の筒(つつ)に入れてある。そのフタは木をけずって作られた物だ。
リンラは器用で、こんな物も簡単に作れてしまうのだが、おれにはまだできなかった。まったく、女神がくれた食べ物を探す能力がなければどうなっていたやら。
「大丈夫だよ。これから覚えていけばいいからね」
リンラはそう言って励ましてくれたが、おれはちょっと自分が情けない。体力だけはあるのが救いだ。
「それはそうと、この山道を離れて草むら入った場所になんか食いもんあるぞ」
「そうなの? きのこ以外に?」
「ああ、間違いない」
おれには確信がある。
「どうしようかなあ。取っていく暇あるかな。上手くいけば、これから行く集落でいい交換してもらえるかも知れないけどね」
きのこじゃありふれてるからなあ。だけど今回の『獲物』がどんな物かはまだ分からない。きのこではない、と思う。たぶん。
「近いの?」
「そんなには離れてない」
「そっか。なら一応見るだけね? 持っていくの無理そうなら、もったいないけどそのままにするしかないね」
おれはリンラに背負い籠(かご)を見張っていてもらい、一人で草むらに入っていった。
そんなには道から離れていないはずだ。今ではそのあたりの感覚もつかめるようになってきた。
茂(しげ)る草をかき分けながら進む。手にした黒曜石の鋭いナイフが頼もしい。このナイフには木の柄(え)が付いている。
草の繊維から作った荒縄で、黒曜石の刃の部分と木でできた持つ部分を強く縛り付けているのだ。
村の力の強い男性がやってくれた。これもただでもらってしまったのだ。その男性の名はバーリーという。狩りには出ず、村であらゆる物を作る職人として暮らしている。
バーリーは、腕の力は強いが足は生まれつき具合が悪く、上手く歩けない。そこで彼の役目は、手で物を作る仕事になったのだ。この世の中は上手く出来ている。
木の柄はしっかりと手になじんだ。バーリーが、身に着けた技術を注ぎ込んで作ってくれたからだ。おれはこれを、大事にしなければならない。
この世界では物は貴重だ。それでも充分に生きていけるだけの豊かさはあるのだ。ありがたいことに。
そのバーリーの身長の五倍くらいを進んで行くと、罠にかかったウサギがいた。ウサギはしばらく放置されていたらしく、かなり弱っていた。
「罠を仕掛けた人がいるはず、だよな?」
だとすると本来なら、勝手に持っていくわけにはいかない、のだが。
罠は簡単な落とし穴だ。穴の上にゴザを敷(し)いて、野生の果物の皮をむいたのが置いてあるものだろう。穴の深さは見た感じ、一メートルくらいだろうか。ウサギは、いきなり深い穴に落ちて足を痛めたのだろう。跳(と)んで逃げるのは無理だったようだ。
獲物は、弱々しくおれを見上げている。おれは可哀そうになった。
あー、くそ。元いた世界でも、さんざん肉は食ってきたはずなんだぞ。
おれが持っているのは短い柄のナイフだが、長い棒の先に黒曜石の刃を付ければ槍(やり)になる。こうしたワナの場合、槍で刺して取り出すはずだ。今ここに槍はない。
「放っておくしかないか」
探知できたということは、罠の主は何らかの理由で取りには来ないのだ。このウサギはもう誰の獲物でもない。だからこそ探知出来たし、おれが取ってもよい物とされたのだ。でも、取り出せないのでは仕方がない。
「放っておいても死ぬだけだよな」
おれはどうしたらよいか考える。とりあえず、リンラが待つ道のわきに戻った。見つけたものをリンラに知らせる。リンラの考えも聞きたかった。
「うーん、槍は今ここにはないけど。それも海の近くの集落で交換してもらって、帰りにウサギ取って帰ろうか?」
「一晩泊めてもらって、海を見たいんじゃなかったのか?」
秋とはいえ、まだ寒くはない。ウサギが死んだら長く放置してはおけないだろう。持って帰るなら今日中だ。
「海はまた今度でいいよ。今は泳ぐにはキツイだろうし。海は塩でべたべたするから、川と違って水浴びするところじゃないって聞いてる。それに、せっかくアイルーンが見つけてくれた食べ物なんだしね。無駄にしたら、それこそウサギがかわいそうだし」
「そうだよな」
無駄にするほうが可哀そうだよ。リンラが言ったことは、おれも考えていた。この手の『獲物』を見つけた時には、いつでもそう思うのだ。
「アイルーン、帰りにもあれがまだあったらね、罠をしかけた人はウサギのことは忘れてるんだよ。罠をいくつも仕掛けて、一つくらい忘れるのは割とよくあることだよ」
「ああ、そういうことか」
「そうだよ。さあ、そろそろ先に進もうよ」
リンラは先に籠を背負って歩き出した。おれも後を追う。下り坂は来た道よりも楽だ。おれたちは、集落を見下ろせる位置まで下りられた。
初めて見るその集落では、木でできた小屋が並んでいた。おれたちの村のような地下の住まいではなかった。
「面白い。初めて見たよ、こんなの」
リンラは楽しそうだった。おれはリンラと来てよかったなと思った。
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