妖魔の美少女とスローライフ!

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スローライフ第三十六話 この世界にいてくれてありがとう。

公開日時: 2021年11月18日(木) 19:11
文字数:1,046

 おれは土器にイノシシの脂身を入れて溶かし始めた。少しの量なので、すぐにトロトロに溶けた。そこに《匂い消し草》を入れて香りを着け、さらに海草を燃やしてできた灰を入れてかき混ぜる。


 充分に混ざったな、というところで火を止めた。


 熱が冷めていくうちに、少しずつ固まり始めた。トロトロがどろどろくらいの感触になってきたのだ。以前、草木の灰を使った時には、まだ温かいうちにどろどろにはならなかった。


「やった! リンラ、これだ。これで固まるぞ。もっと取引がしやすくなる」


「じゃあこれ。これに入れて」


 リンラが持ってきたのは、海辺の集落でもらったと思われる貝がらだった。ホタテ貝に似た貝がらで、もう少し深みがある。

 おれはそこにまだ固まりきっていない石けんを流し入れた。


「これで固まるはずだ」


 リンラとおれは待った。


 石けんは、きれいに固まった。色は白っぽく、灰のかすかな色味が着いている。《匂い消し草》の良い香りがする。


「これで色もきれいな色を着けられたらいいだろうな」


「それはまた今度ね! 全部で五つ分できたね。これでとなり村でまた交換してもらえるよ」


「そうだな。またエミットさんに会いに行こう」


 そうしているうちに、もう夜もふけてきた。星星と月が明るい。かがり火がなくても平気だった。


「アイルーン、よかったね。大成功だよ」


 リンラはにっこりして、それから、おれの右側のほほに軽くくちびるを当てた。当てられたくちびるはすぐに離れた。


「リ、リンラ、これ……」


「へへへ、アタシからの贈り物だよ。おめでとうのしるし」


「あ、うん……」


 おれはだまってぼう然としていた。何か言わなくてはならないが、何も言う気にはなれなかった。


「あ、あのさ、リンラ」


「うん?」


「家族がいないって言ってたよな。だから寂(さみ)しいって」


「うん、でも今はアイルーンがいるから」


「あのさ、おれと、本当の家族にならないか?」


 次の瞬間、リンラのエメラルドグリーンの瞳がめいいっぱい見開かれた。やがてその瞳から、大粒の涙がこぼれ出す。


 それがうれし涙なのか、そうでないのか、おれにははっきりとは分からない。


「リンラ、あの、嫌だったらいいんだ。あんまり急ぎすぎたかな。ごめんよ」


「違う、違うよ、アイルーン」


 それから、リンラはおれに抱き着いてきた。


「ありがとうアイルーン、ありがとうアイルーン、アイルーンありがとう!」


 おれは涙を流し続けるリンラの肩をそっと抱きしめた。軽く、腕を当てる程度の。


「お礼はおれが言わなくちゃならないよ。ありがとうリンラ。この世界にいてくれて」

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