おれは土器にイノシシの脂身を入れて溶かし始めた。少しの量なので、すぐにトロトロに溶けた。そこに《匂い消し草》を入れて香りを着け、さらに海草を燃やしてできた灰を入れてかき混ぜる。
充分に混ざったな、というところで火を止めた。
熱が冷めていくうちに、少しずつ固まり始めた。トロトロがどろどろくらいの感触になってきたのだ。以前、草木の灰を使った時には、まだ温かいうちにどろどろにはならなかった。
「やった! リンラ、これだ。これで固まるぞ。もっと取引がしやすくなる」
「じゃあこれ。これに入れて」
リンラが持ってきたのは、海辺の集落でもらったと思われる貝がらだった。ホタテ貝に似た貝がらで、もう少し深みがある。
おれはそこにまだ固まりきっていない石けんを流し入れた。
「これで固まるはずだ」
リンラとおれは待った。
石けんは、きれいに固まった。色は白っぽく、灰のかすかな色味が着いている。《匂い消し草》の良い香りがする。
「これで色もきれいな色を着けられたらいいだろうな」
「それはまた今度ね! 全部で五つ分できたね。これでとなり村でまた交換してもらえるよ」
「そうだな。またエミットさんに会いに行こう」
そうしているうちに、もう夜もふけてきた。星星と月が明るい。かがり火がなくても平気だった。
「アイルーン、よかったね。大成功だよ」
リンラはにっこりして、それから、おれの右側のほほに軽くくちびるを当てた。当てられたくちびるはすぐに離れた。
「リ、リンラ、これ……」
「へへへ、アタシからの贈り物だよ。おめでとうのしるし」
「あ、うん……」
おれはだまってぼう然としていた。何か言わなくてはならないが、何も言う気にはなれなかった。
「あ、あのさ、リンラ」
「うん?」
「家族がいないって言ってたよな。だから寂(さみ)しいって」
「うん、でも今はアイルーンがいるから」
「あのさ、おれと、本当の家族にならないか?」
次の瞬間、リンラのエメラルドグリーンの瞳がめいいっぱい見開かれた。やがてその瞳から、大粒の涙がこぼれ出す。
それがうれし涙なのか、そうでないのか、おれにははっきりとは分からない。
「リンラ、あの、嫌だったらいいんだ。あんまり急ぎすぎたかな。ごめんよ」
「違う、違うよ、アイルーン」
それから、リンラはおれに抱き着いてきた。
「ありがとうアイルーン、ありがとうアイルーン、アイルーンありがとう!」
おれは涙を流し続けるリンラの肩をそっと抱きしめた。軽く、腕を当てる程度の。
「お礼はおれが言わなくちゃならないよ。ありがとうリンラ。この世界にいてくれて」
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