妖魔の美少女とスローライフ!

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スローライフ第一話 天国に一番近い異世界

公開日時: 2021年6月3日(木) 22:42
更新日時: 2021年12月27日(月) 11:10
文字数:2,001

 ふと目覚めると異世界だった。そこは実に美しい世界だった。

 高くそびえる木々の豊かな緑に明るい太陽がきらめく。さわやかな風が吹き、木々の葉がゆれて音が鳴る。その風に乗って、かすかに花の香りがする。それほど遠くない場所から、川のせせらぎが聞こえていた。小鳥たちの澄んだ鳴き声も、澄み切っていて、これまで聞いたことがないほどに美しい。

 なんてのどかで、素晴らしいところなんだろう。まるで天国だ。知恵の木の実のなる木があるエデンの園のようだ。


 おれは自分の名前も忘れてしまった。少し前まで、日本……そんな名前で呼ばれる国にいた気がする。海に囲まれた島国だった。おぼろげな記憶が少しずつ鮮明になってゆく。その中には思い出したくはない記憶もあった。特に自分自身については。ろくな記憶はなかった。

 ここに転生する前に、おれは元の世界での暮らしを完全に捨て去ると女神の前で誓いを立てた。 

 それは代償だった。引き換えに女神は、用意したいくつかの異世界の中から、この世界を選ばせてくれた。女神はさらに、おれに一つの特殊能力をくれた。

 おれの楽しいスローライフが始まったのだ。


 おれはいつものようにぶらぶらと、森の中を歩いていた。食べ物を探知する能力で、すぐに食べられるきのこを見つけられた。毒きのこを食べると大変だが、そんな心配はいらないのだ。見つけたきのこは明るい黄色で、傘の部分は縁(ふち)がわずかに上向きに反(そ)り返り、傘を支える柄(え)の部分は、傘の大きさに比べて細い。そんなきのこをいくつも見つけたので、それを摘(つ)んで土を落とし、籠(かご)に入れた。


 持ってきたこの籠(かご)は、おれが暮らす村のおばあさんが、あけびという丈夫な草の蔓(つる)を使って編んでくれたのだ。あけびは元の世界にもあった。おれはそれを覚えていた。

 おばあさんは、その籠を交換なしにただでくれた。これから村のために、いろいろ採集してもらうからいいのよ、と言ってくれた。

 そんなわけでおれは村から少し離れた森まで来た。村の北側にある近くの森にはみんなよく行くが、南側の森には川をはさんで離れているからあまり人が来ない。

 川にかけられた丸木橋をわたって森まで来たのだ。


 幸い、持って帰れるきのこがすぐにこうして見つかったので、おばあさんたちにも喜んでもらえるってものだ。

 きのこは木の棒に刺して火であぶって食べる。これで今晩はいい晩飯になるだろう。余ったのは、日に干して乾燥させれば長持ちする。それを村の誰かに、魚や肉と交換してもらおう。


 村におれは帰ってきた。おれたちは地下に穴を掘って、その中に住んでいる。晴れた日は穴をおおう石の蓋(ふた)をどかして日の光が入るようにする。雨の日にはまた蓋をして、雨水が入らないようにする。地下は地上より快適だ。冬に暖かく夏に涼しい。


 地上には、あちらこちらに野生の花々が咲いている。元の世界で見たコスモスに似た花が一番多い。コスモスより小ぶりで、色も様々だ。青いのも濃い緑のも紫の物もある。花からは芳(かぐ)しい香りもした。蜂蜜(はちみつ)のような甘い香り。蜂がたくさん飛んできていたが、人間を刺すことは決してなかった。人間も余計なちょっかいはかけないのだ。


 時折この蜂は、古巣を捨てて新しい巣を近くに作る。古巣の中には、たっぷりの蜂蜜がある。

 この間も一つ見つけた。それはおれの手柄だった。村の人たちはとても喜んでくれた。おれは嬉しかった。


「おかえりなさい!」

 妖魔の娘リンラがおれを出迎(むか)えてくれた。リンラは村の中の花畑のそばにいた。花を数輪摘んで、髪に飾っていた。

 妖魔は時々捨て子をするのだが、リンラも数年前に北の森に捨てられていたのを村の女性が見つけた。リンラはその時はほんの赤ん坊だったらしい。今では、人間の十五歳(さい)くらいの少女に見える。

 濃い褐色の肌で、髪色は白銀、目は鮮やかな緑色だった。元の世界で見たエメラルドの色。髪の白銀は晴れた日の夜空の月みたいに綺麗だった。その夜空の月の色の髪に、今は紫の花が飾られている。三輪。


「ああ、リンラ。ただいま」

 おれは籠にいっぱいに採れたのきのこを見せた。

「わあ、素敵。黄色いきのこは珍しいね。美味しそう!」

「そうだな、普通はこの種類だともっと濃い赤っぽい色だからな。大丈夫だ、もちろんちゃんと食べられるきのこだからな」

「うん、よかった。ありがとう、助かるよ。君が来てくれて、本当にあたしたちは助かっている」

 リンラは笑顔でそう言ってくれた。おれから籠を受け取り、調理場に運んでいった。

 晴れた日の調理場は地上にある。川のそばに、石を組んで囲んだ、火を起こす場所がいくつかあるのだ。

 あとはリンラに任せておいていいだろう。

 

 おれは花畑のそばにあぐらをかいて座り、竹筒(たけづつ)の水筒に入れた新鮮な水を飲んだ。川から汲(く)んだその清水は、冷たくて得も言われぬ冷涼な味わいがあった。

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