結局、寛は睡魔を帰らせ、一人で稲邪寺の山門をくぐった。
睡魔を連れて山門をくぐるという我を通しても、勘気を被るのは睡魔なのだ。
──俺に力が無いのが悪い……。
寛はそう結論付け、強引に納得した。そして、いつか必ず唐島を排除し、報いを受けさせると誓った。
稲邪寺の中は思ったよりも肌寒く感じられた。打ちっ放しのコンクリートでできたホールは視覚的にも冷たさを覚える。
「寛の坊っちゃん。お待たせしました!!」
快活な声に振り向くと、黒鉄莞爾がにこやかな笑顔でこちらへと向かって来る。莞爾は豪放磊落な性格で体格が良い。口元に蓄えた髭が良く似合っている。
「坊ちゃん、元気にされてましたか?」
莞爾はその逞しい体躯を揺すって、カラカラと笑った。
「もう坊っちゃんって言われる年じゃないです。そろそろやめて下さい」
「そうですか……なら、坊ちゃんが緋咲家を継承なさったら、坊っちゃんを卒業しましょうか」
「……そうですね……」
寛は苦笑混じりに答えると、辺りに誰も居ないのを確認した。
「……中庭へ行きませんか?」
「構いませんよ。坊っちゃんは久しぶりの稲邪寺なのですから、少し散策しましょう」
寛は館内の監視カメラを気にしており、莞爾はその意を汲んだのだ。
二人は館内を歩きながら、声のトーンを落として会話する。
「莞爾さん……例の件、わかりましたか?」
「岩本滋さんの死因ですな? 警察は自然死と判断したみたいです……」
「自然死?」
「ええ、水も飲んでませんでしたし、凍死したわけでもないそうです。何より、心臓麻痺の痕跡があったそうです」
「……」
「現代医学が調べたのです……まず、間違いが無いでしょう。何か気になることでもあったんですか?」
「……出たんです。死体が発見されたその日に、シゲさんが俺の所へ来たんです」
「え!?」
「シゲさんは家族の所じゃなく、姿が見える俺の所へ来た。おかしいと思いませんか?」
「確かに……それは妙ですな……」
莞爾は訝しむ表情になり、髭を撫でた。
「シゲさんは俺に何か言いたいことが有ったんじゃないか? 有ったとすれば何だろう? そう考えたんです」
「……なるほど」
「何か手掛かりが有るんじゃないかと思って、睡魔にシゲさんの死体が見つかった相良川近辺の怪奇現象について調べてもらったんです」
「睡魔さんに? それはムリをさせましたな……」
「……ええ」
「……で、どうでした?」
「惹キ神が出るみたいです」
「惹キ神……それはたちが悪いですな。しかし、稲邪寺の力を使えばわけなく倒せるでしょう。すぐにでも唐島さんに……」
「莞爾さん、待って下さい」
寛は莞爾の腕を掴んで立ち止まった。
「!? どうされました?? 坊っちゃん??」
「今日、莞爾さんに来てもらったのは……俺が自分で惹キ神を倒したいからなんです」
「……」
「正直、惹キ神がシゲさんを殺したという証拠が有る訳じゃありません。でも、もしその可能性が1%でも有るなら、俺は惹キ神を倒したい」
「坊ちゃんは岩本さんが復讐して欲しくて現れたと考えておられるのですね?」
寛は黙って頷いた。
「疑わしきは罰してしまえ……ですか……」
莞爾は少し考えた風だったが、やがて「わかりました。坊っちゃん、付いて来て下さい」と言って歩き始めた。
× × ×
稲邪寺の中二階にあるエレベーターホールまで来ると、莞爾はカードキーをかざしてボタンを押した。
エレベーターが到着すると、電子音と共に幾重にも重なった金属板の扉が開く。それは、稲邪寺の内部を見知っている寛でも初めて乗るエレベーターだった。
「いいですか坊っちゃん。このエレベーターは稲邪寺でも使って良いのは諸家の当主だけです。今回はわたしが一緒ですから構いませんが、絶対に一人で乗ってはなりませんぞ。特に、地下七階には絶対に行ってはなりません」
莞爾は強く言い含めて地下三階のボタンを押した。
エレベータは地下三階で止まった。
重厚な扉が開くと、青白い光を放つダウンライトが一斉に点灯する。その光に照らし出されたのは、大小様々の銃火器だった。教室二つ分程の大きさの部屋に、銃だけではなく、ホルスター、三段警棒、果てにはカスタム用品まで置いてある。
「こ、これ……」
あまりの光景に、寛は息を呑んだ。
「坊っちゃんは『幽霊狩り』で、バットを使ったことしか有りませんでしたな? 惹キ神を斃すならば、この中からどれでも好きなものを使って下さい」
莞爾に促され、寛は壁に掛けられた銃を手に取った。
「さすが坊っちゃん!! お目が高い!! それは坊っちゃんも大好きな映画、『ラストマン・スタンディング』で主人公が使ってた名銃でございます!! まあ、わたしは『用心棒』の方が好きですが……」
莞爾は大げさに言って、愉快そうに笑う。
寛の手元の銃はコルトМ1911……コルト・ガバメントだった。
寛はコルト・ガバメントを右手で構えた。手から伝わる質感や重量が、銃を本物かと錯覚させる。そう思うと、部屋にある全ての銃火器が本物に見える。
「莞爾さん……ここにある銃って……全部、本物ですか?」
「……どう思いますか?」
莞爾は意味深に言ってニヤリと笑みをこぼす。
寛は「え!?」と、驚いて、改めて銃火器を見る。本物を見たことが無いのだ。判断がつかないが……もし、本物だったら……。
「まあまあ。お客様、本物でも偽物でも、使えれば良いじゃないですか。緋咲家を継承なさったらわかりますよ」
莞爾は真剣に考えこむ寛の肩を叩いた。
「で、どれになさいますか?」
「じゃあ……これを」
寛は手に持ったコルト・ガバメントを差し出した。
「1911で御座いますね。畏まりました。因みに、こちらはガスガンで御座います」
「そ、そうですか……」
ガスガンと聞いて、寛はホッとして肩から力が抜けた。稲邪寺の知らない側面を見て少なからず緊張していたのだ。
「さて……玉ですが……」
莞爾は大量のBB弾が入った袋を取り出した。
「ちょ、ちょっと待ってください!! BB弾ですか!? 惹キ神相手に??」
「そうです。このBB弾は退魔の霊薬に浸した稲邪寺特製です……威力抜群ですぞ。バットと同じで、人によって威力は変わりますが、坊ちゃんなら問題無く使えるでしょう」
「わ、わかりました」
寛はコルト・ガバメントとBB弾。そして、ガンホルダーと多機能ショルダーバッグを莞爾から譲り受けた。
× × ×
エレベーターは寛と莞爾を乗せ、再び中二階へと戻った。
「何から何まで……ありがとう御座います」
銃一式が入ったショルダーバッグを肩に掛けると、寛は頭を下げた。
「坊っちゃんの頼みならなんでも引き受けます。でも……このエレベーター、緋咲家の当主になるまではあまり使わないで下さい」
「わかりました……約束します……」
莞爾に何度も念を押され、寛は逆に興味が湧いた。
「そういえば、地下七階には何が有るんですか?」
「……バケモノが居ます」
それは、やんちゃな子供に言って聞かせるような脅し文句に聞こえた。
しかし……。
寛にはそれが本当だとすぐにわかった。
先程とは打って変わって、莞爾の目が笑っていなかったからだ。
寛は自分の知らない稲邪寺に面食らいつつ、莞爾に「色々と、ありがとうございました」と感謝を述べて頭を下げた。そんな寛を、莞爾が少しだけ低い声で呼び止める。
「坊っちゃん……さっきも言いましたが、睡魔さんにあまり無理をさせては駄目ですよ」
「ああ……わかってる」
寛の軽々しい口調と態度が気になったのか、莞爾はため息混じりで続けた。
「……睡魔さんが何故、皆に目の敵にされているかわかりますか?」
「目の敵?」
「やはり、知りませんでしたか……山門まで送ります」
寛の顔に疑問が浮かぶのを確認すると、莞爾は寛に並んで歩き始めた。
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