「これ! いくら正常といっても担ぎ込まれた時は瀕死の重傷だったんじゃぞ! 患者にそんなことしちゃいかん!」
「大丈夫だよ先生、この顔見てみろよ。これが病人だって誰に話しても信じてもらえねぇぞ」
背中を勢いよく叩かれた事で少しむせる少年に対し相変わらず大声で笑うガトー、それを見た医者も呆れた様子で頭を抱える。
「ほれ、病人じゃないならお前さんのところで引き取ってくれ。服もきれいにしておいてあるからそれに着替えてさっさと出た出た」
なぜか少年は自分が怒られている様な錯覚を覚えつつ少し理不尽なガトーの顔を見てもう一度感謝の言葉を言った。だがガトーは笑顔で首を横に振り。
「なんてことはねぇよ、何かあったらお互い様ってのが俺の信条だ。んじゃぁ爺さんのいう通り着替えてこいよ。俺は外で待ってるからな」
また少年の背中を数回平手で叩いた後、ガトーは部屋を後にする。医者もまたゆっくりと椅子から立ち上がって腰に手を当てて部屋を出た。
少年はきれいになった自分の服を手に取るとゆっくりとだが着替え始める。白いシャツに青いジャンバー。青いズボンと短めのブーツに革の手袋。全てがたどり着いたときのままだ。しかし少年はここで一つ自分の持ち物で足りないものに気が付いた。それは自前の大剣だ。部屋を見渡してもどこにも見当たらない。まさかと思い急いで服を着るとそのまま診療所を後にした。
外では先ほど言った通りガトーが待っていた、そこに走っていき自分の剣を見なかったかと尋ねた。するとガトーは一度右手を見つめた後そのまま砂漠側の入り口を指さす。
「あの馬鹿みてぇに重たい剣ならあそこだ、誰も持てねぇからあそこに置きっぱなしだよ。安心しな、誰も盗み出しちゃいねぇよ。なにせ持てねぇんだからよ」
ガトーが指さした方向を見ると少しだけ砂にかぶった自分の剣が見えた。ホッと一安心すると少年とガトーは大剣のところまで歩き始める。
「兄ちゃん、あんな剣どうするつもりだよ。そもそもどうやってあれを運んできたんだおめぇ」
少年は問いかけに首を傾げた、ガトーはその仕草が何を示すものなのかが理解できずに少年の隣を歩く。診療所から街の入り口までは少しだけ距離がある。その道のりを二人はそろって歩いていくと家々から住人が顔を出して声をかけてくる。もう大丈夫なのか? といった心配の声が多数聞こえてくる。それほど子供がこの町で倒れたというのは珍事件だったのだろうと少年は苦笑いする。
「ほら、動かした形跡すらねぇだろ?」
ガトーのいう通り、少年が持っていた剣は一ミリも動かされた形跡はない。立派な装飾は無く、鉄塊と見間違えるほどの大きな剣。それを確認した少年はゆっくりとグリップに手を伸ばす。
「おいおい、兄ちゃんまさか」
ガトーをはじめ、あの大剣をどうやって運んできたのか疑問に思っていた住人がここぞとばりに家々から顔をだして少年を見ていた。そして次の瞬間。
「お……おめぇ――」
ガトーの言葉以外、この酒場町から一切の音が消えた。静寂の中少年は右手でその大剣のグリップを握ると軽々と持ち上げてしまった。
開いた口がふさがらないとはこの事だろう。少年が寝ている間力自慢の旅人が何人もこの剣を持ち上げようとチャレンジしては敗北していった中、少年は軽々とその剣を持ち上げてしまったのだ。
「……自分の目を疑ったぜまったく。そういやぁまだ兄ちゃんの名前聞いてなかったな、なんていうんだ?」
静まり返った町にガトーの声だけが遠くまで聞けるような気がした。今までのような大声ではなかったが確かにその声はよく通っただろう。少年は振り返り笑顔で答えた。
「レイ、『レイ・フォワード』です」
レイ・フォワード、青髪で身長も同じ同年代の男の子では平均的で体に似合わない大剣を軽々と持ち上げるまだ齢十二歳の少年。
「よろしくね、おやっさん」
そう言うと、にっこりと笑った。
その日の夜、この町では何時ものように旅人や旅人が訪れては賑わいを絶やさないでいた。そんな中ガトーが経営する宿屋の一階には同じくガトーが切り盛りする酒場がある。そのカウンターにレイは座っていた。
静かにコーヒーを飲んでいるレイと、その前で皿を拭いているガトーの姿があった。他の席では旅人たちが飲み食いしながらいろんな話をしているのが聞こえてくる。だがこの喧噪では誰が何を話しているのかさっぱりわからない状況だ。
「もうスグだぜ兄ちゃん」
ガトーがレイにだけ聞こえるようにそう話した、コーヒーカップを口元に当てていたレイもその言葉を聞いてピクリと反応した。そして外が急に騒がしくなった。
「定刻通りだ、大体この時間になるとやってくるんだ」
馬の蹄だろうか、それも一頭ではない。聞こえてくる足音からして三頭から四頭、こちらにだんだんと近づいてきているのがレイの耳にははっきりと聞こえた。楽しく騒いでいた他の旅人たちも蹄の音が聞こえたのだろう、ゆっくりとだがにぎやかだった空間に緊張が走ってきた。そして蹄の音がちょうどこの酒場の前で止まった。
「ようガトー、今日も来てやったぜぇ?」
入り口の扉が勢いよく開くと大きな帽子をかぶったガンマンが入ってきた。その数四人。
「もう来るなって言ってんだろジェームズ!」
「そういうなよ、俺とお前の好じゃねぇか。いいから酒出せよ酒」
ジェームズと呼ばれたのは先頭にいる男だ。腰にはシフトパーソル(銃火器の名称、シフトパーソルは片手拳銃型)がホルスター収まっている。チラチラと見せつけながらゆっくりとガトーの元へと歩いてくる。
「一銭も払わねぇお前等に飲ませる酒なんてねぇんだよジェームズ!」
そこで彼らの足が止まった。今までもこんなやり取りが数回あっただろう。だが今日のガトーの強気なセリフにジェームズは違和感といら立ちを覚えた。以前にも同じような会話があった後ガトーはジェームズのシフトパーソルで左肩を撃ち抜かれている。それからはおとなしくなったと思っていた、そんな腰抜け野郎だと思っていた奴がまた同じような言葉を吠えてきたのだ。
「――ガトー、どうしちまったんだよおめぇ。また撃ち抜かれてねぇのか!」
眉間にしわを寄せながら右手でホルスターからシフトパーソルを素早く抜くとガトーめがけて引き金を引いた。乾いた発砲音が酒場中に鳴り響き硝煙の匂いが立ち込める。だが同時に金属音が鳴り響き、ジェームズの視界が突如として真っ黒になる。左手で顔に覆いかぶさった何かを取ろうとするが空をかすめた。それが液体だと気づくのに時間はかからなかった。空を切った左手で顔についた液体を拭き視界が戻ってくる。
「っち、なんだよ畜生」
だがジェームズは目の前の出来事にわが目を疑った。
確かに引き金を引いた、ガトーに狙いを定めて照準を簡単にだが合わせた。発砲音もした。シリンダーが回り雷管が押されて弾丸が発射された。硝煙の香りもする。間違いなくガトーを撃った。だがガトー本人は無傷のまま静かにジェームズを睨みつけていた。どこにも銃弾による損傷は見られない。だがその代わりにすぐに異変が彼らを襲う。
「うわぁぁっ!」
右斜め後ろにいた仲間の男が突如として悲鳴を上げた、何事かとそいつの方を首を回すとしりもちをついて何かに恐怖しているのが分かった。その視線の先にはもう二人の部下がいる。恐る恐るそちらに視線を送った。
「っ!」
部下の一人が首から上、頭部が破裂している。鮮血が首から吹き上がりゆっくりと後ろへと倒れていくのが分かった。
「な……何が起こった」
今ここで起こったことが信じられないジェームズは訳が分からないまま自分の部下が死んだことを理解できずにいた。そして突如として腹部に痛みが走ったと思った次の瞬間自分が外へと吹き飛ばされていることに気が付く。目の前にまばゆい星空がはっきりと見えた。今までオレンジ色の光が灯る酒場から一転、暗い砂漠の夜へと吹き飛ばされていた。
だがそれ以上に自分自身に何が起きたのかが理解できない。砂の上に落ちたジェームズは三回転がりうつぶせで止まった。起き上がろうと足に力を入れるがいうことをきかない。まるで鉛のように重くなった自分の足がそこにはあった。
「へへ、一体全体何がどうなって――」
顔を上げるとそこに何かが落ちてきた。それは見知った自分の部下の顔だった。首から下は無く顔だけがジェームズの目の前に転がってきた。そう、あの悲鳴を上げた男の顔だ。
「ロバート……?」
何かとてつもなく怖いものを見たのだろう、恐怖で固まったその顔。それを見た瞬間胃の内容物がせりあがってくるのが分かった。
「う……おぇぇ……」
溜まらず嘔吐した。
「畜生、畜生、畜生」
内容物を全て吐き出した後ゆっくりと立ち上がる。右手でシフトパーソルを握り酒場へと銃口を向けた。
「なんだよ、何だってんだよ!」
そこで引き金を引いた。酒場の入り口めがけて残りの五発を撃ち込んだ。発砲音と共に金属音が聞こえてくる。それが不可解だった。そしてその音は酒場の中にいた時も確かに聞こえていた。
シリンダーに入っていた弾薬をすべて打ち尽くしてもなお人差し指はトリガーを引き続けている。空の薬莢を叩く音だけが聞こえている。その騒ぎに気が付いた他の住人が恐る恐る窓やドアから顔をのぞかせてジェームズを見た。
「危ないじゃないかおじさん」
声が聞こえた、少年の声がジェームズの耳に届いた。引き金を引くのを辞めた彼の目に飛び込んできたのは大剣を右手に持って酒場から出てくるレイの姿だった。
「誰だ、てめぇ誰だ!」
腰のポーチから弾丸を取り出してシリンダーの中身を入れ替えるジェームズ。それをただじっと見つめているレイはため息をこぼした。
「ガトーっ! てめぇ俺たちに一体何をしたぁ!」
装填を終えたジェームズは再び銃口を向ける、そしてレイめがけて引き金を引く。だがその弾丸はレイにあたる直前で大剣によってふさがれてしまった。しかしジェームズは構わず打ち続けた。もう一発、もう一発と。
「死ねぇ、死ねぇ!」
そのすべてをレイは大剣で弾いた。その様子を後ろで見ていたガトーも驚きを隠せないでいる。なんて子供だろうと。
「逃げてくれれば一番よかったのですが、仕方ないです」
レイはゆっくりとジェームズの元へと歩き再び弾丸を装填しようとしている所を大剣でシフトパーソルを弾き飛ばし、その返しでジェームズの首を跳ねた。
その様子を後ろで見ていたガトーは思わず今目の前で起きたことに対して驚きを隠せなかった。噂には聞いていたがこれ程までとは予想だにしていなかった事実。
「これが、剣聖の弟子……」
現存する至高の剣士、剣聖の称号を手にした男が育てた剣士。それがレイだった。
※1 レイ・フォワード
本作の主人公。
青髪に青い目、青いジャンバーを羽織った少し気弱そうな少年。身長よりはるかに大きな大剣を振り回す。
とある事情により各地を旅をしている少年、年齢は12歳。身長155㎝、体重41㎏。
レイが持つ剣は特殊な素材で出来ていて本人以外が扱おうとすると重くて持ち上がらない程。ただしレイ本人が使用するときは非常に軽くなる。
強靭な身体能力と剣術は師匠譲り、過酷な修行の元習得した物である。
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