「着いたわよ」
車は大きな屋敷の前に止まった。
「ああ・・・ここね。」
この屋敷は以前通っていた病院へ行くルートの途中にあった屋敷であった。洋館のような外見でその前にある敷地には真ん中に観葉植物が植えられ、そこを囲うように歩道が敷かれている。ここを通る度に一体どんな人物が住んでいるのか、自分も住んでみたいものだと思っていた。更によく見ると、大きな洋風の鉄格子の門の所には「KAMINAGA」とアルファベットで記入されていた。
門が開き、屋敷の中へと案内される。先程の老人はそのまま車を駐車しに行ってしまった為、神永に案内される形となった。敷地を歩きながら僕は質問する。
「どうして君はそんなに金持ちなんだ?」
単純に浮かび上がった疑問だった。
「四星財閥って知ってる?」
「知ってるも何も、教科書に載ってる財閥だろ。今でもその財閥系グループがある。」
「私の家はその財閥の分家なの。」
「・・・なるほどね。」
恐らくとんでもない金持ちである。四星はその名をを知らない日本人は居ない程に巨大な財閥系グループだ。
「因みに、神永のお父さんは何をしてるんだ?」
「はぁ・・・」
神永が面倒くさそう溜め息をついた。
「そんな事を知ってどうするのよ。」
「いや別に嫌なら言わなくてもいいんだよ。ただのコミュニケーションだから。でも、お前だって勝手に僕のことを色々調べているんだし、それぐらいの譲歩をしてくれたっていいんじゃないの?」
また彼女は先程のような溜め息を吐き、ぶっきらぼうに言う。
「貴方ってめんどくさい性格ね。父は警察関係者よ。これで満足?」
いちいち鼻につく女である。こちらが折角話しかけてやっているというのに。相当会話が嫌いらしい。
僕たち2人は、玄関と呼ぶにはあまりに大きいドアを開き、ついに屋敷の中へ入った。
靴を脱ごうとすると神永が言った。
「あぁ、脱がなくていいわ。」
いくら外見が洋風とはいえ、生活様式まで洋風とは。ただ桁違いに広い家なので、それに対して不思議と違和感は無い。
中はまるでホテルのような内装で、生活感が全く感じられない作りになっていた。正面にはこれまた大きな階段があり、その左右には長い廊下が通っている。廊下というより通路であり、廊下というにはあまりに生活感がない。床が大理石でできていることがその原因だろう。
神永が片方左手の通路に向かったので、僕もそれに従い歩く。歩く度にコツンコツンとローファーの硬い足音がよく響いた。窓にはステンドグラスが取り付けられており、差し込む日光を美しい虹色に彩っている。
暫く歩くと部屋が見えてきた。外交官が居座っていそうな扉のつくりである。神永がおもむろに金色のドアノブに手をかけ、扉を開く。
部屋の中は他に比べ、意外と生活感のある作りだった。外壁は僕の家でも使われているような素材であったし、照明もステンドグラスなどではなく、この部屋の広さにしては小ぶりな照明がぶら下がっていた。といっても、見るからにキングサイズのベッドと仰々しい机が配置されているが。こんな机で勉強が捗るのだろうか。
「さて・・・」
彼女が椅子に腰掛ける。
「椅子は一つしかないから、悪いけどそこで話を聞いてくれる?ベッドには座らないで。」
普通は用意するだろ、と言いたかったがそんなことより聞きたいことがある。一呼吸置いて、僕は質問した。
「じゃあ早速本題に入るけど。どうして僕の兄のことを知っているんだ。お前は兄について、いや、あの事件について何か知っているのか。」
返答の如何では、彼女を敵として見るのか味方として見るのか、彼女と今後どういった関係性を構築していくのかが決まる。
彼女は机に両肘をつき、両手の指を組み合わせてそこに軽く顎を乗せ目を瞑った。長い睫毛が彼女の横顔に影を落とす。
「ええ、知っているわ。あの事件に関わる情報を私はいくつか保持している。そして恐らく貴方の次の疑問は『どんな方法で自分の能力を知るに至ったのか』でしょう。」
彼女は目蓋を開き、じっと僕の目を見据えた。空気が凛と張り詰める。屋敷中の静寂が、この部屋に集まったかのようだ。彼女の美しくも妖しい目の魔力のせいであろうか。思わず固唾を飲んだ。次に彼女が話す内容を一言一句漏らさぬよう、無意識に僕は全神経を耳に集中させていた。より一層静寂が強まり、神永がゆっくりと口を開く。
「ーー私にも、蓮見くんと同じように特殊な能力が宿っているの。それは私のこの目。こうして貴方と目を合わせることで、貴方の記憶を読み取るの。」
「・・・・・・・・・・・・」
彼女の発した言葉を、頭の中で噛み砕いて飲み込むのにやや時間がかかった。そうしてやがて、その意味を辛うじて理解し、僕は絶句した。
「ぼっ、僕の能力の上位互換じゃないか!!」
僕は思わず叫んだ。通りで、彼女に勝てないわけである。目を合わせただけで他人の記憶を読み取るなんてとんでもない能力に初見で対抗出来るわけがない。
すると、神永は人差し指を立て
「ただし、人の死に関係する記憶しか読み取れないわ。」
と付け足した。
「例えば、その人の母親が死んだとしたらその時やそれに関連して起きた出来事とか、その時感じた事とか。つまり、貴方がなぜその能力を得るに至ったかも、お兄さんにどういう感情を抱いていたのかも、現在どういう心境なのかも、私は知っているというわけ。」
「・・・・・・・・・」
著しいプライバシーの侵害だ。
そんな顔もできるのね、と神永は僕に2回目の笑顔を向けた。2回目にしてもはやトラウマである。
だが、状況をまだ飲み込めていない僕の耳でも、聞き逃せない部分が一つあった。
「人の死に関係する、と言ったな?兄はもう死んでいるのか?」
僕は机に身を乗り出した。
「それは知らないわ。」
少し身を引いて神永が答える。
「は、はぁ?」
「私には貴方の記憶が見えただけ。死んだかどうかは知らないわ。」
「でも、あの事件に関して情報を持ってるって・・・」
「幾つか情報を持っているとは言ったけど、真相を知っているとは一言も言ってないわ。でも、真相に近づける情報であることは確かよ。少なくとも今の貴方だけでは永久に知り得ない情報よ。」
「・・・お前が情報を持っているという根拠は一体何処にあるんだ。」
「言ったでしょ。私の父は警察関係者だと。」
「お前の父親もこの事件について知ってるのか?」
「本人が認識してるかどうかは知らないけど、父のPCからデータベースにアクセスしたの。まあそもそも知っていたところで、彼が事件の詳細を私に話す筈がないけど。」
その時の僕には、彼女が何気に犯罪を犯していることについて、どうこう気にする余裕はなかった。ただ、次の「交渉」にのみ、僕の意識は集中していた。一体どんな要求が飛んでくるのか。ここからが、彼女にとっての本題である筈なのだから。
「それで、お前の要求はなんだ。」
僕は内心、恐る恐る質問した。
「あら、意外と立ち直りが早いのね。話がスムーズに進んで助かるわ。」
ほんの僅かな表情の変化から、彼女の驚嘆が見て取れる。
「要求は一つよ。私の『能力者探し』を手伝いなさい。」
もう既に色々と驚きの連続であったが、更にそれが追加される形になった。
「まてまて、他にも僕達のような能力者がいるってことか?」
思わず情けない声が出る。こんな神永のような厄介な奴が他にも沢山いるのだろうか。
「ええ。この『目』で見てきたわ。」
「因みに私の依頼をこなしてくれる度、貴方の兄に関する情報開示と、おまけで金銭を報酬として出すわ。」
「え、お金くれるの?」
「ええ。どうせ貴方貧乏人でしょ?」
いちいち不愉快な女だ。しかし予想外に好待遇である。要求してもいないのに金銭をセットでつけるあたり、彼女もその能力者探しに躍起になっているということなのかもしれない。それに冷静に考えてみれば、彼女の能力は強力だが生者の記憶しか読み取れない。対照的に死者の記憶を読み取れる僕の能力は神永にとって価値があるものなのだろう。どちらにせよ、この要求を承諾しない手は僕に無い。
「・・・ああ、わかった。協力するよ。」
「そう、なら良かったわ。」
「で、その『能力者探し』の目的は?その目的が達成される時までには、兄に関する情報を全部開示してもらうぞ?」
神永は座り直し、背もたれに深くもたれかかる。
「ええ、いいわよ。あとその目的については後々話すわ。貴方にとっては些末な事でしょうから。取り敢えず、私はもう疲れたの。」
また彼女はため息をつき、肘を机につく。
「こんなに喋ることも中々ないから。」
確かに、彼女がどんな目的を持っていようが、情報と報酬さえ貰えるのなら僕にはあまり関係のないことだ。
「じゃあ、交渉成立ね。これからよろしく。」
笑顔も無く、霧氷を思わせる無表情でそう言った。おおよその人間が「よろしく」と言う時の表情とは正反対の顔である。
「で、早速なのだけどーー」
神永が僕の方に向き直る。
「芹沢百子の件について、調査してきてくれないかしら。」
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