くだらない物語と、死にざかりな僕達。

これは、死に魅入られた人々のお話ーー
金本シイナ
金本シイナ

1-8 新たな調査依頼

公開日時: 2022年7月26日(火) 18:43
文字数:3,737

「芹沢百子の幽霊がいた。」




「はぁ?」




数日間、一通り事件現場を巡り、僕は神永に報告の電話を入れていた。




「血痕が残ってない現場もあったから、全て視た訳じゃ無いが、少なくとも覗いた記憶の全てに、被害者の目の前で宙に浮く芹沢百子の姿を確認した。」




時に目の前を飛び回り、時に足場が無いはずの柵の向こう側から、被害者に対話を持ちかけている芹沢百子の姿を視た。




「なによそれ。空を飛んでいるわけじゃなくて?それに実体は無いの?」




「恐らく。透けてたからね。それこそ幽霊みたいに。」




そして芹沢百子は被害者の全てに『死を恐れる事はない。死後の世界はあるのだから。私がその証明だ。』といった内容の言葉をかけていた。




「今回の事で分かった事は3つ。まず芹沢百子の能力はマインドコントロールでは無い。恐らくは幽体離脱のようなもの。そして、被害者はあくまでも自殺志願者であり、自殺現場にも全員自らの足で向かっている。」




「つまり、単純に彼女の説得に後押しされただけという事ね。」




「そう。そして2つ目は彼女が一連の事件の主犯格であったという事。そして3つ目はその彼女はもう既に死んでいるということ。つまり、この事件は芹沢百子が死んだ時点で既に解決していたんだよ。」




そう、芹沢百子は既に間違いなく自ら命を絶っている。彼女が見た景色や抱いた感情の隅々まで、しっかりと確認済みだ。つまり、僕達が追っていた能力者は、調査を始めた最初の段階からこの世に存在していなかったのだ。なんともあっけない幕引きである。




「一件落着、と言っていいのかわからないが、まぁとりあえず終わったって事で良いのかな。」




「・・・ええそうね。」




「それで神永、前に聞きそびれていた事があるんだが・・・」




この報告の電話を入れる前に、あらかじめ聞こうと思っていた質問だ。




「お前の能力者探しの目的は一体なんだ?別に隠してるってわけじゃないんだったよな。今回の事件は解決したわけだが、それはお前にとってどういう意味があるんだ?そして、もし芹沢百子が生きていたらお前はどうするつもりだったんだ?」




「・・・そういえば、まだ話していなかったわね。




暫くの沈黙の後、彼女は話し始めた。




「私の目的は2つよ。そしてそれらを話す前に、少し私達の能力について説明をする必要があるわね。」




「私が見てきた限りだと能力者は2つの種類に分けられるわ。『一線を超えない能力者』と『一線を超える能力者』よ。ここでいう一線とは即ち殺人のこと。この両者の能力には明確な殺傷性能の差があるの。つまり『一線を超える能力者』の能力は常に人殺しに向いた能力になっているのよ。それこそ、今回の事件の候補に挙がったマインドコントロールという能力は人が殺せるような能力よね。それでいうと貴方や私のような能力はどうしたって人を殺せないから、私たちは『一線を超えない能力者』ということになるわね。まず単純に、この両者の違いたらしめるものが何なのか。それを知りたいの。私はこの不可思議な能力の当事者だもの。それについて知りたいと思うのは当然のことでしょ?これは単なる私の知的好奇心であり、特に意味は無いわ。」




「そして2つ目の目的は、この『一線を超える能力者』達の凶行を止めるということよ。これは私の正義感からくるものであり、1つ目と違ってとても意味のあることよ。だから芹沢百子がもし生きていれば、私はどうにかして彼女を止めたでしょうね。勿論、貴方にも協力してもらうつもりだったわ。」




暫く黙って話を聞いていたが、彼女が話した2つ目の目的は嘘ではないだろうか、と僕は何となく聞きながら考えていた。彼女のことはまだよく知らないし確証もないが、彼女は正義感で動くタイプではないと僕は見ている。単なる直感だが。


とすると、まだ彼女は何か僕に隠しているのかもしれない。だとすると何故?単に言いたく無いからか。それとも僕にとって何か都合が悪い事だからか。後者ならまずいだろう。


しかし、どちらにせよ推測するには彼女に関する情報は少な過ぎる。信用するにも警戒するにも足る情報が無いので、結局のところは彼女との関係を現状維持するしかなさそうだという結論に落ち着いた。




「一つ質問なんだけど、その『一線を超える能力者』の凶行を止めるってやつ。芹沢百子の能力はその『一線を超える能力』には見えない。だって幽体離脱するだけの能力は殺傷性高くないだろう?でも現に間接的ではあるが、芹沢百子は人を殺している。これはつまり能力の殺傷能力の高さに関係なく、人を殺す奴は殺すということか?」




「・・・それについてはまだ話すべきではないわね。でも安心して。すぐに意味がわかるから。」




やたらと意味深である。彼女がこういう事をするのは好ましくない。なんとなくだが、僕の直感がそう告げている。




「まぁ・・・いい。じゃあ今回のお前の目的は取り敢えず達成されたということでいいんだな?なら早速僕に報酬をよこしてもらおうか。ここ数日間、色々なビルやらマンションやら学校やらに行って、能力使って大変だったんだぞ。」




血痕に触れて記憶を読み取る、という使い方はどうやら僕に負荷のかかる使い方らしい。10回近く現場に行って能力を使ったが、慣れる気配はまるでなかった。まあそれでもあれだけたくさんの自殺する記憶を見れたのだから、僕としてはオールオッケーだが。




「それに僕はまだお前を完全に信用していない。兄の情報に関しては今この場で伝えろ。」




電話越しに神永のため息混じりの声が聞こえる。




「そんな鼻息荒くしなくても、ちゃんと報酬は出すわよ。お金に関しては、後で口座情報を送っておきなさい。明日にでも適当な額振り込んでおくわ。で、お兄さんの情報なんだけど『彼は失踪の数ヶ月前に権藤照影と接触していた』なんていうのはどうかしら?」




権藤照影、と彼女は口にしたがその名前に僕は心当たりがない。




「一体そいつはどんな奴なんだ。」




「エーテル会という信仰宗教団体を聞いたことは無い?そこの会長よ。」




エーテル会とは『物理法則の超越を体現した』と自称する権藤照景が結成した信仰宗教団体である。ただ宗教といっても、別に何かしらの神を信仰しているというわけではない。その団体は幽体離脱の習得、ひいては死後の世界の視認を目標に掲げている。それは団体の理念が「修行することで幽体離脱を体得し、死後の世界の存在を確認する事で死に対する恐怖からの救済を得る」というものだからだ。


非常に胡散臭い団体だが、最近では数ある有名人や高学歴な若者がこの団体に所属し、あらゆる方面で力を伸ばして来ているというので、世間からは奇異と危機感のある目で見られている団体である。




「幽体離脱って・・・」




「そう、芹沢百子の能力に似ている。そして『死後の世界の存在を確認する事で死に対する恐怖からの救済を得る』という理念も、彼女が被害者に対して話していた内容と似ている。」




「後さらに気になることとして・・・」




そこで僕の携帯からメールの通知音が鳴った。送り主は神永だ。




「今送ったメールにURLを貼っておいたわ。その動画を確認して。」




言われるがままにメールを開き、URLを踏んでウェブサイト上の動画を確認する。題名は「ダーマの儀に潜入してみた!」だった。エーテル会公式がアップロードした動画だが、思ったよりも世俗的な題名の付け方だ。




そこには権藤と思しき男が少し説法の様なものを説いた後、信者達の手に1人ずつ触れていく様が映っていた。そして、権藤が念仏の様な何かを呟くと信者達は一斉に気を失い、暫くして目を覚ました彼らは、その後口々にエーテル会の素晴らしさを口にし始めた。




コメント欄は否定的なコメントで溢れ返り、「ヤラセに決まっている」という声が大半だった。




「動画は見終わったかしら?これはダーマの儀といって、幽体離脱を体験させる儀式らしいの。」




「へー、じゃあ彼らは気を失っている間幽体離脱してたってことか?なんだそれ。芹沢百子は少なくとも宙に浮く姿が見えていたけど、動画ではそんな姿誰も見えなかったぞ。」




「幽体化している間はカメラに映らないという可能性もあるわ。どちらにせよ、これだけ共通点があって調べないのは非合理的過ぎる。私としてはまだ、この事件は完全に解決していないと考えているの。」




成程、先ほどの意味深な発言が理解できた。




「はぁ・・・要するにアレだろ。今度はエーテル会と芹沢百子の関係性を調べてこいって言ってるんだろ。そんでついでにお兄さんの事も機会があったら調べてみれば?って事なんだろ。まったくお前は食えない女だな。本当に権藤は兄と接触してるんだろうな?」




「本当よ。まあそれは権藤に直接聞いてみないと確証をとれないと思うけれどね。生憎、私はそれを証明できる物的な証拠は何も持ち合わせていないから。話、聞けると良いわね。」




電話越しでも彼女が笑っているのがわかり、背筋に悪寒が走る。兄に関する情報のせいで不可抗力的に、エーテル会に行かざる負えなくなっている。完全に彼女の手のひらの上で転がされているのだ。


僕は乱雑に電話を切り、その日は家路についた。後日口座を確認してみると、確かに高校生にしてはそれなりの金額が、入金されているのであった。

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