くだらない物語と、死にざかりな僕達。

これは、死に魅入られた人々のお話ーー
金本シイナ
金本シイナ

1-9 潜入調査だ

公開日時: 2022年7月26日(火) 18:44
文字数:4,622

「レイ、あまり思い詰めないで。周りの事は気にしないで。」




ーー誰のせいでこうなってると思ってるんだ?




「レイ、何か悩み事があるなら僕に相談してくれ。」




ーー悩みを悩みの種に話してそれでどうなる?




「レイ、キミは死んじゃ駄目だよ。僕はキミに、幸せになって欲しいんだよ。」




ーーお前がいる限り、幸せになんかなれないんだよ。




僕は飛び起きた。ベッドに置かれた時計は午前3時を指していた。


僕の体はひどく汗ばんでいる。頬や額に貼り付いた髪が鬱陶しい。


額の汗を拭いふと、薄暗い部屋のドアを睨みつける。




今日もドアの向こうには、『彼』が佇んでいる。




部屋の静寂と妙な耳鳴りが僕の頭をかき乱す。その耳鳴りを掻き消すように、僕はベッドに敷かれた枕を引っ掴んで『彼』が立っているドア目掛けてぶん投げた。




些か大きな衝撃音のあと、うるさいとヒステリックに叫ぶ母の声が一階から聞こえる。




僕はそれから逃げるように、頭から布団をかぶり直してまた暑苦しい微睡の中へと沈み込んだ。



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今僕はとある施設の前に立っている。あの電話から一週間ほど経っていた。その間に町で信者達が配っている入団申込書をわざわざ貰い、自分の名前を書いて送り、そして今日は日曜日。何が悲しくて休日にこんな事をせねばならないのだろうか。


桜木市の外側に位置しているその巨大な建物の壁面は全て白で塗られてあり、外観はギリシャ神殿と洋風建築が合わさったかの様な見た目である。教会を思わせる、神永の屋敷よりもさらに大きい木製の扉の上には「エーテル会」と金のプレートがはめ込まれており、妙な紋章の様なものも描かれていた。外には精神病院の様な不気味な清潔感と威圧感が漂っている。


ここは数あるエーテル会の団体施設のうちの一つである。その中でも桜木市にあるこの施設はとりわけ大きく、市外からも多くの信者が定期的に通っていると伝え聞く。


ここで僕に入団手続きを行ってもらい『ダーマの儀』の際に権藤が能力を使うらしいので、その真偽の確認と、芹沢百子の関係性を探って欲しいというのが依頼の内容だった。仮に、関係していたらどうエーテル会に対処するつもりだと僕は疑問に思ったが、敢えて彼女に聞くことはしなかった。なぜなら、その場合はまた僕がそれに協力せねばならなくなるかもしれないからだ。その先のことを考えると怖いので、聞くに聞けなかったのだ。


『ダーマの儀』とは簡単に言うと入信の儀式だ。そこでは直接権藤自身が出向かう。以前見た動画では否定的なコメントが沢山寄せられていたが、

まあ普通はそうだろう。芹沢百子の記憶を視ていなければ僕もそう思う。


正直、こんな危険そうな儀式には参加したく無い。彼女の言いなりになってこんな危険なことをさせられている今の自分の状況にも危機感を覚えている。今後要求がエスカレートしていくのではと考えると気が重い。そもそも、目を合わせただけで記憶が読み取れるなら彼女が行けばいい話なのに。いくら逆らえない雇用関係とはいえ、僕を都合の良い駒として捉えすぎなのではないだろうか。


思えば、この一週間神永と学校ですれ違う事がなかったな、とふと思う。いまだに僕は彼女が在籍するクラスも知らなかった。別のクラスだからだろうが、きっと友達もいないからクラスの席から移動する事がないのだろう。近寄り難い雰囲気を帯びながら不機嫌そうに席に座る彼女のその情景が、容易に想像できる。




少し躊躇った後、僕は施設に足を踏み入れた。大理石でできた建物特有の、ひんやりとした空気が僕の肌に触れる。


中に入ってみるともう既に、儀式を受けに来た人々がエントランスホールに集まっているようだ。きっと彼らも様々な経緯で信者から勧誘を受けたのだろう。


周囲を見渡すと、熱心に教団からもらったパンフレットを読み込む中年の男、友人と談笑する若い女性、ずっとスマホでゲームをしている細身の若い男、小刻みに全身を震わすヤバいおばさん等、意外にもその人種は多様だった。てっきり、こういうところに来るのは変な人しかいないと思っていたが、案外普通そうに見える人も混じっているものだ。




「君、随分若いね~。高校生?」




「こんなところに1人で来るなんて、結構勇気あるね。もしかして、君ってちょっと変わってる?」




「ちょっと、ユズキ失礼でしょ~!」




談笑していた女性2人組に話しかけられた。片方はロングヘアーにナチュラルメイクで清楚系といった感じ。ユズキと呼ばれていた方は金髪ショートで肌が少し焼けているギャル系といった感じだ。この集団の中では1番明るそうな性格の二人である。




「えぇ、まあちょっとした好奇心で来ちゃいました。そういう意味じゃあ確かに変わってますかね。」




笑いながら応じる。




「だよねぇ~やっぱり本当かどうかが気になって来ちゃったカンジだよね~。ウチらもそう!あ、私はユズキでこの子はカナミね。短い間ヨロシク~」




「よろしくお願いします」




軽く一礼する。




「ヤバいめっちゃ礼儀正しい!ウケる!」




「あはは、良い子じゃん!」




何がウケるかわからないが、僕はユズキさんが少し苦手かもしれない。だが暇つぶしにはなる。待ち時間までしばらくは彼女達との会話で時間を潰そう。




「あ、あなたも、すす救いを求めて、きたの?」




暫く彼女達と談笑していると、先程のヤバいおばさんに掠れた声で背後から話しかけられた。それを僕は聞こえていないフリでやり過ごしたら、またおばさんは何処かへふらふらと行ってしまった。ああいうある意味典型的なタイプもいるので、油断はできない。


そうこうしているうちに定刻になると、1人の信者であろう年配の男が「では私についてきてください」と言って、自分たちの集団を先導し始めた。それに黙って従い、暫く歩くと30人は入るであろう広さの部屋に通された。中には青いパイプ椅子が並べられており、その部屋の1番前には演説などでよく見かける台が置かれていた。


皆がそれらに座ってからまた暫くして、信者であろう人達が続々と部屋に入り、壁際に整列した。年齢性別様々であるが、彼ら彼女らの首には一様に同じデザインのネックレスが首からかけられていた。先刻、門のところで見た紋章の形である。

ちゃちな作りだ。蛍光灯の光を受け、ぴかぴかと金メッキが下品に輝いている。一体いくらで売りつけたものなのだろうか。




「やあ、皆さん。もう揃っていますね。」




唐突に、ドアから恰幅の良いスーツを着た男がつかつかと部屋に入ってきて、一番前の壇上に立った。なんの前触れもない突然の出来事に、周囲の人々は面食らった。




「はい、どうも。エーテル会会長を務めさせていただいております、権藤照影と申します。皆様、今日はよろしくお願いします。」




と言ってその男はゆっくり一礼をした。意外にガタイが良く身長が大きい。年齢は五十歳程だろうが、それを感じさせない若々しさがある。


何より、オーラがあった。部屋に入ってきた瞬間、空気がピリつき、この男の雰囲気にこの空間が支配されたのを感じた。カリスマ性、というのだろうか。さっきまで小刻みに震えて椅子からカタカタ音を鳴らしていたおばさんもすっかり大人しくなり権藤の顔を見つめている。


最初に権藤はエーテル会とはどういう集団なのかという説明を始めた。この手の話はどうせつまらないだろうとたかを括っていたが、この男は話術にも長けていた。いかにして今の思想に至ったかという真面目な話をしつつ、あいだあいだに今まで体験した苦労話を小噺としてユーモアを交えながら挟むことで、飽きさせない工夫をしているようだった。最初はピリついていた空気も、次第に毛糸のようにほつれていく。時折笑い声なども聞こえてくるようになってきた。




「えーそういうわけでありまして、説明は以上です。」




この頃にはすっかり和やかなムードになっていた。見事なものだと僕は感心する。




「ではこれより、入信の儀を執り行います。とはいっても、別にこれを受けたからといって入信を強制させられるわけではないのでご安心を。」




にこやかにそう言うと、権藤が信者に合図をとった。すると信者の1人の若い女性が指示を出し始めた。




「それでは儀式を行いますので、皆様には今からこれらの椅子を円に並べて、座ってもらいます。ご協力お願い致します。」




指示通り他の人と協力しながら椅子を並べていく。周りでは椅子を並べている者同士でコミュニケーションをとっているところもあった。




「キミは随分若いね~。この中ではダントツ若いんじゃない?」




とカナミさんに話しかけられた。一瞬嬉しさが込み上げたが、ここに来るような人種とこれから仲良くなるようなことは無いと思い直し、適当な返事を返してその場は切り抜けた。


すっかり円になって、大人しく椅子に座っていると、またすぐに指示が入る。




「では、これより皆様には両隣の方と手を繋いで頂きます。」




チラリと両隣を見た。左隣には先ほど話しかけてきたカナミさん。右隣は震えるおばさんだった。




「これは皆様の心を一つにするための下準備のようなものですので、10分程その状態で瞑想をしていただきます。」




「10分も!?」という叫びが喉奥から出かかって、思わず右隣を見る。妖怪震えババアはどこか一点を凝視しながら何かを小さく呟いていた。




「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」




現実から目を背けるように左隣を見ると、カナミさんが静かに笑っていた。よく見るとかわいい。地獄と天国である。




10分が終わった頃には背中が汗でびっしょり濡れていた。小刻みに震える妖怪の、小枝のようにか細い手を握りながら、ここに来たことをひたすらに後悔した。




「す、すいません。手汗がひどくて・・・。」




「いやいや大丈夫、気にしないで!」




笑顔で応えるカナミさんであったが、僕に見えないようにハンカチで手を拭っているのを視界の隅で見てしまった。「違うんだ!隣のババアがあまりに怖いから!」という弁解を思わずしたくなり、唇を噛んだ。




「よし、じゃあ始めますか。」




権藤が、ぱんっと軽く手を叩く。乾いた音が部屋に軽く響いた。




「今から権藤さんが皆様の手に触れていくので、皆様は手のひらをこのように、上に向けてお待ち下さい。」




言われたように、皆手のひらを天井に向け、両膝に乗せた。僕もそれに倣う。


権藤はその手に両手をそれぞれ乗せていく形で、ゆっくりと順々に手に触れていく。


もし動画で見た通りなら、この後僕達は気を失う。この時、この瞬間『何か』をされて。


心臓の鼓動が強くなるのを感じた。左隣のカナミさんの前に立ち、手に触れる。もう権藤はすぐそこである。




「おや、君汗だくだねえ。冷房、もう少し強くしとくべきだったかな?それとも緊張してるのかい?」




ガハハと豪快に笑い、カナミさんの手に触れ終わった権藤は僕の両肩をバンバンと叩いた。




「大丈夫だよ。すぐに終わる。」




そう言うと権藤は僕の両手に軽く手を添えた。

僕は意識を集中させる。芹沢百子の血痕から記憶が読めたのだから、直接触ったら何か記憶を読めるかもしれないと思ったのだ。


だが、当然何も読み取れず、また何かされたような感覚もなく、あっさりと僕の番は終了した。やはり生者から記憶を読み取るのは神永だけの特権らしい。


隣では既に「おや、あなたも緊張してるのかな。ガハハハ!」という笑い声が聞こえる。


こうして準備は無事終了し、儀式は第二フェーズへと入っていく。


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