くだらない物語と、死にざかりな僕達。

これは、死に魅入られた人々のお話ーー
金本シイナ
金本シイナ

1-2 妖しい女子生徒(挿絵あり)

公開日時: 2022年7月26日(火) 18:37
文字数:3,305

病院に足を運んだ後日の放課後、僕は桜木高等学校の3階にある3ー2教室の前に立っていた。

閉校ギリギリであるし、何より昨日自殺した生徒が出たクラスである。予想通り、教室内に残り、談笑しているような生徒は誰もいなかった。


病院とは訳が違い、この奇行を誰かに見られてはたちまちに学校生活が送りにくくなる。周囲を入念に確認した後、音を立てない様に教室の扉を開き、中に入った。外はもう暗くなりつつあり、中も当然電気がついていない。薄暗く、無人の教室はより一層不気味に見えた。


芹沢百子の席は一番窓側の前から3番目の席である。昼ごろ下見のためにここを来た時、ひとつだけ空席の机があった。恐らくこれだろう。3ー2の生徒は皆、不自然にここの席を避けるように行動していた。視界に入れようとせず、なるべく触れようとせず、いつもと変わらない生活を送るように心がけているようだった。だが空虚に空いたこの机が、どうしようもない違和感を教室内に残していた。周囲の生徒も、ちらりとこの机を見ては、見てはいけないものを見てしまったかの様にすぐに目を逸らしていた。




「可哀想ですねー。まるでいなかったかの様にされるなんて。」




机の前に来て思わず呟く。でも僕はそんな事はしない。彼女に何があったのか、何を想い、なぜ死を選んだのか。それをしっかりと胸に焼き付け、彼女という存在を必ず覚えて生きていく。こんなに彼女の為になる人間は、僕以外に居ないだろう。


幸いにも、自殺者の記憶を覗き見るのはこれが初めてである。どんな感情が観れるのか楽しみだ。


そんな事を考えながら机に手を触れようとしたその時だった。




「何をしているの?」




全身の神経が逆立つのを感じた。内心、酷く動揺したが、なるべくゆっくり落ち着いた動作で声のした背後を振り向いた。


そこには、スラリとした髪の長い女子生徒が立っていた。廊下は電気がついているので、彼女の姿がハッキリと見える。少なくとも幽霊ではないということを確認し、僕はゆっくりと返答した。




「すいません。不審ですよね。僕は1ー3クラスの蓮見レイです。実は僕、百子先輩の後輩でして。」




作り笑顔をして、女子生徒の様子を伺う。鋭い目つきをしていた。睫毛が長く、全体的に顔も整っているが、それよりも氷を思わせるような冷たく鋭い目が、彼女の顔のパーツの中でも一際目立っていた。




「百子先輩が、その・・・生きていた時に仲良くさせて頂いていて。どうしても先輩にコレを渡したかったんです。」




そういって僕はバックから適当に花屋で買った花を取り出した。こういう不測の事態に備えて、前もって設定を作っておき、こういった小道具も用意しておいたのだ。今回は学校の中で行う為にリスクが高い。それ故にしっかりとした準備をしてきた。


この演技のポイントは「生きていた」というワードを言いにくそうに言う所である。まるで芹沢百子が死んだという事実にまだ現実味を持てていない感じを出すことにより、演技にリアリティを出しているのだ。我ながら俳優になれるのではと思った。


理由付けは少し無理矢理だが、悪い事では無いので少なくとも白い目で見られるようなことはないだろう。




「お墓が出来てから供えれば良いと思うのだけれど。それに学校の机の上に花が突然供えられてたら皆びっくりするわ。」




「・・・そうですね。」




相変わらずの無表情で彼女は答えた。意外と突っ込んでくるな、と思った。ここまでしておけば普通は気を遣って話しかけてこないだろうと思っていたが、もっと他にまともな言い訳にしておけばよかっただろうか。




「すいません。つい、気持ちが抑えられなくて・・・。先輩が死んだだなんて、受け入れられなくて・・・。」




僕は悲しげな顔をして遠くを見つめる。だが、彼女はそんな僕の演技を完全にスルーし、薄暗い教室にツカツカと入って来て芹沢百子の席のすぐ後ろの机に静かに腰掛けた。窓から入る僅かな光で、彼女の白い顔の輪郭がぼんやりとして見える。


鋭い眼球が妖しく光った。




「貴方、本当に彼女の知り合い?」




まるで、彼女の目は僕の芯を貫くかのように鋭い。残念ながら、僕はなぜか疑われているようだ。だがここで引き下がると更に怪しまれる。




「疑ってるんですか?僕のことを。貴女こそ、何者ですか?先輩とどういうご関係なんでしょうか。」




少し語気を強めた。ここはやや怒っておくべきだろう。仲が良かったのに見知らぬ人間にその仲を疑われたら、怒るのが自然である。そもそも、彼女と芹沢百子との関係性も知っておきたい。




「私は、彼女の同級生よ。そしてかけがえのない友人でもあった。」




まぁそうだよな、と思った。でなきゃここまで首を突っ込んでこないだろう。


冷や汗が全身から吹き出した。それは彼女が、芹沢百子をよく知る人物だと知って焦っているからではない。


何故だろう。何故、こんなにも彼女には不思議な圧迫感があるのだろうか。特に彼女の目。あれのせいで、まるで生きたままピンで標本される虫のように、僕の体は硬直させられてしまうのだ。




「もし貴方が、彼女が死んでもなおこの机にイタズラをしようとする軽薄で心ない人であったら、私はそれを彼女の友人として厳しく叱責しなくてはいけないわ。」




眉をひそめながらそういうと、彼女は静かに人差し指を立てて言った。




「彼女の誕生日を言ってみなさい。仲が良かったのなら言えるでしょう。」




クソ、ただ観賞会をしに来ただけなのにどうしてこうも僕が追求されなくてはならないのだ。この女、不愉快極まりない。


だがこの僅かな間に、僕はこの最悪の事態に対処する方法を咄嗟に思いついた。自分の頭脳明晰さを自画自賛したくなると同時に、神にこの幸運を感謝したい気分だ。この僕を暴こうなど100年早い。内心僕はほくそ笑んだ。




「先輩の誕生日、ですね?」




なるべく落ち着いた声色を作り、掌に意識を集中させる。




「それはーー」




目を瞑り、なるべく自然な動作で手を机に近づけた。




ーーだが、その手が机に触れる事は無かった。彼女が唐突に僕の手首を強く掴んで来たのである。そして、凍てつくような視線で僕の目を覗き込み、言った。




「サイコメトリー」




思わず、僕は彼女の手を振りほどき、後ろに飛びのいた。勢いづいた拍子に後ろの椅子にぶつかり大きな音が鳴った。心臓の脈打つ鼓動が急速に速くなる。なんだこの女は。何故そのことを知っている。どうしてだ。気味が悪い。様々な疑問符が頭の中を駆け巡った。




「そう警戒しなくても良いわ。別に貴方をどうこうしようって訳じゃ無いもの。」




彼女は相変わらずの無表情で、まるで感情の波を感じさせない。


何故この能力知っているのだろうか。僕はこの能力を手に入れてから誰にも口外していない。もっとも、口外したところで誰にも信じてもらえないから尚更である。




いや、それよりもーー




「・・・お前の意図が見えない。どうして僕の事を待ち伏せしていたんだ。どうしてここに来るのが分かった。」




彼女が最初から僕と接触するために潜んでいた事は状況からして明白である。だが何故僕と接触しようとしたのだろうか。果たしてその目的が何なのかがわからない。




「・・・私の経験上『死』に近付いた者ほど死に魅入られていく。」




僕の質問には答えず、彼女はゆっくりとした妖しい口調で語り始めた。




「近づくきっかけは人によって様々で、自殺を考えた事があったり、身近な人が死んだり、他人を殺したり。」




そしてゆっくりと僕の方に向き直る。彼女は、僅かに笑みを浮かべている。その笑みはあまりにも妖艶で、薄気味が悪かった。




ーーー貴方がどんな近づき方をしたのか、私は知っている。





「ーーっ!だからっ!」





思わず声を荒げた。何なのだこの女は。なぜ「あのこと」を知っているのだろうか。頭の中を覗き込まれたような気がして、目の前の彼女が得体の知れない化け物に見えて、僕は猛烈な不快感に襲われた。




「目的については後で話すわ。それが知りたいのなら、私について来なさい。」




彼女は口に人差し指を当ててそう言い、さっさと教室を出て行ってしまった。緊張が、張り詰めた糸を切ったかのように途切れる。




「いやっ、ちょっーー!」




僕も後を追い、慌てて教室を出た。


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