くだらない物語と、死にざかりな僕達。

これは、死に魅入られた人々のお話ーー
金本シイナ
金本シイナ

1-10 魂の存在証明

公開日時: 2022年7月26日(火) 18:45
文字数:4,442

一通り周った権藤は、再び壇上に上がった。




「ハイ、それではこれより皆様には『魂の実在』を体感してもらいます。有り体に言えば、幽体離脱ですな。」




両目を瞑り、少しの間精神を集中させるようなそぶりを見せた後、ゆっくりと目を開き、僕たちを見渡す。




「心の準備は良いですかな?それでは、始めます。」




部屋の中に再び緊張が走る。張り詰めた静寂の中、権藤は腹の奥底から響く力強い声で念仏のようなものを唱え始めた。


しんと静まった部屋の中、低い念仏の声だけが神妙に流れる様は、葬式を僕に想起させた。


彼が本当に能力者なら、僕は今から彼の能力をモロに喰らうということになる。ただただ純粋に怖い。能力を喰らった後、果たして僕は今の僕と同じでいられるのだろうか。実は権藤の能力は相手を洗脳するというもので、僕は洗脳されて彼の言いなりになってしまうのでは無いだろうか。あの動画の参加者たちは実は洗脳されていて、あのようなセリフを口々に吐いていただけではないのだろうか。


来る前は考えもしなかったくせに、今更になってそんな可能性を並び立てては不安をいたずらに募らせる。




権藤の唱える低く重い念仏の声が、より僕の不安を煽る。額から、冷たい汗が流れ出る。荒くなる呼吸を抑え、押し寄せる不安を防ぐ様に、僕は両目を強く瞑った。




ふと、念仏の声が聞こえなくなった。終わったのだろうか。恐る恐る目を見開いてみる。




ぼやけた視界から、徐々にピントが合ってくる。




まず最初に目に飛び込んできたのは、高校生と思しき男の頭頂部ーーーーーーいや、




恐らくは、僕の頭頂部だ。




「浮いてる...」




思わず呟いた。壇上の権藤が、こちらを見て僅かに笑ったような気がした。こちらの声が聞こえているのだろうか。


兎に角、浮いている。妙な感覚だ。見る限り僕の体は半透明、服装はここに来た時と同じだ。体感も何というか奇妙な感じだ。体の中身がごっそり抜けていて、妙にふわふわと身体が軽い感じがする。まあ身体は無いのだから、当たり前と言えば当たり前だが。まさに魂だけ、といった感じだ。


周囲を見回すと、僕と同じように参加者は皆宙に浮いている。驚嘆する者や、パニックになる者、呆然とする者など、反応は様々である。


あのおばさんに至っては、喜びとも恐怖とも取れる奇声を発しながら、珍妙な姿勢で部屋中を飛び回っている。この状態だと空中をある程度移動できるらしい。フワフワと、それこそ幽霊のように。


しかし、これで権藤の正体はハッキリとした。こいつは能力者であり、芹沢百子とも十中八九関係している。幽体離脱はこの男無しでは出来ないと仮定すれば、あの一連の事件もこの男の主導で間違いないだろう。


これが確認できた時点で、僕の仕事は達成された。この後の判断は神永に任せる。あとは、僕自身の目的を果たすだけである。




「それではそろそろ...」




そう言って権藤が手を叩くと、気がついた時には僕は体に戻っていた。体にも意識にも何の異常もない。ほっと一息安堵した。




「何だ今のは・・・」


「信じられない!」


「あぁ、権藤様・・・!」




至る所で参加者の感想が飛び交っている。それを権藤は満足そうな笑顔で眺める。




「これが、今まさに皆様に体験していただいた『魂の実在』です。今までの人類の歴史の中で、魂というものが人間の中に存在するのか、という議論は度々されてきました。当然です。魂というものがもしなければ、死後の世界なんてのは全て嘘っぱちということになる。宗教は全否定され、我々は死んだ後ただの『無』になるということになる。それはとても、とても恐ろしいことです。つまり、魂というのは宗教における重要なファクターなのです。それをみなさんにはたった今確認して頂いた。そしてここから話すことが我々エーテル会の理念であり本題なのです。」




権藤は壇上で襟を正し少し長めの間を置く。スピーチをする人間がやるテクニックだと何かの本で読んだ事がある。ああして聴衆の注意を惹くのだ。




「私は、この幽体離脱を繰り返し、過酷な精神修行をした果てに『死後の世界』をこの目で確認することに成功しました。」




参加者がどよめく。ここに来るものは多かれ少なかれ、そういったスピリチュアルな話に関心が高い。耐えきれず誰かが質問した。




「その死後の世界とはどのようなものなのですか!?地獄や天国は本当に存在するのですか!?」




権藤は軽く手を上げ、どよめく聴衆を制した。静寂が作られた後に、厳かに彼は答え始める。




「貴方のその質問に、私は答えても良い。ただ、答えたところで果たして、皆さんがその答えに納得するかどうか、信じてもらえるかどうかは分からない。私は皆さんに、実際にその目で確かめた上で、死とはどういうものなのか、生きる事の目的とは何なのか、その真理を皆さん自身の力で導き出して欲しい。最初から答えを教える教師など、居ても意味が無いでしょう?世界旅行から帰ってきた友人に、人生観がこのように変わったぞと話されても、正直ピンとこないでしょう?実際に解かなくては、実際に行ってみなくては、自分のものにはならない。真理とはそういうものなのです。自らの力で導き出してこその真理。そしてその先に、貴方がたの救済があるのです。」




権藤が両手をゆっくりと広げ、決めポーズをとる。それに対して後ろに並んでいた信者が、拍手をし始めた。参加者も釣られて拍手をする。最初はまばらに、次第に大きく。最終的には感動、感激のこもった拍手喝采へと変貌した。


思わず唸ってしまう程に、大した口上と空気の作り方であった。どうせそのあと「じゃあどうやったら死後の世界見れるか学ばせてあげるからお金払ってね?一緒に頑張ろうね!」とか言いだすつもりなんだろうが。


だがなにせあの強烈な体験の後である。ただのペテン師とは訳が違う。あの体験をした後であれば、もう誰も権藤の話す事を疑う者は居ない。僕も能力者の存在を知らず、何かの間違いであの体験をしていれば、権藤に畏敬の念を抱きつつ喜んでエーテル会に入信していたかもしれない。




「うちの娘は!うちの娘は、天国に行けたのでしょうか!それだけでも良い!それだけでも良いから教えて下さい権藤様ぁ!」




唐突に誰かが叫んだ。声の方を見ると、あのヤバいおばさんだった。周囲の人もびっくりしたようにそちらを見ている。


立ち上がり、髪をかき乱し、金切り声を上げて半狂乱である。誰がどう見たって関わりたくない人種だ。




「私の娘はかつて貴方の信者でした!名前は百子です!芹沢百子と言います!」




「えっ・・・」




思わず声が出て、慌てて口をつぐむ。大丈夫、おばさんには気づかれていない。


とんでもない偶然である。ともあれ、あれが母親であるなら、なんとなく芹沢百子がこのエーテル会に救いを求めた気持ちも理解できる。彼女の記憶で垣間見たが、彼女の父親は日常的に家庭内暴力をふるっていた。母親は助けなかったのかと疑問に思ったものだが、あれでは無理だろう。


権藤は神妙な面持ちで、ゆっくりと壇上を降りる。信者や参加者から畏敬の視線を浴びながら、彼女の元へ歩いていく。




やがて彼女の前にたった権藤は唐突に、勢いよく彼女を抱きしめた。




「あんな事になって、彼女のことは残念でした。大丈夫、私は彼女を覚えています。熱心な子でしたからね。そして、彼女はきっと死後の安らぎを得たことでしょう。」




そして彼女の肩を両手で掴み、力強く見つめる。彼には不思議な眼力がある。あれはおおよそカリスマ性の高い者にしか持ち得ないものだろう。




「そしてそれは、貴女自身の目で確かめるのです。貴女自らが死後の世界に出向き、そして言ってあげなさい。『私はあなたの分まで生を全うする。だから安心してそこで待っていてくれ』と。このエーテル会で修練を積めば、きっと貴女はまた娘さんと逢える!」




再び拍手が湧き上がる。しかしそれは信者達から始まったのではない。今度は参加者達が、自然と拍手をし始めたのだ。


権藤と、涙を流しながら抱きしめられる彼女。それを包み込むように、拍手は鳴り続ける。なんとも素晴らしい感動的な絵面だ。


だが、それとは対照的に、僕は芹沢百子が起こした一連の事件についてあれこれ考えていた。あの芹沢百子の母親は一度も彼女の死因について言及していない。にも関わらず権藤は「あんなことになって、彼女の事は残念でした」と言った。彼女の死因を知っているという事は、やはり権藤と芹沢百子には何か密接な関係があったという事で間違い無いということだろう。




しばらくたち、ほとぼりも冷めたところで、後ろに並んでいた信者のうちの1人が声を上げた。




「それでは権藤照影様のダーマの儀、これにて終了とさせて頂きます。何か疑問などございましたら、まずはお手元のパンフレットにあるQ&Aをご覧になって下さい。また、それ以外に何かご質問がある場合は、今この場で受け付けますので、質問がある方は是非挙手して頂ければ。」




ここぞとばかりに僕は手を上げた。ここしかない。このタイミングでしか、兄の事を直接権藤に聞けない。


促され、僕は起立する。まずは彼の反応を観察してみなくては。




「権藤様、僕の兄のことについても何かご存じでしょうか。名前は蓮見ハジメと言います。彼は1年ほど前に失踪しているんです。もし何か覚えている事があれば、なんでも良いので僕に教えて頂けないでしょうか?」




壇上にいる権藤の眉が、ピクリと少し動いたように見えた。




「・・・申し訳ない。残念ながらその名前に覚えはないね。その、彼はエーテル会の信者かな?そうであれば名簿を確認させるから、君は少しそこで待っていなさい。確認が取れ次第、私達が知る限りの情報を君に渡すよ。君も、大変だったね。」




僕は一礼し、着席した。兄が信者だったかどうかは知らないが、確認してもらえるならそれが良い。ただ神永は、兄が直接権藤と接触していたと話していた。わざわざそう伝えたのだから、権藤もその事を覚えていそうなものだ。それにもかかわらず知らないフリをしているという可能性がある。それならますます怪しい。


だがそれは同時に危険でもある。兄の失踪の原因が権藤であるなら、僕はもしかしたら消されるかも知れない。なにせ相手はエーテル会の教祖、権力者であり能力者である。ここから先どんな危険な事が待ち受けているか分からない。




周りの参加者達は信者に先導され、先にぞろぞろと部屋を出ていき、僕は部屋に1人残った。


逃げ出すなら今だろうかと、僕は考える。だがやはり、ここまできて逃げる訳にはいかない。警察ですら追えない兄の消息を、掴むチャンスが目の前にあるのだ。


暫くして初老の白髪混じりの信者に声をかけられた。




「先程の件、確認が取れました。権藤様がお呼びですので、私についてきて下さい。」




心臓が強く脈打つ。直々に権藤が呼んでいる。これは少し不味いことかもしれない。何か嫌な予感がするが、かといって今更引き下がるわけにもいかない。僕は黙って信者の後についていくことにした。

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