神永の屋敷から帰る道中で、僕は彼女との会話を思い返していた。
「あの時止めておいて今度はまた調べてこい、か。じゃああそこで僕に能力使わせとけよ。二度手間じゃないか。」
僕は悪態をついた。
「で、芹沢百子は能力者に殺害されたかもしれないって事か?」
「その可能性が有るって事よ。」
「根拠は?」
「ここ1ヶ月の間で、ここ桜木市内で発生した飛び降り自殺は芹沢百子で13人目よ。明らかに、多すぎる。今まで色々なケースを見てきた私の勘が、能力者の存在を知らせているわ。でも勿論、桜木市は人口が多いから、偶然自殺者が重なっただけかもしれない。だから貴方に確かめてもらおうというわけよ。」
「分かったら早く帰って」と気怠げに、神永はしっしっと追い払う動作をした。相当疲れているらしい。会話にストレスを感じているのだろう。それとも、余裕そうに見えて案外、彼女もこの「交渉」に気を張っていたのだろうか。
全てを終え、屋敷の外に出てみると完全に夜になっていた。欲を言えば気を利かせて、この屋敷に来たように車で家まで送ってもらいたかったが、別に遅くに帰ったからといって何か問題があるわけでもない。
僕は道中のコンビニエンスストアで食べ物と飲み物を買い、家へ帰った。
「ただいま」と一応、声を発する。明かりもない薄暗い廊下に、僕の声は虚しく吸い込まれて消えた。家の中には母がいるはずだが、返事は返ってこない。最近はいつもこうだ。ふと玄関に目をやると、床に千円札が乱雑に置かれている。これで食事を買えということなのだ。これも、いつものことで有る。
階段を上り自分の部屋に入る。ドアを閉じ、買ってきた商品をベッドの上に乗せ、横になった。
「あーーー・・・疲れた。」
あのやり取りで疲労を感じたのは彼女だけではない。むしろ彼女より疲労する要素が僕には沢山あった。
横になりながらビニール袋から肉まんを取り出し、口に運ぶ。やや冷えている。温め直そうにも、電子レンジがあるリビングには母がいる。思わず溜め息が漏れ出た。
神永無月。彼女は本当に不思議な雰囲気を纏っている。どうにも彼女と接していると落ち着かない。それは性格のせいか、それとも能力のせいか。そういえば、能力者という事は彼女にも能力を得るきっかけが何かあったのだろうか。それに、能力者探しの目的もやはり気になる。明日以降機会があれば聞いてみよう。
ぼんやりとそんなことを考えながら、食事を終えた僕は頭から布団を被り、眠りについた。食事以上の事は、もうこれ以上する気が起きなかった。
後日放課後、僕はまたあのクラスの前に立っていた。あの事件からまだ二日しか経っていない。あの気まずいクラスの空気感から推測するに、今日も放課後に残る奴はいないと踏んでいたが、やはりその予想は当たっていた。教室の中の電気はついておらず、校庭から聞こえる運動部の掛け声とは対照的に静寂が流れていた。
「デジャブだなぁ・・・」
昨日の様にまた扉を開け、芹沢百子がかつて座っていた席の前まで歩く。取り除かれていないか少し心配だったが、まだ残っていてよかった。
机を見下ろす。どうも、あまり気が乗らない。あの時に興醒めしたのもそうだが、他人にやってこいと命令されると、趣味でやる時とは違ってなんだか仕事の様な気がしてやる気が削がれる。彼女の命令なら尚更である。
「ま、良いけどさ。」
僕は腕まくりをすると掌に意識を集中させ、軽く机に手を触れた。机の硬く冷たい感触が伝わると同時に、断片的な記憶の濁流が頭に流れ込む。
周囲の視線、嘲笑、転がる青いバケツ、濡れた制服、通行人の笑み、ヒステリックな女性の声、暴れる男性、視界を覆う拳、揺れる世界、血濡れた床、憎悪、無気力、悲しみ、絶望、迷い。
「んー。特に何もないな。」
一通り観終わり、机から手を離す。この机から感じ取れる限り、異常性を持つ記憶は無かった。彼女は虐められ、父親から家庭内暴力を受けていたようだ。おそらくはそれを苦にしての自殺といったところか。だが、僕が期待していた記憶とは違った。というのも、僕は自殺する直前の光景と記憶を観たかったのだ。自ら死を選ぶ人間は一体何を考え、自由落下が終わる直前に何を思うのかに興味があったのに。
そして僕はどうすれば良いか考えた。当たり前だが、彼女が自殺をしたのは最後にこの机に座った後のことである。病院のベッドばかりを使っていて失念していたが、死の直前まで観るにはその時まで本人が使っていたものでなくてはならない。つまり、自殺直前の記憶がここに無いのは当然であり、彼女のその記憶を観るには、彼女がその時身につけていた物が必要ということになる。
しかし、そんな物は当然無い。
僕は頭を悩ませた。神永の思い通りになっているようで癪だが、僕は兄の手がかりとおまけのお金が欲しくて必死なのだ。
芹沢百子の机に腰掛け、その机を撫で回しながら暫く考えた後、ようやくひとつだけアイデアが浮かんだ。完全な思いつきだが、やってみる価値はある。
あまりの気の進まない内容ではあるが、もうそれは性分なのだろう。目の前にぶら下がる報酬と、新たな記憶の追体験を思うと、ついついまあ良いかという気持ちになってしまうのであった。
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