オッドの方はマーシャの勧めもあって、本格的に料理人としてやっていくつもりらしく、勉強に励んでいる。
砲撃手としての腕も落としていないが、料理人としての勉強に本腰を入れていて、マーシャやクラウスの紹介で、ロッティだけではなく、いろんな惑星の有名な料理人のところに出向いて、教えを受けている。
将来は小さなレストランを経営して、シオンと二人でのんびり暮らすのが夢らしい。
シルバーブラストのメインシステムであるシオンが本格的に船を離れるのは困るので、しばらくはお手伝いという形になるだろうが、シオンがいなくてもシルバーブラストのシステムを維持出来るような新システムをヴィクター達と一緒に考案中らしい。
シルバーブラストの為にシオンを造った筈だが、シオンが望むのなら、その理由も台無しにしてしまって構わないというのがマーシャの結論だった。
本末転倒だが、仲間を大切にするマーシャらしい決断でもあった。
シャンティの方は電脳魔術師《サイバーウィズ》としての能力を活かす為のフルスペックマシンの開発に勤しんでいたりもした。
自分でいろいろと試してみて、どうやったら自分の能力をフルに活かせるようになるかを考えて、リーゼロックの研究データも提供して貰って、シルバーブラスト内にフルスペックマシンを設置したりもしていたし、家の中にも専用マシンを設置している。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としての能力は既に最高峰だが、それでも可能な限り成長したいと考えているらしい。
自分が電脳魔術師《サイバーウィズ》として活動出来るのは、恐らく後十年だと考えている。
二十代前半が限界だろう。
それ以上は生身の脳が保たなくなる。
電脳魔術師《サイバーウィズ》の活動限界年齢が二十代前半までなのだ。
中には後半まで粘る人間もいるが、高確率で脳が焼き切れて廃人化してしまう。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としての自分に高い矜持を持っているシャンティだが、廃人になるまで頑張りたいとは考えていない。
自分はその為に生み出されたのだから、もう少し長く活動出来るのかもしれないが、それでも限界はやってくるだろう。
それまでに出来るだけ高みに上り詰めることが目標だ。
シオンは別格だが、それ以外では最強の電脳魔術師《サイバーウィズ》になりたいと思っている。
それが少年なりの過去の清算方法でもあった。
シャンティ少年の過去についてはまた語る機会もあるだろう。
今はただ、無邪気に目標に向かう姿を見守っていて欲しい。
という感じで、それぞれがそれぞれの時間を過ごしている半年だったが、その間にも時間は進み、研究も進んでいる。
そしてユイ・ハーヴェイに任せていたフラクティール・ドライブが実用化間近だという知らせを受けたのがちょうど一週間前のことだった。
そしてそのタイミングでシルバーブラストの性能強化も完了したので、マーシャがまずは試運転を兼ねた訓練を行いたいと提案したのだ。
全体的なスピードと防御能力、そして天弓システムの性能も上がったらしい。
同時に慣性相殺の強化も行われているので、スピードを上げても船内に居る人間にダメージは無い。
あくまでも理論値なので、実際にどこまでそうなっているのかは分からないが、とにかくシルバーブラストがより強化されたことは確かだった。
そしてマーシャは試運転の場にとんでもない場所を選んだのだ。
原始太陽系。
通常航行でロッティから二日ほど進んだ場所にある危険地帯。
防御能力も上がったシルバーブラストの試運転をするにはうってつけの場所だというのがマーシャの意見だった。
そして不味かったのが、その前にレヴィが同じ場所で訓練をしていたというのを聞いてしまったからだ。
スターウィンドの性能があまりにも高すぎるので、原始太陽系も突っ切れるんじゃないかと思ったのがそもそもの始まりらしい。
その原始太陽系は直線距離で進めば一時間ほどで抜けられる距離だが、実際に中に入ってしまえば、脱出までにどれぐらいの時間がかかるのかは分からない。
危ないと判断すればすぐに引き返せばいいし、出来るだけのことをやってみようと思ったレヴィが、そのままスターウィンドで原始太陽系に突っ込んでしまったのだ。
ふとした思いつきだったので、マーシャに相談することなく、リーゼロックの宇宙港にある母船を借りて繰り出したのだが、なんと成功してしまった。
母船を自動運転設定にして、自分はスターウィンドで原始太陽系に突入し、何度か死にそうになりながらも、それでも無事に突っ切ってしまったので、とんでもない達成感を得ることが出来た。
自分とスターウィンドならば不可能は無いと思っていたが、こんな非常識までこなせるとは思わなかった。
マーシャの事を常識ブレイカーだと呆れているが、自分も悪影響を受けているらしい。
それでも、原始太陽系に挑んだ自分を少しだけ褒めてやりたい気持ちもあった。
そしてそれを聞いたマーシャがシルバーブラストでも出来ないかな……と対抗心を燃やしてしまったのだ。
レヴィは止めようとしたのだが、マーシャに内緒で危ないことをしてしまった後では強く出られないという弱みがあった。
しかし勝手にスターウィンドと船を持ち出して原始太陽系に挑戦したことに対しては、怒られたりはしなかった。
運が悪ければ死んでいたかもしれない。
マーシャとリーゼロックの貴重な資産を破壊していたかもしれない。
それでも、マーシャは怒ったりしなかった。
レヴィが出来ると判断したのなら、挑戦してみるのがいいというのが彼女の意見だった。
レヴィの事は心配だが、過保護にして肝心の成長を止めたくないということらしい。
挑戦したいのなら、気が済むまでやった方がいい。
マーシャ自身がそうやって生きてきたからこそ、レヴィの挑戦に水を差すようなことはしたくなかったのだ。
ただし、自分が同じ事をしても文句は言わせない。
つまり、レヴィがちょっとした好奇心からスターウィンドで挑戦した以上、マーシャもちょっとした好奇心からシルバーブラストで挑戦してもいいだろう、という理屈になる。
そして目の前に広がるのは原始太陽系。
おいでませ原始太陽系。
スクリーンいっぱいに映る塵と靄。
水素とヘリウムのガスが辺り一杯に広がっている。
それだけではなく、あらゆる場所に岩石が散らばっている。
それはただの岩石ではない。
島一つほどの大きさのものから、惑星一つに匹敵する凶悪なサイズまである。
それらはいずれ一つの岩石型惑星に成長するかもしれない胎児のようなものだが、しかし今はただの岩である。
進路を妨害する邪魔者、いや、マーシャの挑戦に立ちはだかる試練なのかもしれない。
衝突すればただでは済まない。
避けなければならないのだが、画面に広がる塵と靄が視界を見事に塞いでくれている。
あらゆる場所でガス爆発が起こったり、岩石同士が衝突したりもしている。
じっとしているだけでもかなりの危険宙域であることは間違いないだろう。
ガスの乱流に巻き込まれ、異常重力に引き寄せられ、あっという間に宇宙の塵へと化してしまうだろう。
いずれは美しい太陽系へと成長するであろう原始の太陽系も、今は災厄溢れる混沌宇宙でしかない。
「よくもまあ、こんな場所を突破しようと思ったもんだなぁ」
それを見たマーシャが呆れ混じりにレヴィを見る。
レヴィは気まずそうに視線を逸らした。
「まあ、ちょっとした思いつきというか……スターウィンドなら出来そうだなと思ったから我慢出来なかったというか」
「うん。その気持ちは分かるぞ。だから私の気持ちも分かるよな?」
「ははは……分からないとか言ったら殴られそうだな」
「殴ったりはしない。もふもふをお預けにするだけだ」
「分かるっ! ちょー分かるっ! 分かりすぎるぐらい分かるぜっ!」
レヴィの方が分かりやすすぎる反応だった。
しかしこれで文句は言わせない。
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