惑星エミリオン。
セントラル星系第一惑星。
人類の宇宙開拓が進むにつれて、利権を求めて争った各惑星との調停を買って出たのが当時の指導者であり、その偉業を元にエミリオン連合という共生システムが生まれた。
それぞれの居住可能惑星と交渉し、エミリオン連合に加盟するよう説得し、そして平和を維持している。
助け合い、支え合い、そして平和。
それらを提唱しているエミリオン連合は、それぞれの惑星の橋渡しとしての役割を持っていた。
それぞれの惑星で足りない資源、余っている資源などを調整し、流通システムも確立させた。
エミリオン連合の首脳部である議会は、宇宙における最大の権力組織と言われていて、そこの頂点である議長は宇宙最大の権力者とも言われている。
やがてエミリオン連合軍も組織され、各惑星のトラブルや、宇宙航路における平和の維持などに尽力した。
各惑星の技術ノウハウも集まるエミリオン連合軍は、宇宙最強の軍事組織とも言われている。
エミリオンこそが宇宙の中心であり、最強の組織。
世界は、そう認識している。
しかし、それを認めない国もあった。
それらの国を強制的に従わせようとはしない。
少なくとも表向きは。
共生を謳っている以上、加盟の強制は出来ない。
世論を納得させる為にそういうことになっている。
しかし実情はもちろん違う。
エミリオン連合軍首脳部は現在判明している居住可能惑星を一つ残らず連合に加盟させたいと考えている。
その為に水面下で様々な動きがある。
★
「あー……暇だ……」
「少佐。任務中なんですから、もう少ししゃきっとしてください」
「無理。暇だ暇だ暇だ」
「………………」
セントラル星系第九惑星エステリ。
エミリオンのお膝元であるセントラル星系にありながら、長年エミリオン連合への加盟を拒んできた惑星でもある。
エミリオン連合軍第七艦隊所属であるレヴィアース・マルグレイト少佐は現在惑星エステリにいた。
副官であるオッド・スフィーラ大尉も同様だった。
彼らはエミリオン連合軍第七艦隊所属であり、本来は戦闘機操縦者であり、つまり地上の警備任務は専門外なのだが、今回は人手が足りないということで、彼らが地上警備に回されたのだ。
現場の指揮官はもちろんレヴィアースであり、オッドはそのサポートに回っている。
レヴィアースは第七艦隊の第一戦闘機部隊の隊長なので、現地には彼の部下が警備に入っている。
戦闘機の操縦が専門であっても、軍人である以上、地上での戦い方も心得ている。
銃器の扱いから格闘まで、全てがプロフェッショナルだ。
階級を考えればもっと上の方で指揮を執ってもいい筈なのだが、現場の叩き上げであるレヴィアースは敢えてこの立ち位置に居る。
叩き上げであるが故に士官教育も促成タイプのものしか受けておらず、まともに采配を振るうことなど面倒だと思っている。
現場の部隊指揮ぐらいなら問題無くこなせるが、艦隊レベルの指揮など御免被りたい。
というよりも、自分は戦闘機に乗って戦っている方が気楽なのだ。
出世しすぎて戦闘機にも乗れず、艦橋で指示を出すだけの上官などにはなりたくない。
そんなものは他の人間に任せる。
というよりも、さっさと軍人を辞めたい。
退役したい。
そう考えている。
「はぁ~。さっさと軍人なんか辞めてしまいたいな……」
「またいつものぼやきですか」
「悪いか?」
「いいえ。ですが俺の前以外では遠慮して下さい。士気に関わります」
「分かってるさ。オッドの前でしかこんなことは言わない」
「………………」
それだけ気を許してくれているのはありがたいが、こんな姿は部下には見せられないと内心で嘆くオッド。
長椅子に寝転がってのんびりしている姿は休息中と言えなくもないが、本心ではうんざりしているのが分かってしまう。
レヴィアース・マルグレイトは戦闘機操縦者にとって生きた伝説であり、生き神のような扱いになっている。
レヴィアースに憧れてエミリオン連合軍に志願し、戦闘機操縦者になった軍人も少なくはないのだ。
第一戦闘機部隊にもレヴィアースに憧れている人間はかなり多い。
というよりも、全員が彼に心酔している。
だからこそ、彼には立派な上官として振る舞ってもらう必要があるのだ。
「はぁ~。本来なら俺、休暇中なんだぜ。長期休暇を申請して、実家に戻る筈だったんだぜ?」
「任務が入ったんですから仕方ないでしょう」
「分かってるけどな。俺の休暇……」
「ご愁傷様です」
「その一言で済ませるなよ。癒やしが欲しい。休暇が欲しい」
「駄々をこねられても困るんですけど」
「お前の前でぐらいこねさせろよ」
「………………」
そう言われると弱い。
せめて自分の前では許してあげようという気持ちになってしまう。
「他の人間が来たらしゃっきりしてくださいね」
「努力する」
「結果を要求します」
「厳しい部下だな」
「………………」
どちらかというと甘いと思うのだが。
しかしレヴィアースがごねてしまうと面倒なので口には出さない。
しかしレヴィアースものんびりはしていられなかった。
すぐに他の部下がやってきたのだ。
「入ってもよろしいでしょうか」
「少し待て」
若い女性の声が聞こえる。
扉の向こうにいるのは、恐らく新入りの隊員だ。
レヴィアースではなくオッドが答える。
今のレヴィアースならばそのまま入ってこいと言いかねない。
それは困るのだ。
何が困るかというと、その女性も含めて第一戦闘機部隊にはレヴィアースの信奉者しかいないので、こんな情けない姿は晒せないという事情があるのだ。
憧れの少佐殿が気怠そうに長椅子で寝転がっている姿など、とても見せられない。
「………………」
口で言っても無駄だと分かっているので、オッドは問答無用でレヴィアースを引き起こす。
レヴィアース自身は自分への信奉など少しぐらいは廃れてくれた方がありがたいと思っているので、情けない姿を見せることに抵抗はない。
しかし彼の副官は断じてそれを許さなかった。
「ぐえっ!」
首根っこを掴んで引き起こされたので、レヴィアースは苦しげに呻いた。
その上でオッドを恨めしげに睨む。
いきなり何しやがる、とその金色の目が訴えているが、アイスブルーの冷徹な瞳はそれを一刀両断した。
何か文句があるのか、とバッサリ切り捨てられる。
「うぅ……」
こういう時のオッドは恐ろしい。
逆らえない空気がある。
レヴィアースは泣く泣く引き下がった。
「入っていいぞ」
そしてレヴィアースの準備が完了したことを確認すると、オッドが入室を促す。
「失礼いたします」
入ってきたのは女性というよりもまだ少女だった。
幼さが残る風貌にはレヴィアースへの憧れがしっかりと現れている。
身長はそれほど高くはないが、訓練された身体にはしっかりと筋肉がついていて、華奢だとは感じさせない。
しなやかな印象の少女だった。
明るい茶色の髪をショートカットにして、軍人として動きやすいように気を遣っている。
女の子としては髪を伸ばしていろいろなヘアスタイルを試したいのだろうが、今はそんなことよりも自分自身を鍛えることの方に夢中なのかもしれない。
黒い瞳にはしっかりとした意志の強さが宿っており、軍人として頼もしい印象を与える。
まだ十六歳になったばかりなので、士官学校を卒業して間もない。
隊員というよりは見習いの扱いだが、それでも彼女の才能は本物だった。
レヴィアースが目をかけていて、時々個人的に模擬戦をしてやるのがその証拠だ。
少女の名前はカミュ・イオナ。
階級は少尉だが、現場の下士官達よりも実力ではかなり劣る。
しかし年齢と経験を考えれば驚異的な実力の持ち主でもある。
エミリオン連合でも指折りのラフィール機操士学校をトップで卒業したエリートでもある。
しかしエリートにありがちな思い上がりは無く、常に上を見据えて動いている。
彼女が首席卒業の特権を利用したのはただ一度のみ。
希望配属先を自分で選べるというものだった。
つまり彼女は望んでレヴィアースの指揮するエミリオン連合軍第七艦隊第一戦闘機部隊へとやってきたのだ。
「おう、どうした? カミュ」
レヴィの方もカミュのことは妹のように可愛がっているので、気さくな態度で接している。
今更上官としての威厳は求めていないが、必要以上に下がるのは困る。
「はい。軌道上の第七艦隊からの連絡です。地上装備が間もなく届くので、受領手続きをするように、とのことです」
「おう。ご苦労さん。こっちでやっとくから、カミュはゆっくりしていていいぞ」
「はい。ゆっくり訓練に励みます」
「……いや。のんびりくつろげって意味なんだけどな」
「今は任務中ですから」
「いや、任務中でも息抜きは必要だろ? 張り詰めてると疲れるぞ」
「いいえ。大丈夫です。訓練も楽しいですから」
「そうか。まあ、頑張れ」
「はい。頑張ります」
笑顔で一礼して出て行くカミュ。
一生懸命で一途なところはかなり好感が持てる。
カミュが出て行くとレヴィアースは再び寝転がった。
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