そして朝食を終えてロビーに移動したところで、見知った顔が現れた。
「お、おはようございますっ!」
緊張したように挨拶してくるのは白いワンピースの少女だった。
昨日見たばかりの顔。
ティアベル・ハイドアウロ嬢だった。
昨日のこともあるのでかなり緊張しているのだろう。
「おはよう。よく眠れたか?」
レヴィは緊張するティアベルを安心させるように気楽な様子で話しかける。
「は、はい。昨日はありがとうございました」
「まあ最後が大変だったけどな。あれから父親の機嫌は直ったか?」
「はい。でも何か別のことを考え込んでいるみたいなんです。レヴィンさんについてあれこれ訊かれたんですけど」
「そ、そうか。まあ、何か思うところでもあるんだろう。仕方なかったとは言え、大事な娘さんを部屋に連れ込んでバスローブ姿にしてしまったからな」
「そういう感じでもないんですけど……」
「まあ、いろいろあるんだろう」
レヴィン・テスタールとレヴィアース・マルグレイトの相似点について考えているのなら不味いなぁと内心で焦るレヴィだった。
しかしまだ疑われている段階なら問題無い。
個体情報さえ与えなければ、何とか凌げるだろうと考えている。
「これから食事か?」
「はい。あの、良かったら一緒にどうですか?」
ティアベルは精一杯の勇気を振り絞ってそう言ったのだが、レヴィは肩を竦めてやんわりと断った。
「悪いな。ちょうど今済ませてきたばかりなんだ」
「そう……ですか……」
しゅんとなるティアベル。
困っているところを助けられたことで、レヴィに対して少しだけ好意を抱いているのかもしれない。
一目惚れなのだとしたら、見る目はあるとマーシャは考える。
しかし譲るつもりは無かった。
レヴィの女性関係に口出しをするつもりはないのだが、目の前で新しい恋敵が増えることについては黙っているつもりはない。
少なくとも、自分と一緒に居る時ぐらいは独占させて欲しいと、そう願っていた。
それぐらいの我が儘は、許して欲しい。
マーシャは恋敵となり得るかもしれないティアベルに冷たい視線を向ける。
自分の前でレヴィを誘うつもりならやってみろと態度で示す。
「う……」
そしてティアベルの方もそんなマーシャの敵意に気付いているようで、すっかり怯えてしまっている。
片や猛獣美女、片や小動物系美少女。
勝負すら成立しない力関係だった。
冷たい目のマーシャと怯えた涙目のティアベル。
ちょっと見ていられない光景だった。
「こら。可愛い女の子をあまり怯えさせるなよ」
「む……」
注意したレヴィまでも睨まれる。
本当なら軽く額を小突くところだが、機嫌を直して貰う為にも手を繋ぐことにした。
「………………」
ティアベルの前で手を繋いで見せる。
そうすることで二人の関係を見せつける。
これならばマーシャも満足してくれるだろうと思ったのだ。
「………………」
案の定、機嫌はすぐに直った。
ぎゅっと握り返してくる手からは、少しだけ嬉しそうな気持ちが伝わってくる。
きっと尻尾も揺れていることだろう。
そんな想像をするとこんな場合にもかかわらず、何だか楽しくなってしまうレヴィだった。
口元だけはそんな気持ちが表に出てしまっているかもしれない。
「あ……」
それを見てティアベルもしゅんとなってしまう。
それは恋心には届かないものだったのかもしれない。
しかし芽生えかけていたものが壊れていく気がして、少しだけ寂しかったのだ。
「あの、お二人はどういう関係なんですか?」
だから勇気を出して聞いてみた。
答えを知りたいと思ったから。
相手のことも、そして自分の気持ちにも。
答えが必要だと思ったから。
「大事な仲間だよ」
そしてレヴィが堂々と応えた。
これだけは確信していると断言出来る言葉でもあった。
それがマーシャの望んでいる言葉の全てではないと分かっていても、今言えるのはこれだけだった。
「仲間ですか? 恋人ではなく?」
「うーん。まあ、近いかな。同じベッドで眠ったりいちゃついたりする程度には仲がいい」
「………………」
いちゃついたり、という部分をもふもふしたり、と言い換えたかったのだが、流石にそれは自重するレヴィだった。
人前ではそれなりに自重出来るのだ。
「そう……ですか……」
恋人ではないと言っているが、それはもう恋人同然であると言ったも同然だった。
ティアベルが考える以上に複雑な事情があるのかもしれない。
しかし芽生えかけた恋心が壊れていくのだけは感じていた。
たった一日の胸の高鳴り。
初めてではない心だったので、折り合いをつけることも出来るだろう。
「ああ、そうなんだ」
レヴィの方もティアベルを少なからず傷つけてしまったことは分かっているが、これ以上は何も言えなかった。
そしてちょうどそのタイミングでエレベーターが到着した。
マーシャの手を引いてからエレベーターに乗り込む。
これ以上未練を抱かせない為にも、ここは関心の無い態度で振り切るべきだろうと判断したのだ。
「じゃあ俺たちはこれで。朝食はしっかり摂れよ、お嬢さん」
閉まるエレベーターの扉からほんの少しだけ涙をにじませたティアベルの姿が見えたが、レヴィはそれを見なかったことにした。
声を掛けたくなる気持ちも我慢した。
レヴィは元々、女性に対して一途な性格ではない。
来る者拒まず去る者追わずの主義であり、一度に複数の女性と付き合ったことも少なくはない。
もちろん、相手の方もそれを承諾しているし、割り切った付き合いだと納得している。
だからこそ女性関係でトラブルを起こしたことなど一度もなかった。
しかし皮肉なことに、マーシャと再会してからは、そういった女性とは縁が無くなってしまったのだ。
レヴィに好意を抱いてくれているらしいティアベルも、彼のそういう一面を知ったら失望するかもしれない。
あれは間違いなく一途なタイプだ。
そしてマーシャも同様だろう。
しかしマーシャはレヴィと何も約束していないので、彼が他の女性と付き合うことに対して口出しするつもりはないらしい。
そこまで踏み込む権利が無いと考えているのだろう。
それが少し寂しい。
しかし寂しいと口にする権利は無いのだろう。
レヴィはマーシャと何も約束してやれない。
だからこそ、もっと求めて欲しいとも言えないのだ。
そしてこれが致命的でもあるのだが、自分自身が一途に誰かを想ったことがないからこそ、一途に想ってくれる相手にどう接していいのか分からなくなってしまうのだ。
マーシャを傷つけたくないと思うのは確かなのだが、どうすれば上手くやれるのか、最近はいつも頭を悩ませている。
「レヴィ」
「ん?」
「ごめん」
「何が?」
いきなり謝られたので、レヴィは首を傾げる。
「あの女の子といちゃいちゃしたかったなら、邪魔をしただろうから」
「………………」
そんなことで謝られても困る。
しかしそんな不器用さがおかしかった。
「いいんだよ。今はマーシャをもふもふする方が大事だからな♪」
「そっちなのか……」
「ん? 駄目か?」
「まあ、いいけど」
ティアベルはマーシャから見ても可愛い女の子だった。
男なら庇護欲を誘われるような、そんな弱さと可愛らしさを持っている。
対するマーシャは正反対だ。
弱さなど見せようとしないし、実際に強い。
そして可愛らしさよりも凜々しさが強調されている。
しかしレヴィはもう知っている。
その中にある弱さも、脆さも、知っているのだ。
だからこそ放っておけないという気持ちにさせられる。
マーシャの手はまだ離れていない。
ずっと繋いでいたいという気持ちが伝わってくる。
マーシャとレヴィは部屋に着くまでずっと手を繋いでいた。
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