「俺は何もしていないぞ。やったのは向こうだ。ただ、彼らに俺が生きていることを知られるのは都合が悪い。連中の後ろ暗い過去を俺が握っているからな。俺だけではなく、あんた達も困ることになるぞ。最悪、国際問題にまで発展するかもしれない」
レヴィ自身はエミリオン連合にとって『星暴風《スターウィンド》』、つまりエースパイロット以上の価値はない。
それだけで国際問題に発展するというのは、流石に大袈裟だった。
しかしレヴィが持っている情報は別だ。
かつて自軍をも巻き添えにした三年前の悪夢。
惑星エステリの謀略と、エミリオン連合の隠蔽。
あれはエミリオン連合軍にとって、表に出してはならない黒い記録だ。
その実情を誰よりも深く知っているのは、たった二人の生き残りであるレヴィアース・マルグレイトとオッド・スフィーラ、そして現場に居た指揮官達だ。
もしもレヴィが生きていて、そして他の国家の手中にあると知られたのなら、何としてでも取り戻そうとするだろう。
余計なことを喋る前に口封じをするかもしれない。
どちらにしても、正面から引き渡し要求がある筈だ。
その後の自分がどうなるかについては、考えたくもない。
「俺はエミリオン連合にとって、非常に都合の悪い情報を握っている。俺の生存が彼らに知られたら、間違いなく干渉してくるレベルの情報だ」
「つまり、今の君は死人、ということか?」
「ああ。レヴィン・テスタールというのも本来の名前ではない。もちろん、どこでも通用するようにはしてあるが」
「それも犯罪行為なんだがな」
「それは仕方がない。生き残る為に必要だと判断しただけで、好きでやった訳じゃないからな」
「………………」
「要するに、俺の個体情報はこの星の外に流さないで貰いたい、ということだ。これは俺の都合だけではなく、あんた達の為でもある。この要求を受け入れてくれるのならば、俺も大人しく檻の中に入ってやろう」
「……可能な限り、この星の中だけに留まるようにしよう。ただいつまでも書類を不完全にしておく訳にはいかない。俺に出来るのは時間稼ぎが限界だが、それでもいいか?」
「十分だ。俺の仲間が到着するまで時間を稼いでくれれば、後はこっちで何とかする」
「それも犯罪行為に聞こえるんだが」
「組織丸ごと犯罪組織の言いなりになっているような奴らにそんなことを言われる筋合いは無いぞ。こっちはあくまでも自分の身を護る為にやっていることなんだ」
マーシャ達が到着すれば、後はシオンとシャンティに頼めば何とかしてくれる。
警察の管制頭脳に侵入してレヴィの個体情報を消去するぐらいのことは、あの二人にかかれば朝飯前だ。
一時的に個体情報を提供するぐらいなら妥協しよう、とレヴィは諦めたのだ。
「分かった。それについては黙認する」
「いいね。あんたはなかなか話の分かる警官のようだ。名乗ってくれたら、一応は覚えておいてやるぜ」
「……とんでもなく偉そうな犯罪者だな。まあいい。レイジ・アマガセだ」
「名前の響きがキサラギに似ているな。もしかして南部と北部では特徴が分かれているのか?」
「ああ。北部の人間は第二期の移民だからな。今はもう移民から五代ほど経過しているから、その自覚も薄いが。移民の名前は少し特徴的な者が多い」
「なるほど。第二期がニラカナからの移民ってことか。じゃあ第一期の移民は別のところからかな」
「確かに俺の祖先はニラカナからの移民だが、よくもまあそんな惑星の名前を知っていたな」
「仕事の関係で、あちこちの惑星に出向くことがあったんだ」
「………………」
軍人としての仕事だろうか、とレイジは密かに考えた。
エミリオン連合がレヴィの詳細を知っている、それも生きていては不味い存在として知っているという事は、必然的に軍事機密を握っていると予想したのだ。
そういう事情であるのならば、軍人っぽい雰囲気を持っているレヴィのこともなんとなく理解出来る気がした。
それから必要な手続きを済ませてから、レヴィはピアードル第一刑務所へと入れられるのだった。
囚人服に着替えてから、レヴィは深いため息を吐く。
「やれやれ。マーシャが怒るだろうな……」
レヴィが巻き添えで刑務所に入れられたなどと知ったら、間違いなく怒る。
その怒りの矛先は、もちろんリネス警察に向かうのだろうが、とばっちりが自分にも来ることは間違いない。
怒れる猛獣を宥めるのは自分の仕事なのだが、今から気が重くなってしまった。
「そうだ。一つ言っておくことがあった」
「?」
護送される前にレイジがレヴィを呼び止めた。
他の人間には聞こえないように、こっそりと耳打ちしてくる。
「第一刑務所にはランカ・キサラギの右腕がいる。出来れば、今回の情報を奴に流して欲しい。そうすればキサラギの警戒を促すことが出来る」
ラリーがミアホリックという人体強化麻薬を手に入れて何をしようとしていたか。
それは考えるまでもなく明白だった。
自分達で利用して、一気にキサラギを潰す事。
それを結果的にレヴィが阻止したことになる。
つまりレヴィはキサラギにとって恩人のような存在になっているのだ。
それをランカ・キサラギが知ったのならば、レヴィがここから出られるように働きかけてくれる筈だ。
レヴィのように何もしていない人間が、強引に罪を着せられるのを見るのは気分が悪かった。
出来れば力になりたいと思っていたのだ。
そして同郷であり、正道を大事にしているキサラギに肩入れもしていた。
そこまで理解したレヴィは、呆れたようにレイジを見た。
「あんた、こんなところで防波堤なんかやっているよりも、キサラギで暴れる方が性に合ってるんじゃないのか?」
様々な理不尽と我慢を強いられる今の立場よりも、その方が似合っているような気がしたのだ。
しかしレイジは苦笑して首を横に振った。
「そうもいかんさ。法を守るのが刑事の仕事だからな。キサラギは正道を貫く為ならば、法を逸脱することを躊躇わない。この世の中にはそれが必要になる場合だってあるだろうし、それが正しいこともある。しかしだからこそ法を遵守する刑事が必要になる場合もあるのさ」
「ふうん。分かるようで分からない理屈だけど、あんたが信念を持って刑事をやっていることだけは分かったよ。それで、そいつの名前は?」
「タツミ。タツミ・ヒノミヤだ。常にヘラヘラしたお調子者だからすぐに分かる」
「……どうしてそんな奴が組織の長の右腕なんだ?」
普通、トップの右腕と言えば、冷静沈着なクールタイプを連想してしまうのだが、タツミ・ヒノミヤはそういうタイプではないらしい
「まあ右腕っていうのは俺の想像だけどな。そいつが刑務所に入ったのは八年前で、その頃はランカ・キサラギの護衛だった。彼女が当主になった今なら、右腕として活躍するだろうと思ったのさ」
「その当時からランカ・キサラギは一家の当主だったのか?」
「いや。彼女が当主になったのは一年前だ。先代がラリーの殺し屋にやられてから就任したからな」
「ふうん」
「実を言うと彼女にはまだ早すぎるんだが、他にキサラギの血筋がいないから仕方がない。彼らはキサラギの血筋以外を当主とは認めないだろうし」
「もしかして、まだ若いのか?」
「十六になったばかりのお嬢さんだ」
「………………」
それは早すぎる以前の問題のような気がする。
マフィアの長として立つには、あまりにも残酷すぎる年齢だ。
「彼女もよくやっているが、やはり支えてくれる人間が必要だと思うのさ。ランカお嬢の周りには優秀な人材が揃っているが、幼い頃からずっと自分を守ってくれたタツミが傍にいるのといないのとでは、随分と違う筈だ」
「ふうん」
どうやら複雑な事情があるようだ。
レヴィはそれを詳しく問い詰めようとはしなかった。
他人事に首を突っ込むのは趣味がいいとは言えないし、向こうが話すのならともかく、こちらから根掘り葉掘り問い質すのは主義に反する。
それにいい加減待ちくたびれた運転手がそろそろ痺れを切らしているのか、じろじろとこちらを睨んできている。
話を切り上げて車に乗り込まないと、そろそろ怒ってしまいそうだった。
「もう行くぞ。タツミって奴を見かけたら伝えておくから安心しろよ。そっちも頼んだことを忘れるなよ」
「分かっている」
こうして、レヴィはピアードル第一刑務所に入れられるのだった。
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