マーシャとレヴィは久しぶりの街中デートを満喫していた。
「次はこれを試してみろよ」
「う~。もうかれこれ十五着目なんだが……」
というよりも、レヴィの方が一方的に満喫しまくっていた。
デートプランは買い物がメインで、具体的にはマーシャの服を買いまくっているだけだったのだが。
マーシャ自身は尻尾を隠す為に、長めのスカートなどを愛用しているが、レヴィとしてはもっとお洒落に気を遣って欲しいと常々思っていたのだ。
せっかくの美女なのだから、服装に気を遣えばもっともっと可愛くなると確信している。
そんなことをしなくとも、いつでもどこでも俺のマーシャは最高に可愛いのだが……と一人惚気たりもしているのだが。
次々と渡される服を着たり脱いだりで、試着室をすっかり占領しているマーシャは、店員に対して少々申し訳ない気持ちになっていた。
しかし試着した服の七割ほどは購入が確定しているので、店員としてはもっともっと試着して欲しいと、内心ではうっはうはだったりもする。
次に渡された服を着て試着室のカーテンを開けると、レヴィがうんうんと満足そうに頷いていた。
「それも似合うな。買っていこうぜ」
「……そろそろ凄い荷物量になっていると思うんだが」
「大丈夫。荷物も勘定も俺が持つから」
「………………」
シルバーブラストのクルーに対してマーシャが支払っている給料はかなりのもので、レヴィも最近は懐が温かい。
ブランド物の衣服を二十着近く購入したところで、財布はすっからかんどころか余裕バリバリなのだ。
純白のワンピースを着たマーシャはやれやれとため息をついた。
レヴィの要望でデート中はもふもふも晒してしまっているので、奇異の目で見られることもあるが、試着していく内に店員の目も慣れたようで、今では微笑ましそうに見守ってくれている。
丈が短いので尻尾だけではなく太腿も露わになってしまっているが、レヴィにはそれがかなりそそられるらしい。
エロいだけなのかもしれないが、自分に対してそういう欲求を抱いてくれるのは素直に嬉しかったりもする。
「これは気に入ったからこのまま着ていく」
「マジで? やった♪」
店員に頼んでタグを外して貰い、会計を済ませて洋服店を出る。
かれこれ八件ぐらいははしごしたので、荷物がすごい状態になっている。
「少し休憩しよう」
肉体的にはともかく、精神的にはかなり疲労しているので、マーシャがそう提案した。
甘い物が食べたいので、スイーツメニューの充実している喫茶店に入ることにした。
「ふう……」
シフォンケーキをつつきながら、マーシャは一息ついた。
レヴィの足下には紙袋が大量に置かれているので、少しばかり注目を集めてしまっている。
もちろん、マーシャがもふもふを晒しているからという理由もあるのだが、そこはもう開き直ることにした。
「いやあ、いい買い物だったな」
「私は疲れたけどな」
「似合ってるぞ、それ」
「む……」
にこにこしながらコーヒーを飲むレヴィ。
似合うと言われて照れるマーシャ。
レヴィに褒められると嬉しいのは、いつまで経っても変わらない。
照れたマーシャの顔を見て、レヴィもニヤニヤ笑いをしている。
「あれ。なんかじろじろ見られている気がするな」
「それは多分、足下にある荷物の所為だと思うぞ。後は亜人が珍しいんじゃないか?」
「買いすぎとか?」
亜人が珍しいということについてはスルーされた。
レヴィにとっては亜人こそが当たり前の隣人という感覚なのかもしれない。
「それもあるけど、どちらかというと私が悪女っぽい」
「え?」
「買い物しまくって、男に大量の荷物を持たせている女の図……みたいな」
「うわあ。確かにそうかも……」
「買い物をしたのはレヴィなのに、かなり理不尽な誤解だけどな」
自分を悪女に喩えてしまったことに、少しだけ凹んでしまうマーシャ。
そんな風に見られるのは遠慮したかった。
「まあまあ。マーシャは悪女なんかじゃないぞ。最高に可愛い」
「む~」
「まあ、時々強烈なドSになる時はあるけど」
「それはレヴィにも原因がある」
「ぐは……」
カウンターでマーシャの勝利だった。
フォークに刺したシフォンケーキを放り込むと、疲労が少しだけ回復したような気がした。
甘味はメンタルにも回復効果があるらしい。
「この後はどうするんだ?」
「そうだな。映画でもどうだ?」
「面白いのをやっているならそれでもいいけど」
「生憎と情報が全く無いから、何が面白いのかさっぱり分からん」
「……それでよく映画に誘えるな」
「まあ、見てからのお楽しみって事で」
「別にいいけど……」
映画というのもデートの定番なので、文句は無い。
今回のプランは全面的にお任せなので、問題がなければ異論を挟むつもりもなかった。
「ちょっと待ってくれ。上映スケジュールを調べるから」
ここから一番近い映画館の情報を携帯端末で確認して、作品や上映時間、空席などを調べる。
「お、こいつはどうだ? 『ファントム・イレイザー』。主演はティファナ・イリーゼだってさ」
「どっちも知らないけど、どういう内容なんだ?」
映画にも女優にもあまり詳しくないマーシャは首を傾げる。
「内容はアクションだな。ティファナはアクション女優として人気が高いんだ。彼女の主演する映画には外れが少ないらしい」
「ふうん。ならそれでもいいけど」
彼女を誘う映画に美人女優がメインになるものを選ぶあたり、レヴィのアホっぷりが際立っているが、マーシャはそういうのを気にしないので上手く行っている。
「座席は……よし。まだいい席が残っているな。端末で予約するか」
携帯端末を操作してそのまま予約しようとするのだが、そのタイミングでマーシャの携帯端末が鳴った。
「あれ? シオンからだ」
「もしかしてもう調査が終わったのか?」
「いや。速すぎるから多分、経過報告じゃないか?」
「ふむ」
レヴィは一旦予約操作を中断して、経過報告の方を優先することにした。
「もしもーし」
マーシャが出ると、画面にはシオンの顔が映った。
『もしもしマーシャ。デート楽しんでるですか~?」
「もちろん。どうしたんだ?」
『宇宙港の監視カメラ映像を調べて分かったことを、取り敢えず報告する為に連絡したですよ』
「もう選別したのか。早いな」
『といっても確定情報じゃないですよ。ステリシアの映像を確認して、アタッシュケースを届けに来た人が映っていたから、それを第一容疑者に決めてみたです~』
「確かにあやふやだなぁ。まあそこから辿るしかないのは分かってるけど」
『でもタツミさんによると、その人はラリーの構成員である可能性が高いって話なんですけど』
「見覚えのある顔なのか?」
『ちょっと待ってください。今代わるです』
画面に映っていたシオンがいなくなって、今度はタツミが出てくる。
『よう。デート楽しんでるか?』
「それはもういいから。そいつがラリーの構成員であるっていう根拠は? まさか知っている顔なのか?」
『それこそまさかだ。俺は八年も檻の中にいたんだぜ。あいつらの顔とかほとんど覚えてねえし。それに八年の間に構成員もがらっと変わっているだろうしな』
「それもそうだな。ならどうしてそう思ったんだ?」
『服装だよ』
「服装?」
『ああ。あいつらは自己主張が結構強いんだ。服装や手荷物、アクセサリーの一部にそれを示している場合が多い。そんでもって、ラリーのシンボルは白と赤の交差した剣なんだ。剣だとアクセサリーは難しいが、それを踏まえてこいつを見てくれ』
会話の途中で送られてきた画像データは、クロドにアタッシュケースを渡している三十代後半ほどに見える男だった。
スーツの色は白。
そして腕時計は赤のメタリックだった。
この組み合わせはなかなか珍しい。
スーツの色はともかく、赤の腕時計を組み合わせようという人間はなかなか居ない。
色合いが無駄に目立ちすぎる。
白のスーツがメインなのに、赤の腕時計だけがやたらと自己主張をしてしまう。
何も考えずに見れば奇抜な趣味で済ませられるのだろうが、それをラリー・カラーとして考えれば嫌な意味に切り替わる。
「なるほどな……」
「自己主張ねぇ。まあ偶然で済ませてもいいんだけど、調べてみる価値はありそうだな」
マーシャもレヴィもその男の画像を見て頷いた。
『これから街中の監視カメラ映像を集めてそいつを探してみるってちび達が言ってるから、俺もそれを手伝うことにするよ』
「ああ、頼む。こっちはもう少し楽しんでから戻るよ」
『了解ですです~。あ、マーシャ。お土産は忘れないでくださいね~』
「分かってる。たっぷり買って帰るさ」
「………………」
マーシャがやれやれと頷いていると、レヴィがぎょっとした表情になる。
「レヴィ?」
「マーシャ。あれ」
レヴィが視線だけで示した方向を見ると、隣のハンバーガーショップで照り焼きチキンバーガーを頬張っている男がいた。
「………………」
「………………」
歳の頃は三十代後半。
白いシャツに赤い腕時計。
スーツではなく私服姿だが、間違いなく送られてきた画像の人相と一致する。
美味しそうに照り焼きチキンバーガーを頬張っている幸せそうな表情は、とてもマフィアの一員には見えないのだが、それを言うならランカやタツミだってマフィアっぽくないのだ。
仕事が絡まないプライベートならば、案外こんなものなのかもしれない。
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