シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

切り捨てられた存在

公開日時: 2021年5月26日(水) 23:20
文字数:3,106

 そしていよいよ調印当日。


 エミリオン連合の首脳部とその頂点である議長がエステリへと降り立ち、調印式の時間が近付いている。


 レヴィアース達もそれぞれの配置を済ませて、エステリ軍とも綿密な打ち合わせも済ませている。


 何事も起こらないだろうが、終わるまでが仕事なのできっちり任務をこなさなければならない。


「少佐。全員、配置につきました」


「おう。ご苦労さん。後は時間が過ぎるのを待つだけだな」


「少しは緊張感を維持して下さい。万が一ということもあるんですから」


「分かってる分かってる。大丈夫大丈夫」


「………………」


 ゆるっとしている姿を見ると疑わしく思えてくるが、レヴィアースはこういう状態の時が最強だとオッドは知っている。


 ゆるっとした精神状態で数々の敵を撃破しているのを近くで見てきたからだ。


 そしてエミリオン連合議長デミオ・アイゼンとその側近達が会場入りした。


 今のところ、異常なし。


「ん?」


 しかしそのタイミングでエステリ軍の動きが変わった。


「どうしました?」


「いや。エステリの奴らの配置が微妙にずれたぞ」


「それは打ち合わせで言っていた通りでしょう。議長が会場入りしたら、それに合わせた移動を行うと言っていた筈では?」


「まあ、そうなんだけどな」


「それとも打ち合わせと違う動きをしていますか?」


「いや。そういう訳じゃないんだが……」


 確かに打ち合わせ通りの動きをしている。


 しかし、違和感があるのだ。


 それを口で上手く説明出来ないのがもどかしい。


 だがそのままにしておくのは気持ち悪い。


「一度、俯瞰からの配置を見たいな」


「今更ですか。ドローンは飛行禁止になっていますから、軌道上からの遠隔望遠撮影になりますよ。軌道上のグレアス大佐に連絡を取らないといけなくなりますが」


「うーん」


「そこまで大事にする必要もないと思いますけど」


「いや。待てよ。そこまでしなくても、こっちの船に戻れば、監視衛星にアクセスして、撮影は出来るよな?」


「まあ、出来ますね」


 そこまでする必要があるのかどうかは謎だが。


 しかし軌道上の艦隊に連絡を取るよりはマシな案だった。


「よし。じゃあそれで行こう。あまり時間はなさそうだ。杞憂ならそれでいいんだがな。カミュ」


 レヴィアースは無線でカミュに連絡を取った。


『少佐? どうかしましたか? こちらは配置についていますし、いつでも発砲出来ますが』


「いや。ちょっと頼みたいことがあるんだ」


『何でしょう? 少佐の頼みでしたら可能な限り応じますが』


「そいつはありがたいね。実は持ち場を離れて欲しい」


『……理由を訊いてもいいでしょうか?』


「ちょっと腑に落ちないことがあってな。船に戻ってこの現場の俯瞰映像を送って貰いたいんだ」


『それは、リアルタイムの映像を望んでいるということですか?』


「ああ。駄目かな? 駄目なら他の奴に頼むけど」


『いいえ。行きます。船の位置には私が一番近いですから。少佐もそれが分かっているからこそ私に声を掛けたのでしょう?』


「まあな。頼まれてくれるか?」


『分かりました。狙撃銃を持ったままの移動ですか?』


「いや。近くにテオドールがいるだろう? 交代だ」


 カミュの近くには先輩であるテオドール・ハリスが待機していた。


 彼は狙撃手のサポートを担当する観測手だが、交代しても問題は無い。


『分かりました。ハリス中尉。お願い出来ますか?』


 近くに居るテオドールに声を掛けるカミュ。


 どちらも近くに居るのならテオドールに頼んでも良かったのだが、カミュは艦橋のコンソールの操作に慣れていないので、少し経験させようと考えたのだろう。


『分かった。行ってこい。少佐。射撃は俺が引き継ぎますのでご安心を』


 テオドールが引き継ぐので、レヴィアースも安心した。


「おう。任せたぜ。じゃあカミュ。なるべく早く頼むぜ」


『はい。お任せ下さい少佐』


 たたっと走り出す音が聞こえる。


 どうやら本当に急いで行動してくれたようだ。


「いいんですか? 観測手無しで撃たせても」


「撃つようなことにはならねえだろ。それに観測手はあくまでもサポートだ。効率は落ちるが、狙撃手一人だけでも仕事は出来る。それに撃たない可能性の方が高いんだから、問題は無いだろう。撃つ事態になる方が問題だ」


「まあ、確かに」


 その通りではある。


「順調に終わってくれればそれに越したことはないさ」


 レヴィアースは望遠鏡で調印式の様子を確認する。


 エミリオン連合の議長デミオ・アイゼンとエステリの大統領オリガ・ペルシスが固く握手を交わす。


 それからデミオの演説が始まる。


 お互いの国が友好関係を築けたことを喜ぶ内容のものだった。


 白々しいというか、ちょっと過剰演出気味というか、これまで戦争手前まで進んでいた癖によくもまあそこまで堂々と言えるものだなと呆れてしまうが、政治とはそういうものなのだろう。


 レヴィアースには理解出来ない世界だし、理解するつもりも無い。


 自分は庶民であり、軍人でしかないのだから。


 大きな流れには逆らえないし、逆らうつもりもない。


 小さな抵抗ぐらいはするかもしれないが、それも個人の範囲におけるものだ。


 世界を変えようとか、国を変えようとか、そんな大それた事は考えない。


 ただ、状況に流されていくだけだ。


 生きていく為にはそうするしかない。


 自分の意志で逆らえることなど、ほんの些細なことだけだ。


 たとえば、四年前の小さな少年少女のように。


「………………」


 あいつら、元気にしてるかなぁ。


 ふとしたことで思い出す少年少女達。


 亜人の少年と、少女。


 絶望の世界で、それでも生きることを諦めようとしなかった、小さな子供達。


 流されるだけの自分よりも、ずっと強く生きようとしていた。


 そしてそんな強さに影響されて、少しだけ手を貸した。


 任務違反で、バレたらただでは済まないと分かっていたが、見てしまった以上は見過ごすことも出来なかったのだ。


 大きな流れは変えられなくても、小さな流れは変えられる。


 些細なことで逆らって、小さな満足を得る。


 それだけで十分だった。


「会いたいなぁ」


「少佐?」


「あ、いや。何でもない」


「?」


「気にするな。ただの独り言だ」


 そう。


 ただの独り言だ。


 オッドもある意味で共犯者だが、それでも最後まで関わった訳ではない。


 レヴィアースの気持ちを全て理解出来る訳ではないだろう。


 今は任務中だ。


 ちょっと懐かしくなったからといって、そこに浸ってばかりもいられない。


『少佐。動画を撮影出来ました。データをそちらに送りましょうか?』


 そしてカミュからの通信だった。


「おう。早いな。流石はカミュ。こっちの携帯端末に頼む」


『分かりました。遅くなってすみません。監視衛星のロックを破るのに一分ほど手間取りまして』


「……はい? ロックがかかっていたのか? 戦場俯瞰の必要性から監視衛星のアクセスは任務中に限りオッケーじゃなかったか?」


『ええ。そのように聞いていますが。ロックがかかっていました』


「よく外せたな?」


 ロックがかかっているということは、本来アクセス不可ということだ。


 任務違反というよりは違法なのだろうが、今はそれどころではない。


『いつか役に立つと思いまして。電脳魔術師《サイバーウィズ》から短期的な手ほどきを受けたことがあります』


「………………」


 確かに役に立っているが。


 しかしそんなことが役に立つ未来を想定するカミュの準備の良さが恐ろしいと感じてしまうのだった。


『映像を送りますね』


「ああ。頼む」


 受信した俯瞰映像をレヴィアースは改めて確認する。


 監視衛星にかかっていたロックのことを考えると、何かがおかしいと思う。


 しかし何がおかしいのかが分からない。


 だからこそ、エステリ軍の配置を改めて確認している。


「おいおい……」


 そしてレヴィアースが冷や汗混じりに呻いた。




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