そしてガルア工業地帯にまで入った。
夜の工業地帯は静かなものだ。
残業したり、二十四時間稼働の工場は無い。
スターリットの人間は基本的に日勤を好んでいる。
夜中にまであくせく働きたくないのだろう。
お陰で人的被害は避けられそうなので安堵するレヴィだった。
ガルア工業地帯の更に奥まで行くと、廃工場にしか見えないエリアがあった。
マーシャが示した住所はそこだ。
現役稼働しているようには見えない。
「……本当にここなのか?」
到着したレヴィは信じられないというようにその廃工場を見る。
設備どころか、エネルギー系のライフラインすらまともに通っているかどうかも怪しい。
「一応ここだ。偽装しているからな」
「偽装?」
ぺたぺたと工場の壁に触れる。
触れば最新型の防壁やセキュリティでもあるのかと思ったが、そういう感じでもない。
むしろ張りぼてのように軽かった。
「おいおい。これって簡単に突き破れるんじゃないか?」
「そうでもないぞ。一応は銃弾も跳ね返す」
「マジで?」
「偽装だと言っただろう。見た目通りの廃工場はとっくに解体撤去してある。実際にあるのはホログラムだ」
「立体映像っ!? これがっ!?」
ただの立体映像ならば触れる筈が無い。
手を触れたところで透けるだけだ。
しかしこの感触は本物だった。
どうなっているんだと首を傾げるレヴィ。
「これが……立体映像……?」
「うわぁ。凄いねぇ」
オッドとシャンティも興味深そうに触れている。
そういう技術があることは知っていたが、それには触覚を騙す機械が必要な筈だ。
かなり大がかりな設備が必要になる。
「いや、そこまで大したものじゃないぞ。偽装してみせているのはホログラムだけで、触れるのは別の技術というか、理由だ」
「「「?」」」
不思議そうに首を傾げる三人。
マーシャはニヤリと笑った。
「ただのバリアーだよ」
「あ……」
「なるほど」
「すごい。上手い手だね」
レヴィはその手があったかと呆れてしまい、オッドの方も納得している。
シャンティの方はその発想に対して素直に賞賛していた。
ホログラムと触覚を誤魔化す技術の組み合わせはかなり高度だし、コストもかかる。
少なくとも偽装程度に費やしていいものではない。
マーシャの資金力ならばその程度はどうってことないのだろうが、それでも割に合わないことは確かだ。
しかし既存の技術を組み合わせて同じ現象を起こすことなら出来る。
複雑な形のものでなければ、それは可能なのだ。
四角い建物に合わせて、四角いバリアーを展開する。
これならばホログラムとバリアー発生装置との組み合わせで可能だ。
違和感はあるだろうが、ここはマーシャの私有地であって、部外者は立ち入り禁止となっている。
子供達が悪戯代わりに侵入したところで、きちんと壁の感覚があれば怪しまれることはないだろう。
「一応、バリアーは雨風を凌ぐ為にも必要だったからな」
「それなら建物を残しておけばよかったんじゃないか?」
「宇宙船を格納しているんだぞ。各部屋の居抜き工事などを考えると、余計な手間がかかるだけだったんだ」
「なるほど……」
ここは元食品工場だったようだが、各エリアごとに部屋が分かれていて、壁で仕切られている。
鉄筋造りなので、居抜き工事も手間がかかるし、何よりも建物の強度を支えている筋交いなども破壊してしまったら目も当てられない。
居抜き工事と共に強度計算をして再工事もしなければならないと考えると、確かに手間がかかりすぎる。
解体撤去の方がまだ楽だというのはレヴィも同意見だった。
「じゃあこの中には野ざらしの宇宙船があるってこと?」
シャンティがマーシャに問いかけると、彼女はニヤリと笑った。
「野ざらしには違いないが、一応常にバリアーで覆っているから、汚れてはいないぞ。むしろぴかぴかだ」
「へえ~。見たい見たい」
「もちろん、今見せる」
マーシャは携帯端末を操作した。
この場を偽装している装置にアクセスしているのだろう。
すぐにホログラムが解除され、バリアーも解除された。
そして目の前に巨大な銀翼の船が現れた。
「うわ……」
「これはまた……」
「凄いな……」
三人ともが感嘆の声を上げる。
それほどまでに美しい船だった。
「どうだ? これが私の船だ」
えっへんと胸を張るマーシャ。
自分の半身を紹介するかのような誇らしさだった。
実際、その通りなのだろう。
マーシャは宇宙船の操縦者だという。
つまり、船こそが己の半身なのだ。
かつてのレヴィが己の戦闘機を半身として扱っていたように、彼女にとってもこの船はかけがえのないものなのだろう。
マーシャの誇らしげな様子に共感するレヴィ。
同時に羨ましいと思ってしまった。
今の自分はその半身を失ってしまっている。
翼を失った鳥も同然なのだ。
今は悪足掻きの一環として地上を這い回っているが、満足したとは思えない。
それでも、今の生活に不満がある訳ではなかった。
ただ、割り切ればいいだけだ。
「さてと。ではお疲れ様」
「え?」
マーシャの言葉にきょとんとなるレヴィ。
何を言われたのか、理解出来なかった。
しかしマーシャの方はそんなレヴィに苦笑する。
「え? じゃないだろう。私がレヴィに依頼したのは、この荷物をセリオン峠まで、つまりここまで運んで貰いたいというものだった。追っ手もある程度片付けてくれたし、ここが目的地だ。だから仕事はこれで終了だろう?」
「ああ……そう言えば……」
すっかり忘れていたが、確かにそういうことだった。
「だから運び屋としての仕事はここで終わりだ。ちょっと待ってろ」
マーシャは携帯端末を取り出してから振り込み操作を行った。
手早く操作してから完了した。
「よし。これで一億ダラス振り込んだぞ」
「うわ……ほんとに振り込まれてる……びっくりだ」
シャンティが自分達の口座に振り込まれたことをリアルタイムで確認した。
通知が来るように設定してあるのだ。
「ありがとう。助かったよ」
マーシャはそのままタラップに足を掛けてから船へと乗り込もうとする。
それをレヴィが引き留めた。
「?」
マーシャはきょとんとした表情でレヴィを見る。
「どうした? 戻らないと危ないぞ。すぐにエミリオン連合軍の追っ手が来るからな」
「あんたはどうするんだ?」
「もちろん、戦う」
「一人でか?」
「正確には一人じゃない」
「?」
「そこは機密だけどな。でも、私ともう一人が本気で迎え撃てば、そうそうやられることはない。それだけの腕は持っているし、それに、この船の性能もかなりのものだぞ」
「あんたがそう言うんなら、その通りなんだろうな」
出来ないことを言うタイプではない。
短い間のやりとりだったが、マーシャのことは少し理解してきたレヴィだった。
「もちろんだ。もしかして、心配してくれているのか?」
「そりゃまあ、少しはな」
「それは嬉しい」
にこっと笑うマーシャ。
素直であどけない笑みだった。
憧れているレヴィが自分を気に懸けてくれるのが、本当に嬉しいのだろう。
「なあ、マーシャ」
「何だ?」
「この船の名前は、何って言うんだ?」
「『シルバーブラスト』だ」
『シルバーブラスト』
銀の突風。
あるいは、爆発だろうか。
銀は船の色、そしてマーシャの瞳から来ているのだろう。
突風や爆発については、明らかに操縦者の性質から来ている。
つまり、マーシャにはよく似合っている船の名前だった。
かつての自分が『星暴風《スターウィンド》』などと呼ばれている時は、あまり似合っていないと思っていたが、この名前はよく似合っていた。
「いい名前だな」
「ありがとう。私も気に入っているんだ。ところで、そろそろ本当に逃げないと不味いと思うぞ。私も迎撃の準備に入らないといけないし」
「俺も行くと言ったら?」
「レヴィ?」
「アニキ?」
レヴィはオッド達を振り返った。
そして物騒な笑みを向けた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!