「オッドさんが残るならあたしも残りたいですです~」
「いや。シオンは戻った方がいい」
「え~。何でですか~? オッドさんのごはんにありつきたいのに」
「………………」
食欲か……。
まあ、シオンらしいとは思うのだが。
しかしこんなところにシオンを宿泊させる訳にもいかない。
こんなところと言ったらゼストに悪い気もするのだが、シンフォを寝かせたソファ以外に、まともに寝られる空間が見当たらないのだ。
流石に床に寝せるのは気が引ける。
ゼストのベッドは論外。
俺は床に寝転がっても構わないが、シオンには辛いだろう。
「床で寝たくはないだろう?」
「………………」
シオンはやや散らかった床を見渡す。
そして自分が寝られそうなソファも無いことに気付く。
「う~……。オッドさんはどうするですか?」
「俺は床でも気にしないから問題無い」
「凄いですです……」
この床に寝られるという事実に感心しているようだ。
もちろん、ある程度は片付けるつもりだが。
「とにかくシオンは戻った方がいい」
ホテルに戻ればふかふかの高級ベッドがあるのだ。
何もこんなところで寝る必要は無い。
「そ、そうするです……」
しょんぼりしながら戻るシオン。
そんなにシンフォのことが気になるのだろうか。
「オッドさんっ!」
「?」
俺にしがみついて必死な目で見上げてくる。
「何だ?」
「明日の朝ご飯、あたしの分もよろしくですですっ!」
「………………分かった」
力説するのはそこなのか。
そこだけなのか。
こうしてシオンは大人しく戻っていった。
「やれやれ」
すやすや眠るシンフォを見て、呆れたため息をついてしまう。
一生懸命になると周りが見えなくなる。
一部の天才にありがちなパターンだが、シンフォもその例には漏れないらしい。
操縦を見ていれば分かる。
今は行き詰まっていても、彼女は間違いなく天才だ。
明日にはきっと望み通りの結果を出せるだろう。
「何だ。お前も泊まるのか」
「少し心配だからな。食事ぐらいは面倒を見る」
「何だ。飯が作れるのか。だったら俺の分も頼む」
「構わないが、希望はあるか?」
「特に無いな。何でもオッケーだ」
「分かった。では台所を借りるぞ」
「おう。好きに使え。俺も今日はもう寝る」
「俺は床でいいか?」
「……度胸あるなぁ。この床で寝るなんて」
「家主の台詞じゃないな。少しは片付けるさ」
「そりゃラッキー。じゃあついでにあちこち片付けてくれ」
「………………」
かなり便利に使われている気がする。
まあいいか。
家事は嫌いではない。
ある程度片付けて、それから台所に行くと、意外と荒れてはいなかった。
というよりもほとんど使っていないからなのだろう。
外食か宅配弁当で済ませているらしく、ゴミ箱には大量の容器が詰まっていたが、調理スペースは綺麗なものだった。
片付いているのに荒れた生活を垣間見ているようで、奇妙な気分にもなった。
しかし調理器具がきっちり使えるのはありがたい。
一通り必要なものは揃っている。
手の込んだものは道具が足りないが、簡単なものならこの設備でもある程度は作れるだろう。
欲を言うならもっと幅広い調理道具が欲しいところだが、他人の家で贅沢は言えない。
ある物だけで出来ることをするしかないだろう。
冷蔵庫には温めて食べるものか、焼くだけで食べられるものしか入っていない。
生野菜も入っていない。
その代わり酒は充実している。
かなり不健康な冷蔵庫だった。
「……買い物が先だな」
何を作るにしても買い物が必要になる。
一度外に出て、必要な材料を購入して、それから自分の寝床になるスペースを片付けて、ようやく眠りに就くことが出来た。
★
翌朝。
この家の誰よりも遅く寝た筈なのに、誰よりも早く起きることになった。
みんなが起き出す頃に朝食を作り終えておく必要がある。
台所に行ってから朝食を作る。
まだ眠気は覚めなかったが、動いている内に少しずつ頭がハッキリしてきた。
「ふう……」
朝食を作り終えると、今度はシンフォを起こしに行く。
あどけない表情で眠るシンフォは子供のようで、起こすのが忍びなくなってしまうが、栄養を摂らせる必要があるので、ひとまず身体を揺さぶる。
「シンフォ。起きろ」
「………………」
起きない。
まだぐっすり夢の中だ。
「シンフォ。起きろ」
再び呼びかける。
今度はわずかに反応があった。
「……うえふぉにゅわ?」
「……意味不明だな」
ぼんやりとした瞳で見上げてくるシンフォ。
まだ俺がここにいるということを認識していないらしい。
「朝だぞ。起きろ」
「……おふぁようごじゃいまふ」
「まだ意味不明だな」
恐らくは『おはようございます』と言っているのだろう。
「朝食が出来ているから起きて食べるといい」
「っ!」
反応は劇的だった。
ぼんやりとしていた瞳はしっかりと開き、身体はしゃっきりと起き上がる。
「ごはんっ!」
ぐぎゅるるるるるる……
「………………」
「………………」
起き上がると同時に盛大な腹の虫が空腹を主張した。
この上ない明確さを伴った主張だった。
「あ……う……」
真っ赤になるシンフォ。
かなり恥ずかしそうだ。
聴かなかった振りも出来ないぐらい近くで耳にしてしまったので、誤魔化すことも出来ない。
「……早く食べろ」
ぽんぽんとシンフォの頭を撫でておく。
誤魔化すことは出来ないが、慰めることぐらいは出来る。
「……はい」
しょんぼりしながら起き上がるシンフォ。
台所の隣に設置してあるカウンターダイニングへと向かった。
「美味しいっ!!」
そして恥ずかしさはどこかに消えたようで、輝く表情で俺が作ったサンドイッチを頬張っている。
シンフォの口に合ったようで、大喜びで食べてくれている。
ここまで喜んで貰えると、作った側としてもかなり嬉しい。
「それは良かった」
シンフォは小柄な割には健啖なようで、あっという間に一人前を平らげてしまった。
「………………」
そしてじーっと注がれる視線。
俺が食べているサンドイッチに熱視線を送ってくる。
「………………」
譲ってオーラがバリバリ出ている。
「………………」
俺は無言で自分の皿をシンフォの方へと押しやった。
「ありがとうございますっ!」
女性でここまで遠慮しない相手というのも珍し……いや、マーシャとシオンもこんな感じか。
最近はこういうのがスタンダードなのかもしれない。
かなり恐ろしいスタンダードだが。
幸い、材料の買い置きはまだある。
これでも足りるかどうかは怪しいのだが、ひとまず追加を作るとしよう。
★
「「ご馳走様でしたっ!」」
「ああ」
そして二人揃って俺の作った食事を平らげてしまう。
あの後すぐにゼストが起きてきて、俺の作ったサンドイッチを大喜びで食べていた。
俺が食べる分が無くなるぐらいの勢いで食べたので、俺自身はゼストの買い置きであるインスタント食品で補うことになった。
……微妙に理不尽だ。
しかしまあ、大事な本番を控えたレーサーと、それを支える整備士の為ならば仕方ないと諦めるのが無難だろう。
「いや~。本当に美味しかったですねっ!」
「言えてる。オッドは料理人なのか?」
「いや。料理は片手間でやっているだけだ。本職は砲撃……というよりも雑用だな」
砲撃手と言いかけたが、少し物騒なので思いとどまった。
「そりゃすごい。レストランでも開ける腕前だぞ」
「そうですね。是非とも将来的には考えてもらいたいところです」
「……考えたとしてもこの星で開店することはないと思うぞ」
「………………」
「………………」
あからさまに不満そうな顔をしないでもらいたい。
元よりこの星の住人ではないのだからこれが当然の筈だ。
「今回はシンフォが食事を忘れそうなほどに危なっかしかったから、特別に面倒を見ただけだ」
「なるほど」
「そういうことですか」
うんうんと納得する二人。
何故か嫌な予感がするのだが……
「オッドさん。私、今後も食事を忘れそうですっ!」
「そうだな。俺もシンフォの機体の整備をしている内に、食事が不安定になりそうだっ!」
「………………」
清々しいまでのまかない要求だった。
遠慮などどこにも存在しない。
「まあ、シンフォの次のレースが開始されるまでは構わない。結果を見届けたらマーシャ達と一緒にこの星を離れるから、それまでで良ければ面倒を見る」
「やった~っ!」
「よっしゃっ! むしろうちの専属シェフとして雇われないか?」
「それは遠慮しておく」
「……残念だ」
本気で落ち込むゼストを見て、やや引いた。
そこまで執着するとは、一体どれだけ酷い食生活だったのだろう。
俺の腕は並程度だと思うんだがな。
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