シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

オッドさんの女難……もとい幼女難 12

公開日時: 2021年10月8日(金) 22:35
文字数:3,688

「気持ちを否定するつもりはない。だが俺の気持ちを無視されるのも困る」


「それでも子供だっていう理由だけで拒絶されるのは納得いかないですです」


「………………」


 一般常識に照らし合わせれば、それで十分なのだが。


 しかしその理屈では納得してくれないだろう。


「あたしは人間じゃないです。だから人間とは違う成長をしてきました。マーシャはあたしの精神年齢が追いつくまで、この身体を成長させるつもりは無いと言っていました。あたしは、人間と同じように歳を取ることはしばらく出来ないかもしれません。でも、それでも、あたしは女の子です。オッドさんに恋をしている、一人の女の子です。中身だって、きっとあたしが頑張れば成長出来ます。そうしたら、あたしのことを女の子として見てくれるですか?」


 揺れる翠緑に涙が滲む。


 悪いことをしている訳ではないのに、罪悪感が大きくなってくる。


 泣かせたい訳ではないのに、どうしたらいいのかも分からなくて困る。


「そうなってみなければ分からない。少なくとも、今は中身も子供にしか見えない。それで女として見ろというのは無理がある」


「そうですか……」


 あからさまにしょんぼりするシオン。


 落ち込ませるのは申し訳ないが、だからといって受け入れる訳にもいかない。


「悪いな」


「最悪ですです」


「………………」


「あたしは子供だから、物分かりなんて良くないです。だからオッドさんに振り向いて貰えるまで、ちゃんとあたしの気持ちを受け入れて貰えるまで、何度だって頑張るですです」


「それはかなり迷惑なんだが……」


 何故だろう。


 普通なら頑張る子供は応援してやりたくなるのだが、今は全力で水を差したい気分だった。


 嫌な予感しかしないのだ。


「まずは毎日夜這いするですっ!」


「やめてくれ……」


 本気でやめてくれ……


 拳を握りしめながら目標を掲げるが如く宣言するのを止めて欲しい。


「それから、オッドさんがこうやってお店で女の人を買うのを阻止するですっ!」


「う……」


 それはものすごく迷惑だから止めてもらいたいのだが、自分を好きだと言っている女の子にそれを言うのはとても酷いことのような気して、口には出せなかった。


 それから買うというのは止めて欲しい。


 ある意味事実なのだが、ちょっと表現が悪い。


「言っておきますけど、オッドさんに拒否権は無いです」


「何でだ?」


 意味が分からない。


 拒否権ぐらいはあって然るべきだろう。


「だってオッドさんには好きな人が居ないです。特別な相手が誰もいないのに、オッドさんを好きなあたしが好かれようと努力するのを妨げるのはおかしいですです」


「おかしい……のか……?」


 おかしな理屈だが、妙な説得力があるのが不思議だった。


 恋する少女の押し切りパワーとも言う。


「操立てする相手が誰もいないなら、あたしの努力を受け入れてもいい筈ですです」


「む……」


 それを言われると辛い。


 俺自身が敢えて特別な相手を作らないように気をつけていると言ったところで、シオンは納得してくれないだろう。


 しかしシオンの行動を妨げるべき理由も思い付かない。


 純真な好意を示してくれるのは素直に嬉しい。


 しかし俺自身のこだわりとは別に、シオンが相手では問題がありすぎるのも事実だった。


 身も心も子供でしかない相手に欲情しろというのは、流石に無理だ。


「大体、どうして俺なんだ? 釣り合い的にも、相性的にも、シャンティの方がよほど相応しいと思うんだが」


「シャンティくんは友達ですよ。友達は友達以上にはならないですよ」


「………………」


 いつも通りの答えだった。


 好意は抱いているようだが、それはあくまでも友情でしかないのだろう。


「シャンティくんやマーシャ、それにレヴィさんと一緒にいると楽しいですです。みんなと一緒にいるのは大好きですよ、でもオッドさんと一緒にいると、楽しいだけじゃなくて、ドキドキするんです。だからこの気持ちは他の人とは違う、恋愛の方の大好きだと思うですよ」


 シオンは自分の中の気持ちともしっかり向き合って結論を出しているようだ。


 だからこそ簡単には引き下がってくれない。


 しかし肝心なことには答えて貰っていない。


「それは理由になっているようで、なっていない。俺が訊きたいのは『どうして』俺なのかということだ」


「だから、感覚的なものです。そういうのって言葉じゃ上手く説明出来ないと思うですよ」


「………………」


 確かにその通りだった。


 感覚的なものを言葉で説明することの難しさは俺にもよく分かる。


「でもきっかけなら分かるですよ」


「え?」


「ヴァレンツで関わったスカイエッジ・レースですです。あの時、シンフォさんがトップを獲った時、オッドさんがすごく嬉しそうに笑ったんです」


「………………」


「いつものオッドさんとは違う表情をしていたですよ。大人の男の人に向かってこういうことを言うのはちょっと気が引けるですけど、まるで子供みたいな笑顔でした」


「………………」


 そんな顔をしたという自覚は無いのだが、シオンがそう言うのなら、本当に子供のような笑顔をしていたのだろう。


 それなりに歳を経た大人のつもりでいたのだが、実年齢一歳ぐらいの幼女から『子供みたい』などと言われてしまうと、かなりのダメージがある。


 しばらく立ち直れないかもしれない。


 それぐらいにショックを受けていた。


「オッドさんがああいう表情をするのはすごく珍しいっていうか、初めて見たっていうのが最初の印象なんですけど……」


「………………」


「でも、その笑顔が、あたしの記憶にすっごく焼き付いてしまったです」


「………………」


「それからオッドさんのことを考えるとドキドキしっぱなしなんですよね」


「それはただ単に、意外な一面を見て驚いただけじゃないのか?」


 珍しいものを見て、それが記憶に引っかかっているだけ、という可能性もある。


 というか、そうだと信じたい。


 しかしシオンは引き下がってくれない。


「驚いたのは確かですけど、それで好きになっちゃったのも確かですです」


「それだけだと理由としては弱くないか?」


「そうですか? いわゆるギャップ萌えなので恋に落ちる理由としては真っ当な方だと思っているですよ」


「………………」


 俺に対してそんな萌えを定義しないで欲しい……と切実に思うのだが、もちろんシオンには通じない。


「という訳で、今からオッドさんルートで攻略開始なのです~」


「ゲームみたいに言うな……」


 かなり脱力してくる。


 真剣なんだかふざけているのか分からなくなってくる。


「じゃあオッドさん攻略作戦?」


「戦略を練られても困る」


「うーん、じゃあオッドさんロリコン化計画?」


「最悪の計画だなっ!!」


 絶対に分かっていて言っている。


 かなりタチが悪い。


 シオンを軽く睨み付けると、てへっと笑っている。


 男だったらとっくに殴っているな。


「えへへ~。とにかく、今からあたしはガンガン攻めに行くですよ~。オッドさんは受けですですっ!」


「その表現もやめてくれ……」


 なんだか同性愛的ないかがわしさがあって嫌だ。


『攻め』とか『受け』とか、言葉だけでも聞きたくない。


 シオンの口からは尚更聞きたくない。


「よし。じゃあ帰るですよ~。あたしの目が光ってる間は風俗店になんて入れませんからね~。欲求不満が溜まったらあたしを押し倒すですです~」


「出来るかっ!」


「うー。やっぱり大人の身体じゃないと駄目ですか?」


「当たり前だ。俺はロリコンじゃない」


 断じてロリコンではない。


「世の中には素敵な名言もあるですよ」


「名言?」


「『自分は幼女を好きな訳ではない。たまたま好きになった相手が幼女だっただけなんだ』」


「……迷言じゃないのか、それは」


 まあ幼女に限らず、同性愛とか、近親相姦的なものでも使われたりはするのだろうが。


 少なくとも俺がその迷言を使ってまでシオンに手を出そうとは思わない。


「………………」


「なんだ?」


 翠緑の瞳がじっと俺を見上げる。


 無垢な光の中に、かすかな焦りがあるのを感じる。


 放っておくと不味いのかもしれない。


「オッドさんがどうしてもって言うなら、あたしも大人になるですよ」


「え?」


「いざとなれば非常手段が使えるですよ。マーシャを説得するのが大変ですけど」


「非常手段?」


「あたしは人間とは違いますからね~。いろいろやり方はあるんですよ」


「シオン?」


 楽しそうに言おうとしているのに、何故か少しだけ寂しそうに見えた。


 どうしてそう見えたのかは分からない。


 しかし放っておけない感じがしたのは確かだ。


「ん。何でもないです。帰るですよ~」


 シオンが俺の手を取ってぐいぐいと引っ張っていく。


 このまま家まで連行するつもりのようだ。


「分かったから引っ張るな」


 今日はもう、誰かを抱くどころではないので帰ることにした。


 シオンのことはきちんと考えなければならないだろう。


 もちろん、受け入れるという選択肢はない。


 ただ、どうやったら諦めてくれるのか、それが分からない。


 なるべくならばこの無垢な少女を傷つけたくはないのだが、それはどうしても避けられないことなのだろうと考えると気が重かった。


 引っ張られる手から伝わる小さな温もりに安堵を感じる自分も確かにいたので、本当にどうすればいいのか分からなかったのだ。




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