「一つだけ教えて欲しい」
ギルバートは真摯な表情でレヴィを見つめる。
「俺に答えられることならば」
「ラインハルト星系で起きたファルコン准将の率いる艦隊壊滅と、先日のファングル海賊団に便乗したエミリオン連合軍の艦隊壊滅。これらに君たちは関わっていたのか?」
「それを知ってどうするつもりです?」
「いや。どうこうしようというつもりはない。ただ、知っておきたいだけだ」
「どうしてです?」
「敵に回した時のリスクをきちんと把握しておきたいからだ」
「………………」
そういうことならば教えておいた方がいいのだろうか。
しかしマーシャの判断を無視してギルバートに伝えることも気が引ける。
だが、ギルバートがこのまま引き下がるとも思えない。
「そういうことなら教えておきたいところですけどね。でも、俺の一存じゃどうしても言えないことなんですよ。出来れば察して貰いたいところですね」
これだけでも十分過ぎるほどの情報を与えてしまっているが、言質を取られていない以上、最低限のラインは守っているつもりだ。
証拠は無いのだから、ギルバートがいくら何を言ったところで、しらばっくれることは出来る。
それでも、自分達を敵に回すことのリスクだけは認識して貰う必要がある。
なかなかにさじ加減が難しいが、ここは頑張るしかない。
レヴィの愛するもふもふちゃんの為にも、ここは頑張るところなのだ。
割としょうもない理由で自分を奮起させるレヴィだが、ギルバートはその内面には気付いていない。
オッドは気付いていて、やや呆れた表情になっているが、それも今更だった。
「……まあ、正直に話してくれるとは思っていない。しかしその態度である程度は確信したよ。やはり君たちを敵に回すのは止めた方がよさそうだ」
「それが賢明ですね」
「ある程度調べただけでも、こちらの膿みまで出てくるような話だからな。お互いの為にも、これ以上は干渉しない方がいいのだろうな」
「………………」
グレアス・ファルコンについては完全な独断専行であること、そしてファングル海賊団とセッテ・ラストリンドについては亜人の人体実験が関わる倫理問題が大きすぎること。
どちらの問題もエミリオン連合が抱える膿みを暴露してしまいかねない爆弾だった。
「しかしリーゼロックの技術についてはなかなかに興味深い。交渉次第でこちらにも技術提供をしてもらえることを期待したいものだな」
「それについてはクラウスさんと相談して下さい。俺がどうこう出来る問題ではないので」
リーゼロックの技術についてはクラウスが全権を握っている。
クラウスだけではなく、その技術を提供しているマーシャもかなりの権限を握っている筈だが、彼女を矢面に立たせるのは気が引けたので、そう言っておく。
「そうだな。それこそ正面から交渉するしか無いだろうな」
「まあ、応援はしていますよ」
「それはありがたい。では二つ目の交渉だ」
「へ?」
軍に戻って欲しいという交渉は突っぱねた。
これ以上どんな交渉があるのだろう、と首を傾げるレヴィ。
「軍に戻れとは言わない。だが、秘密裏に力を借りたい時に頼っても構わないか? エミリオン連合軍ではなく、私個人の依頼を時折受けて欲しい」
「つまり、外注?」
「そういうことだな」
「エミリオン連合軍の重鎮がそんなことをしてもいいんですか?」
「良くはない」
「………………」
「しかし戦力が足りない時に現地でPMCと契約するというやり方はまかり通っているからな。違法という訳でもない。何よりも、君ほどの戦力をこのまま寝かせておくのは押しすぎる」
「えーっと、マーシャと一緒にいれば割とトラブルに巻き込まれることも多いんで、寝かせられている訳でもないんですけどね」
「……そんなにトラブル塗れなのか?」
「割と。まあそこが可愛いんですけどね」
「………………」
訳の分からないデレ方をするレヴィに呆れてしまうギルバート。
どうして亜人であるマーシャとそこまで深い関わりを持ったのかまでは分からないが、レヴィとマーシャが揺るぎない愛情で結ばれているのは確かなようだ。
「という訳でお断りしますよ。戦力が欲しいならリーゼロックPMCに依頼したらどうですか? 彼らもなかなか腕のいい操縦者揃いですよ」
「君が保証するのなら、腕は確かだと確信出来る。しかしやはり惜しいな」
「すみせんね。俺はマーシャの専属なんで。どうしてもというのなら、彼女と交渉して下さい」
「………………」
それはかなり絶望的な交渉になりそうだった。
「分かった。無理強いをしても関係を悪化させるだけだからな。今はこれでいいだろう。娘を助けてくれた人間にあまり不快な思いもさせたくはないしな」
「そう言って貰えると助かります」
「ちなみに、娘に会いたくなったらいつでも言ってくれ」
「……マーシャに殴られそうなんでやめておきます」
「婿に来るつもりならいつでも歓迎するぞ」
「……マーシャに殺されそうなんでやめてください」
マーシャ以外の女性になびくつもりはないのだが、そんな誘いを受けたと知られただけでも締め上げられそうだなと身震いしてしまうレヴィだった。
しかしそんな独占欲を発揮してくれるのも嬉しいと思ってしまうぐらいにデレているので、処置無し状態である。
「しかし、君が亜人を相手に選ぶとはな。特殊な趣味をしている」
「そうですか? 一度あのもふもふを味わうと二度と離れられないぐらいの虜になりますよ」
デレデレした表情でそんなことを言うレヴィ。
もふもふというのは恐らく尻尾のことなのだろうが、深く考えると呆れる結果になりそうなので、そこで思考を止めておいた。
ギルバートは亜人に対する差別意識はそれほど大きくはないが、それでもレヴィの趣味の特殊さには辟易としてしまう。
亜人だからという理由ではなく、あんな暴力的な女のどこがいいんだ、というものだった。
初めてマーシャに会った時に、容赦無く締め上げられたことを忘れていないギルバートは、レヴィの趣味を理解出来なかった。
確かに顔立ちは整っているが、女性とはもっとおしとやかであるべきではないのかと言いたくなる。
自分の妻も、そして娘も、おしとやかという面ではマーシャよりも遙かに勝っているし、女性らしさでも勝っていると確信している。
ギルバート自身、おしとやかで可愛らしい女性を好ましく思っている。
だからこそマーシャを深く愛しているレヴィのことは理解出来なかった。
ちなみにもふもふの良さについては最初から理解の外だ。
「尻に敷かれるのが趣味なのか?」
「失礼な。そんな特殊な趣味はありませんよ。俺は尻に敷かれるのが趣味な訳ではなく、もふもふに敷かれるのが趣味なんです」
「………………」
「………………」
ギルバートだけではなく、オッドからも呆れた視線を向けられてしまうが、レヴィは怯むことなく堂々としていた。
自分の言葉の一切に恥じるところはないという意思表示だった。
むしろ二人に対して呆れているぐらいだ。
どうしてあのもふもふの素晴らしさが分からないんだ……とか、あれでもベッドの中ではかなり可愛いんだぞ……とか、そんなことを考えているが、もちろん口には出さない。
マーシャは確かに強引な部分もあるし、いざとなればレヴィを簡単に締め上げることが出来るだけの力量を持っている。
それでも尻に敷かれている頭を抑えつけられている、という感じはしない。
きちんと相手の意志を尊重してくれるし、意見が合わない時も可能な限り譲歩してくれる。
恋人としても、個人としても、付き合いやすい相手であることは確かなのだ。
しかしもふもふ狂いを前面に押し出している以上、レヴィのそんな価値観は理解されないだろう。
「そうか。まあ、他人の趣味にとやかく言っても仕方無いからな」
呆れつつも諦めてしまったギルバートは、肩を竦めるだけだった。
何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
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