「あ、アニキ」
「どうした?」
バーベキューも食べ終えてお腹いっぱいになったシャンティが、レヴィに駆け寄ってくる。
内緒話をするように声を潜めてから言った。
「頼まれていた件、ちゃんとやっといたよ」
「おお。流石に仕事が早いな」
「ここのマシンスペックだと少し手間取ったけどね。でもアニキの個体情報はちゃんと削除しといたから、安心していいよ」
「そりゃ助かる」
「それから少し気になる情報も見つけたんだけど」
「何だ?」
「うーん。正直なところ、判断に迷う情報でもあるんだよね。ほら」
タブレット端末にまとめた情報を見せるシャンティ。
受け取ったタブレット端末に視線を落として、その情報を読み取ると、レヴィも不思議そうに首を傾げた。
「なんだこれ?」
「だから、リネス警察の管制頭脳にあった情報だよ」
「何で警察がこんなものを……」
「だよね。惑星警備も請け負っているなら分からなくもないけど、これってどちらかというと軍の仕事じゃない?」
記されている内容は、警察よりも軍が関わるべきものだった。
「何だ何だ?」
話に加わらなかったタツミが訝しげに覗き込んでくる。
タブレット端末にあった情報を見て首を傾げた。
「それってリネスの迎撃衛星だよな?」
タブレット端末に映っていたのは、宇宙より飛来する隕石などに対応する為、軌道上に設置されているリネスの迎撃衛星だった。
宇宙空間から飛来する隕石がリネスに落ちる前に迎撃するシステムで、居住可能惑星の大半はこの衛星を設置している。
連合加盟国ならば必須の設備であり、資金が足りない場合は、エミリオン連合が援助してくれるという厚遇もある。
もっとも、監視衛星も兼ねているので、連合にも利のあることなのだが。
リネスは連合加盟国だが、迎撃衛星は自前のものを使っている。
その解析図やシステムの詳細などが書かれていた。
「そうなんだけどさ。警察の管理データに入ってたんだよ。おかしくない? 普通、こういうのって軍か政府の管理データにあるべきものだよね? それとも軍と警察が統合したとか?」
シャンティが不思議そうにタツミへと質問するが、ついこの間まで檻の中に居た彼には答えようのないことだった。
「分からないけど、なーんか嫌な感じだな」
「俺もそう思う。だが何の為に迎撃衛星のデータなんか置いてあるんだ?」
「それは詳しく調べてみないと分からないけど。でもこれ以上はここの端末じゃ無理。痕跡が残っちゃう。シルバーブラストの専用端末を使った方が確実だよ」
「それならシオンと一緒にやってみたらどうだ?」
「出来れば僕一人がいいな」
「何でだ?」
「電脳潜行《サイバーダイブ》スキルはまだまだ僕の方が上だし、それに結構好きなんだよ、これ」
どうやら好きな仕事を独り占めしたいらしい。
それだけではなく、シオンに危ないことをさせたくないという気持ちもあるのかもしれない。
警察のデータにハッキングするのだから、危険は当然ある。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としてのスペックはシオンの方が格上だが、経験ではシャンティの方が遙かに勝る。
男の子である以上、女の子を護ろうとするのは当然の心理なのだ。
趣味を独り占めしたいという気持ちも多少はあるのだろうが、レヴィはそんなシャンティの気持ちを汲んでやることにした。
「分かった。そっちは任せるよ。妙だとは思うけど、多分そこまで切羽詰まった問題ではないだろうしな」
迎撃衛星を警察が調べていようとも、それが大した問題になるとも思えない。
少なくとも現状では。
それならシャンティの趣味に任せてみようと思った。
「じゃあ明日の出発前にちょこっと侵入してみるよ」
「おう。マーシャには事情を話して、少し出発を遅らせてみるように言ってみる」
「まあ、十分もあれば大丈夫だと思うけどね」
「頼もしいな」
「僕を誰だと思っているのさ」
「独り身の電脳魔術師《サイバーウィズ》」
「腕利きの電脳魔術師《サイバーウィズ》だよっ!!」
メンバーの中で自分だけが独り身であるという事実は、シャンティもかなり気にしているのだ。
もっとも、年齢を考えれば彼女を持つなどまだ早いと思うのだが。
それを分かっていてからかうのだから、レヴィもかなり意地が悪い。
ぷんすかしながら、割り当てられた部屋に戻っていくシャンティ。
少しからかいすぎたか、と舌を出すレヴィは小さな後ろ姿を見送った。
「あの子、電脳魔術師《サイバーウィズ》なのか?」
「おう。若いけどとびっきりの腕利きだぜ。警察に提供させられた俺の個体情報を綺麗に削除してくれたしな」
「痕跡も残さずに?」
「もちろん」
「そりゃすごい。あんなに小さいのにな。どんな人生を送ればそんなことになるんだ?」
「まあ、あいつにも色々あったのさ」
「ふうん」
かつてのシャンティが電脳魔術師《サイバーウィズ》を造り出す為の実験体だったこと、そして限りなく成功例に近い被検体だったことは言わない。
言う必要の無い事だからだ。
「でもこのデータは気になるな。コピーしてもらってもいいか? こっちでも調べてみるから」
そう言ってメモリースティックをレヴィに渡す。
この中に記録して欲しいという事らしい。
レヴィはメモリースティックをタブレット端末の端子に差し込んでから、コピーを開始した。
「ほら」
「さんきゅー」
受け取ったタツミが視線を移すと、マーシャとランカがいつまでも仲良くおしゃべりをしていた。
ガールズトークというのは、盛り上がると際限が無いらしい。
その横でシオンがちょこまかと動いて、食器などを台所に運んでいく。
仲良くオッドのお手伝いだ。
「んしょ……」
少し皿を積み重ねすぎたのか、足取りが危なっかしい。
「無理するなよ、シオン。ゆっくりでいいからな」
「分かってるですよ~」
ふらふらしながら運んで行くシオン。
そこにオッドが戻ってきて半分持ち上げる。
「無理をするな。ふらついているぞ」
「大丈夫なのに~」
「そういうのはふらつかなくなってから言え」
「う~」
不満そうにしながらも、二人仲良く台所に歩いて行く。
過保護だ……と思いながらも、仲のいい二人を見ると気分が和んだ。
それから入浴タイムになった。
「露天風呂に天然温泉を引いているんですよ。一緒に入りましょう」
「天然温泉かぁ。入りたい入りたい」
「ふふふ。では行きましょう」
にこにこしながらマーシャを案内するランカ。
「お嬢~。ここの露天って確か男女別れてなかったよな」
「当たり前でしょう。温泉宿ではないんですから。一つに決まっています」
「なら混浴? 混浴でもいいか?」
「………………」
期待に満ちた表情で問いかけてくるタツミに投げかけるのは、絶対零度の視線と冷笑だった。
「……はい。大人しくしてます」
「よろしい」
しょんぼりしている駄犬タツミを放置して、ランカは楽しそうにマーシャの腕を引っ張っていく。
脱衣所から露天風呂に移動して、二人でのんびり温泉に浸かった。
「はあ~。気持ちいいですね~」
「うん。気持ちいい」
マーシャも身体を伸ばして温泉を堪能した。
天然温泉に入るのはかなり久しぶりなので、じっくり楽しむつもりだった。
お互いに一糸まとわぬ姿だが、女の子同士なので気にしない。
「個人の家に、しかも別荘に温泉を掘るのって、かなり大変だったんじゃないか?」
温泉を湧き出させるには、かなりの深さを掘らなければならない筈だ。
別荘一つの為に管理の大変な温泉を掘ったりするなど、とんでもない無駄のように思えたのだ。
今はこうして堪能しているので完全に無駄ではないのだが、しかし利用頻度が少ない別荘では、やはり無駄の方が大きい気がする。
「掘ろうと思ったら大変でしょうけど、元々この土地は浅い部分から温泉が湧き出ていたんですよ。だから環境を整えるだけで十分でした。別荘を建てたのも温泉が湧いていたからなんですよ」
「ははあ、なるほどね」
そういうことなら納得だった。
別荘を建てたから温泉を掘ったのではなく、温泉が湧いていたから別荘を建てたということだ。
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