シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

ランカの戦い 2

公開日時: 2022年6月1日(水) 12:17
文字数:3,789

 ヴィンセントは懐から携帯端末を取り出してランカに見せた。


「それで、僕からもう一つの提案だ。君が僕と一緒に来てくれるのなら、状況は維持される。だけどもしも拒否するのなら、僕はこの端末で迎撃衛星に陣取っている部下に命令して、どこか適当なところを狙撃して貰う」


「なっ!?」


「フォートレス社の人間を人質に取っているのは父さんだから、あそこには手出し出来ない。だけどね、別にそこに拘る必要は無いんだよ。北部の何処でも狙えるんだから」


「………………」


 迎撃衛星そのものはネットワークから切り離されていても、そこにいる人間が持つ携帯端末は、他の衛星を通じて繋がっている。


 止める事は出来なくても、指示を出す事は可能なのだ。


「………………」


 ランカはぐっと拳を握りしめた。


 タツミ達は失敗した。


 いや、失敗したのはランカだ。


 この状況を見抜けなかった自分の責任だ。


 ヴィンセントはエリオットとは別の思惑で動いている。


 ここで彼について行ったとしても、フォートレス社の人たちが解放されるとは限らない。


 自分が捕まれば、少なくともそれがエリオットに伝われば、彼らを救出する時間ぐらいは稼げる筈だから、後は突入部隊を信じるしかない。


 タツミ達に確認したい気持ちはあった。


 通信が繋がっている今ならば、それが本当なのかどうかを確かめる事が出来る。


 だけどヴィンセントが今更そんなハッタリを使う理由は無い筈なのだ。


 つまりランカにはもう、自分を差し出す以外の選択肢が残されていない。


「……私がヴィンセントと一緒に行けば、フォートレス社の人たちは解放してくれる?」


「生憎と、僕にその権限は無いよ。でも君が僕の手にあると知ったら、父さんにはフォートレス社を攻撃する理由は無くなるだろうね」


「………………」


 迷うことは許されない。


 この道以外、ランカには選べない。


 殺されないだけマシだと思え、というのは無理だ。


 ランカはヴィンセントが大嫌いだ。


 こんな男に自分を差し出すぐらいなら、死んだ方がマシだと思っている。


 だけど死んだ方がマシだと思うような選択をすることで大切な人たちを助けられるのなら、ランカにとってそれは迷わず選ぶべき道なのだ。


「分かったわ。私のことは好きにしなさい」


 だらりと腕を下げて、無抵抗の意思を示す。


 着物の中にはまだ針も鉛玉も仕込んであるし、近付いてきたヴィンセントを無力化することも出来るだろうが、今更それをしても意味が無い。


 ヴィンセントの動きを瞬時に封じたところで、残りの部下達が迎撃衛星に指示を送ってしまえばそれまでだ。


 いくらランカでも、七人を一瞬で無力化する事は出来ない。


「そうこなくっちゃ。君が聡明な女の子で助かるよ、ランカ」


 今にも押し倒しそうなぐらい嬉しそうな顔で舌なめずりをして、ランカの頬に触れる。


 その手元が胸元に到達しようとしたところで、ランカは反射的に殴りつけそうになったが、それも堪える。


 このままここで穢されてしまうのかと覚悟を決めた時、通信機から誰よりも信頼している人の声が聞こえた。




『諦めんなお嬢っ!! そんな奴の言うことを聞く必要はねえっ!!』




「っ!?」


 ランカは俯いた顔をハッと上げる。


 ランカの持っている通信機は繋いだままだ。


 二つの通信機はフォートレス社の突入部隊と、そして宇宙港のタツミに繋がったままなのだ。


 あちらの状況を把握する為の措置だが、それは同時にこちらの状況を伝える為のものでもあるのだ。


 タツミは通話状態にしておいた通信機から、ランカの状態を知ったのだろう。


 投降しようとしたところで乱入してきたのだ。


「タ……タツミ……!? 無事なのっ!?」


『当たり前だっ! いいか、お嬢。確かに迎撃衛星のネットワークは封鎖されたままだっ! だがまだ方法はあるっ! 俺達が直接軌道上まで上がって、乗り込んでから止めてやるっ! だから諦めるなっ!』


「軌道上まで上がるって……でもマーシャ達の船は拘束されたままなんでしょうっ!? 無理をすれば船体も無事では済まない筈なんじゃ……」


 あの船がマーシャにとってどれだけ大切なものなのか、それを得意気に語る彼女の様子から十分に伝わっている。


 自分の為に半身とも言える船を傷つけるような真似はして欲しくない。


『船は出せない。だが方法はあるっ! 格納庫までは拘束されていないからな。レヴィの戦闘機だけを射出して、そのまま軌道上まで上がるっ! 俺も一緒に行くから、だから信じろっ!』


「………………」


 それならば確かに可能性はある。


 何よりも、タツミと通信している状態でヴィンセントにこの身体を差し出すなど、冗談ではない。


「悪足掻きをっ! 何だったら今すぐに北部のどこかを狙撃してやろうかっ!!」


 後少しでランカが手に入ると思っていたところを、誰よりも憎たらしい恋敵に邪魔をされたのだ。


 元々感情の起伏が激しい癇癪持ちのヴィンセントが荒れるのは当然だった。


 携帯端末を操作して、すぐにでも狙撃指示を出そうとする。


 しかしランカがそれをさせなかった。


 諦め掛けていたところを、タツミの声により活力を与えられ、そして勇気づけられた彼女が取るべき行動は一つだけだった。


「させないっ!」


 袖から手の中にするりと移動させた鉛玉を即座に発射して、ヴィンセントの手に当てた。


「ぐあっ!」


 携帯端末は手からこぼれ落ち、畳に跳ねて転がった。


 それに再び鉛玉を撃ち込む。


 かつてない鋭さで発射された二つの鉛玉は、畳に転がる携帯端末を完膚なきまでに破壊した。


「このっ! 端末一つ壊したところでどうとでもなるぞっ!」


 部下から端末を奪い取ろうとしたが、その前にランカが針を飛ばした。


「かっ! え……っ!?」


 動きを封じる場所に針を刺されたヴィンセントはそのまま倒れてしまう。


 唖然とする六人の部下達は慌てて駆け寄ろうとしたが、ランカはその隙に鉛玉を撃ち込んで牽制して、更に針も飛ばした。


 ほんの少しだけ距離があったのと、一番最初に彼らの主人であるヴィンセントを無効化したのが効果的だった。


 ランカは僅か数十秒で、ヴィンセントを含めた七人を倒したのだ。


「………………」


 はあ、と大きく息を吐くランカ。


 本当にこれで良かったのか、という迷いと、タツミを信じなければ、という意志がまだ鬩ぎ合っている。


 その迷いを打ち消してくれたのはタツミの声だった。


『お嬢。無事か?』


「ええ。何とか連絡だけは阻止したわ。後はそちらに任せるけど、本当に大丈夫? あまり手間取るとヴィンセントはともかく、エリオットの方は指示を送ってしまうかもしれない」


『そこは正直賭けだな。こっちも出来るだけ最短で迎撃衛星に突入する。どのみちこんな状況なら、多少のリスクは負わないと一歩も動けないんだ』


「ええ、そうね。その通りだわ」


 このまま動かず、ランカ一人が犠牲になれば、多くの命は助かるのかもしれない。


 だけどそれは、多くの未来を殺すことに等しい。


 ならばせめて、後悔しないような選択をするべきなのだ。


「ヴィンセント達はこっちで拘束しておくから、後はお願いね、タツミ。貴方達に全てを託すわ」


 たとえ失敗しても、決してタツミやマーシャ達を恨んだりしない。


 それだけは断言出来る。


『任せろ』


 短い一言だけだったが、それだけで十分だった。


 ランカは瞳に涙を滲ませながら、声に出さずに頷いた。


『お嬢。もう一度言うぞ。俺を信じろ』


 その言葉こそ、ランカにとっては不要なものだった。


 いつだって、どこだって、世界中で最も信じている相手はタツミなのだ。


「信じているわ。だから、無事に戻りなさい。もしもヘマして死んだりしたら、絶対に許さないから」


『じゃあ無事に戻ったらごほーびくれよ』


「ご褒美?」


『またキスさせてくれよ』


「………………」


 無言で通信を切りたくなった。


 この状況で何を言っているのだと怒りたくなる。


 こんな時でもタツミのアホッぷりは健在だった。


 それが嬉しくて、そして少しだけ腹立たしかった。


 だけどタツミがいつも通りであることが、何よりも嬉しかった。


『あ、そうだ。お嬢。そこに居る色ボケ馬鹿息子に言いたいことがあるんだけど、聞こえるようにしてくれるか?』


「ヴィンセントに? いいけど、何を言うつもりなの?」


 ランカは倒れているヴィンセントにも聞こえるように通信機を向ける。


 そして怒り混じりのタツミの声が発せられた。


『おいこら。そこの色ボケ馬鹿息子っ! 俺を差し置いてお嬢に手を出すなんざいい度胸してるじゃねえか。いいか。お嬢は俺のものなんだよっ! お前のものじゃないっ! 俺だけのものなんだよっ! 分かったかこのボケ!!』


「………………」


「………………」


 ランカは真っ赤になり、そしてヴィンセントは悔しげに呻いている。


 この状況で更にアホなことを言うタツミに呆れてしまうが、その台詞が嬉しかった。


 やはり気持ちは通じ合っているのだ。


「こんな時にアホなことばっかり言ってるんじゃないわよっ! さっさと仕事をしなさいっ!」


 ランカは憤慨混じりに怒鳴りつけてから通信を切った。


「まったく。本当に馬鹿なんだから……」


 憤慨しつつも、口元はにやけている。


 ランカは手早くヴィンセント達を拘束してから、倒された部下のところへ急いだ。


 生きているのなら手当が必要だし、救急処置が間に合うようなら病院にも運ばなければならない。


 待機しているだけの筈がとんでもなく忙しくなってしまったが、動き始めた状況には確かな希望がある。


 それだけでランカは未来を信じることが出来るのだった。



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