「それでは俺たちは先に戻ります」
「いいなぁ。美女とデートかぁ」
オッドは邪魔をしないように気を遣ったのだろうが、シャンティの方は純粋にうらやましがっている。
思春期の少年らしい素直さだった。
「そう思うならシオンを誘えばいいじゃないか」
シオンならばシャンティと釣り合う外見年齢に見えたので、そう言ってみた。
しかしシャンティの方は首を振った。
「シオンはちょっと遠慮したいな」
「なんでだ? 好みじゃないのか?」
「顔は好みなんだけどね」
「じゃあ何が不満なんだ?」
「別に不満はないよ。でも、恋愛対象としては考えられない感じがする」
「そうなのか?」
「シオンを見ていると、小さな子供を相手にしているような気分になるんだよ。手を出そうとすると、自分がロリコンになったような気分になる。それが微妙」
「なるほど。有機アンドロイドだから、外見年齢と実年齢は一致しないだろうしな。下手をすると一歳ぐらいかもしれないな」
「うん。見ていてもドキドキしない。むしろ微笑ましい気持ちになる。だから。恋愛対象としてはちょっと微妙かな」
「ロリコンになってもいいんじゃないか?」
「それはやだ」
「嫌か」
「それにお姉さんの方が好みだし」
「ショタ好きなお姉さんには可愛がられてるもんなぁ」
「うん。おっぱい押しつけられると幸せ」
「……思春期どころか、爛れてるじゃねえか」
シャンティは可愛らしい顔立ちをしているので、近隣のお姉さん達に人気がある。
いろいろなパーツを買いに行ったり、日用品の買い物に行ったりすると、馴染みのお姉さん達によく可愛がられているのだ。
マスコットみたいに抱きしめられたりすることもあるので、当然、胸が顔に当たることもある。
なかなかの役得を味わっている少年だった。
「あはは。まあ、可愛がられていることは確かだけどね。でも爛れてるとまでは言われたくないよ。アニキの女癖だって相当じゃないか」
「そこまで酷くない。来る者拒まずで適当に遊んでいるだけだし」
レヴィの方は整った顔立ちとその気さくな性格もあって、女性にはかなりモテる。
自分から誘うようなことは滅多に無いが、相手の方から誘われると基本的には断らない。
家庭を壊すような真似はしたくないので人妻には手を出さないが、フリーの女性ならば遠慮無く深い付き合いになったりもする。
ただし、真面目な恋人として付き合うことは無い。
レヴィは自分自身が死者であることを理解しているので、そんな事情に無関係の女性を巻き込むようなことはしたくなかったのだ。
そんな事情を乗り越えてでも欲しいと思える女性に出会えなかったという理由も大きい。
だからレヴィはそれなりに女性慣れしている。
ただし、気安い付き合いが多いので、真面目な想いを向けられることには慣れていない。
向けられたとしても気付かない。
レヴィを本気で想う女性が現れても、空回りすることが多く、結局は離れていってしまう。
鈍いと言えばそれまでなのかもしれないが、これはレヴィにとっての自衛手段でもある。
「僕だって来るお姉さん拒まずなだけだよ」
「まだ女遊びを覚えるには早いと思うんだけどな」
レヴィは三十路を過ぎているので構わないのだが、シャンティはまだ十五歳になったばかりの少年だ。
女遊びを覚えるのは些か早すぎる。
シャンティの保護者の一人として、情操教育の面で心配になってしまうのは当然だろう。
「僕は可愛がられているだけで、ホテルまで行ってないし」
「それもそうか」
というよりも、シャンティのような少年をホテルに連れ込むようなことがあれば、その女性が逮捕されてしまう。
未成年に対する保護法はスターリットでも適用されるのだ。
その場合、シャンティが誘ったとしても女性が罰せられてしまう。
「マーシャさんとも遊ぶの?」
「うーん。それが微妙だな。何せこーんな小さな頃から知ってる女の子だからなぁ」
レヴィは自分の膝ぐらいの高さを手で示した。
まだマティルダと呼ばれていた小さな女の子のことを思い出す。
自分に懐いてくれた小さなマティルダの姿と、今のマーシャの姿は、重ねようとしても上手くいかない。
成長しすぎているというのもあるのだが、雰囲気が全く違うのだ。
自分の膝の上がお気に入りだった小さな女の子は、今や背中を任せて戦えるぐらいに逞しくなってしまった。
どう接したらいいのか分からないというのが正直なところだった。
「その頃のマーシャさんって可愛かった?」
「すげー可愛かったぞ。ちっちゃくてもふもふしてて、尻尾の触り心地なんか最高だったな」
「……アニキ、ついにロリコンへの扉を開くかもね」
その頃のことを思い出してデレデレな表情になるレヴィを見て、シャンティが呆れた。
レヴィ自身にはそんなつもりはなかったのだが、小さな女の子からあんな風に甘えられた経験はあれが初めてだったので、思い出すだけでも嬉しくなってしまったのだ。
変な意味ではなく、純粋に心が和むという意味でデレてしまったのだが、シャンティの方はどうやら誤解してしまったらしい。
「失礼な。あそこまで成長すればロリコンにはならないだろう」
「まあ、そうかも。逆玉ならぬ成熟待ちパターンかな」
「人聞きの悪い」
「でも否定出来ないよね?」
「待っていた訳じゃない」
「じゃあ迫られたら?」
「そりゃあ、据え膳食わぬは男の恥だからな」
「手を出しちゃう訳だ」
「出すだろうなぁ」
あそこまでの美女に迫られたのなら、断る理由はない。
小さい頃から知っている女の子だとしても、レヴィはやっぱり手を出してしまうだろう。
「………………」
そんなレヴィを見て、オッドが小さなため息を吐いた。
「オッド?」
「いえ。何でもありません」
「?」
「そろそろ俺たちは行きますね。あとは二人でごゆっくり」
「ああ。お前らも疲れただろ。のんびりしろよ」
「分かってるよ」
「それでは」
オッドとシャンティが離れていく。
レヴィは喫茶店に入ってコーヒーを注文した。
「………………」
特に何をする訳でもない。
ただ、のんびりとした時間を過ごしている。
そして数時間前のことを考える。
マーシャとの再会。
そしてグレアスとの決着。
エミリオン連合軍との個人的なわだかまりも、少しだけ解消出来た。
自分の中にあった黒い感情が、ほんの少しだけ消えてしまったのだ。
だから気が抜けてしまったのかもしれない。
これからどうする、とマーシャに問いかけたが、それは自分にも言えることだった。
当然のようにこれからも運び屋を続けるという選択肢はある。
しかし久しぶりに宇宙に出て、自分の為だけに造られた戦闘機に乗って、手足のように操って、思い知らされたことがある。
宇宙に戻りたい。
もう一度、あの星の海で思う存分暴れ回りたい。
戦いたい訳ではない。
ただ、あのスターウィンドでもう一度宇宙を自由に飛び回りたいと願ってしまうのだ。
マーシャとの再会は懐かしさだけではなく、レヴィ自身がずっと抑圧してきた感情をも蘇らせてしまったのだ。
マーシャはどうしてあの戦闘機を造ったのだろう。
あれは本当にレヴィの為だけに造られたものだった。
レヴィにはそれが分かる。
あの戦闘の為だけに造ったのだろうか。
いや、それは無い。
そんなことは割に合わないにもほどがある。
だから、マーシャの望みはただ一つなのだ。
自分に憧れていると言ってくれた。
きっと、あれからレヴィのことをずっと調べて、そして目指してくれたのだろう。
あそこまでの操縦技術を身につけるには、並大抵の努力では済まなかった筈だ。
他にも投資家としての才能や開発者としての才能も開花させているようだが、マーシャは基本的に操縦者としての自分に重点を置いている。
投資家としての才能は宇宙船の研究開発の為。
開発者としての才能はよりよい宇宙船や戦闘機を手に入れる為。
どちらの才能も、行き着く先は操縦者としての自分になる。
「待たせたな、レヴィ」
そんなことを考えていると、マーシャがやってきた。
どうやらシオンを部屋まで送り届けてきたらしい。
「思ったよりも早かったな」
「受付が空いていたからな。手続きがスムーズだったんだ」
「それは良かった。何か飲むか?」
「出来れば食事が摂れるところに行きたいな。お腹が空いた」
マーシャはお腹のあたりをさすりながらため息を吐く。
どうやら限界が近いらしい。
「分かった。何処に行く?」
「がっつり食べたいからビッフェがいいな」
「オッケー。じゃあ行くか」
「うん」
マーシャとレヴィはそのままビッフェレストランへと移動した。
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