「シオンに何か言われただろう?」
「まあ、言われた」
正直に答えておく。
マーシャはシオンの生みの親であり、保護者でもあるので、こういうことで隠し事は出来ない。
「好きだって言われたか?」
「まあ、そんなところだ」
「なんて答えた?」
「答えようがないだろう。相手は子供だぞ。シオンのことをそういう対象として見ることは出来ない。本人にもそう言った」
「振ったのか」
「意外そうに言うな」
それ以外の選択肢は無いのだ。
ロリコンになるつもりはない。
それ以前に、特別な相手を作るつもりもない。
「どういう状況で言われたんだ?」
「それは……」
話していいものかどうか迷ったが、マーシャに追求をやめるつもりがないと分かったので大人しく白状する。
繁華街で飲み歩いた後で、風俗店に入るところを目撃されたこと。
そのままむくれたシオンに告白されたこと。
断ったが、特別な相手がいないのならば諦めるつもりは無いと食い下がられたこと。
そして今現在は毎日夜這い……もといベッドに潜り込まれて非常に困っていることなどなど……を割と洗いざらい白状してしまった。
「あはははっ! シオンもなかなか積極的じゃないかっ! というか風俗店に入るところを子供に見られる方がダメージでかくないか?」
腹を抱えて笑うマーシャを軽く睨み付ける。
しかしダメージがでかいことも否定出来ないので、その眼光はどうしても弱くなってしまう。
「でも特別な相手が居ないなら、お試し気分でシオンと付き合ってみればいいじゃないか。シオンがいい子だってことは私が保証するぞ」
「それは俺も知っている。だが、やはり子供に手を出す訳にはいかないだろうが」
「やっぱりそこがネックなのか~」
「普通はそうだろう」
「まあ、普通だなぁ」
マーシャが腕を組んで、困ったように唸る。
シオンが子供であることは事実なのだ。
俺にそういう趣味が無い以上、強制するつもりもないのだろう。
「でも子供だって恋ぐらいはするぞ」
「それは……」
「そして、その気持ちはいつだって真剣なんだ。子供だからと言ってもその気持ちを否定する権利は誰にも無いだろう?」
「それはそうだが……」
「シオンは本気だぞ。少なくとも、強制的に成長しようと考えている程度にはな」
「強制的に成長……?」
意味が分からず、首を傾げる。
「ああ。シオンは人工的に作られた生命体だから、身体の成長も意図的に操作出来る。電脳魔術師《サイバーウィズ》としてある程度耐えられる身体が必要だったから、あの年齢までは一気に成長させたが、今はその成長を止めている。中身が外見に追いつくまでは、あのままにしておいた方がいいと思ったんだ」
「それは正しい判断だと思う」
シオンの秘密を意外なタイミングで聞かされて、流石に驚く。
大人になることが出来るという言葉は、そういう意味だったのか。
しかしそれは本質的な問題の解決にはならないような気がする。
「出来れば私はそういうことをさせたくないんだ。シオンが本気で望むなら、今の状態から人間と同じ速度で歳を取らせることは出来る。でも、短期間で二十代にまで成長させたら、絶対にどこかで無理が生じるだろうからな」
「それはそうだろうな」
「でもシオンは焦っている。オッドへの気持ちが、そうさせている」
「………………」
「だから子供だからという理由だけで拒絶するのはやめておけ。シオンは決していい加減な気持ちで好きだと言った訳ではない筈だ。まあ、身体が子供なのはどうしようもないが、今からはきちんと成長出来るようにするつもりだし。中身に関しては本人の努力次第でいくらでも成長るんだ。だからちゃんとシオン自身を見てやって欲しい」
「それは、分かっているつもりだ」
シオンが子供だからという理由で拒絶しているのは否定出来ない。
しかしそれ以上に、俺は特定の相手を作るのが怖いのだ。
「案外、手を出してしまえば簡単に吹っ切れるかもしれないぞ」
「……恐ろしいことを言わないでくれ」
そういった理由を棚上げにしたとしても、あの身体に手を出すのはハードルが高すぎる。
「そうかなぁ。なし崩しって感じで上手く行くような気がするんだけど」
「身体があれだと流石に無理だ」
「まあ、気持ちはよく分かるけど」
分かるなら煽らないで欲しい。
「そこは覚悟を決めてロリコンになるとか」
人差し指を立ててとんでもないことを言うのは編めて欲しい。
もちろんそれには頷けない。
「無理だ」
「だろうなぁ」
苦笑しながら同意するマーシャ。
「私は子供の頃からレヴィのことが大好きだったけど、あの頃の私に手を出すレヴィは流石に想像出来ないしな」
「もふもふになら手を出されていたんじゃないか」
「それはもう、たっぷりと」
「………………」
たっぷりともふられていたらしい。
昔からもふもふ狂いの片鱗は目覚めていたということだろう。
「まあ、あれだ。シオンの行動についてはある程度大目に見てやって欲しい。多少は暴走気味になることもあるだろうけど、なるべく応じてやってくれると嬉しい」
「努力はする。気持ちに応えるかどうかは別問題だが」
「まあ、そこが最低限の妥協だろうな」
マーシャは立ち上がって台所に戻る。
今度は自分が作るようだ。
俺の手順を思い出して、その通りにしていく。
下味付け、ソース作り、揚げ、と手際よく進めていく。
そして見た目は俺が作った物とほとんど変わらないピリ辛チキン丼が出来上がった。
「こんな感じかな」
「食べてみれば分かる」
「うう。私は流石にお腹いっぱいなんだが……」
卵焼きに俺が作ったピリ辛チキン丼を食べたのだから無理もない。
余裕はあるのかもしれないが、丼物二杯はきついだろう。
「俺でいいなら試食しようか?」
「頼む。オッドの舌なら間違いないだろうし」
マーシャは自分が作ったピリ辛チキン丼を俺に差し出してくる。
しかしそのタイミングでレヴィが戻ってきた。
「ただいまー……って、何やってるんだ?」
いつもとは状況が逆なので、レヴィが不思議そうに首を傾げている。
料理を出すのが俺で、食べるのがマーシャだというのなら理解出来るのだろうが、その逆は想像の外だったらしい。
マーシャから差し出されたピリ辛チキン丼を俺が食べようとしている。
何故か気まずい。
レヴィが少しだけむっとしているのが分かる。
誤解なんだが、状況的に言い訳の余地が無い。
いや、後ろめたいことは何も無いのだが、レヴィの気持ちはよく分かるのだ。
自分の恋人が他の男に料理を作ってやるところを見れば、それは面白くない気持ちにもなるだろう。
しかしマーシャの方はそんな機微に気付かないらしく、無邪気な笑顔をレヴィに向ける。
「お帰り、レヴィ」
「おう。ただいま、マーシャ。それで、何をやっているんだ?」
「うん。実はオッドに料理を習っていたんだ。で、出来上がったものを試食してくれるように頼んだ」
マーシャ自身には疚しいことは一つもないので、堂々と宣言している。
俺はレヴィの穏やかとは言えない視線を向けられて、こくこくと頷く。
すごく怒っているというか、ムッとしているのが分かる。
どれだけ独占欲が強いのだと呆れたくなるが、それだけマーシャを大切にしているということなので、責めることも出来ない。
「ふうん。じゃあ俺が試食してもいいか? ちょうど腹減ってるんだ」
「え? でもまだ上手く出来たか分からないし……」
自信が無いものを出したくないマーシャの気持ちは分からなくもないのだが、この状況で俺が食べたら後が怖い。
恋人が作った初めての手料理を他の男に奪われるのは、流石にいい気はしないだろう。
正確には、初めての料理と言える物は卵焼きで、それは既に食べてしまっているのだが、ノーカウントとさせてもらおう。
「どうぞ」
「おう。悪いな、オッド」
「いえ。作っているところは俺がしっかりと監督していますから、おかしな味にはなっていない筈です」
マーシャの不安を否定するように、俺は付け加えておいた。
はらはらしているマーシャを少しでも安心させてやりたかったのだが、やはり緊張している。
そういう部分は女の子らしくて可愛いと思うのだが、この状況では明らかに俺が邪魔だろう。
「オッドが保証してくれるのなら安心だな」
食卓に座って早速食べ始めるレヴィ。
「………………」
「………………」
マーシャがそわそわとしながらレヴィを見ている。
美味しいのか不味いのか、それが気になるようだ。
レヴィはそんなマーシャの様子に気付いているが、焦らしながら楽しんでいるのが分かる。
そんな二人を見て、幸せそうだなと思うのだった。
「うん。美味い。初めて作ったとは思えない出来だぞ」
「本当かっ!?」
マーシャの顔がぱっと輝く。
尻尾が勢いよくぶんぶんと振られ、全身で嬉しさを表している。
そんなマーシャの頭を撫でるレヴィも嬉しそうだった。
嘘は言っていないのだろう。
「まあ、流石にオッドのピリ辛チキン丼には届いていないけどな。それでも初めて作ったにしてはかなり上出来だと思うぞ」
「そうか。うん。オッドにはしばらく追いつけないと思う。まともに料理をしたのは今日が初めてだからな」
「それでこの出来ならすごいと思うぞ」
「うん。もっと頑張る」
「また作ってくれよな」
「もちろんだ」
レヴィの嬉しそうな顔を見ていると、試食を引き受け損ねて本当に良かったと思う。
もしも食べていたら、しばらく恨まれてしまっただろう。
マーシャが自分の為に料理を覚えようとしてくれたことも、真っ先に好物を作ってくれようとしたことも、本当に嬉しいのだろう。
レヴィの表情がかなりデレデレしたものになっている。
締まりの無い緩んだ顔だが、幸せそうなのはいいことだ。
「今はまだこれだけだけど、レシピを増やしたらもっといろいろ作れるようになると思う」
「それは楽しみだ」
あらゆる才能に恵まれたマーシャだからこそ、その気になれば料理の腕もあっという間に上達するだろう。
俺などあっという間に追い抜かれてしまうかもしれない。
そう考えると悔しくもあり、楽しみでもある。
「………………」
しかし、二人がラブラブすぎて、少しばかり居心地が悪い。
明らかに俺がお邪魔虫だとは思うのだが、出て行こうにもここは俺の部屋だ。
二人に遠慮して出て行くのは何かが違う気がするし、かといってそういう事は二人っきりで思う存分、自分の部屋でやって欲しいとも言いづらい。
そして二人は俺のことなどお構いなしにいちゃつき始めている。
「………………」
盛大なため息が漏れるが、文句を言う訳にもいかない。
幸せそうな二人の邪魔をしたら、馬に蹴られてしまうかもしれない。
仕方がないので、リビングエリアから寝室へと移動する。
俺の部屋は二つに分かれているので、一応は避難先もあるのだ。
寝室に本を持ち込んで、のんびりと読書でもすることにしよう。
その内いちゃつき飽きたら出て行ってくれることだろう。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!