「なんか黒い会話をしているけど、そっちの美人さんをそろそろ紹介してくれないか?」
二人の黒い会話を聞いて呆れているタツミだが、ただ者ではないことは理解したようで、少しだけ興味を抱いている。
「ああ、紹介するよ。彼女はマーシャ・インヴェルク。俺の大事なもふ……げふっ! もとい、仲間だよ」
俺の大事なもふもふ……と言おうとしてマーシャに鳩尾を殴られ、渋々訂正するレヴィだった。
「初めまして。マーシャ・インヴェルクだ。レヴィが世話になったようだから一応礼を言っておく」
犬相手にどういう態度を取ればいいのか悩んだマーシャだが、取り敢えず普通に挨拶をしておいた。
「タツミ・ヒノミヤでーす。ちなみにこっちにいるのが俺の飼い主であるお嬢だぜ」
「飼い主って言わないで」
頭痛を堪えるようにこめかみを押さえるランカは、傍観姿勢から一転して優雅に一礼した。
「ランカ・キサラギと申します。この度は我が家の駄犬がお世話になったようで、お礼申し上げます」
「はあ……」
「どうも……」
飼い主扱いするなと言う割には、普通に駄犬呼ばわりしているランカに対して、曖昧な返事をする二人。
微妙な主従だと思ったのかもしれない。
「レヴィン・テスタールだ。よろしく、ランカさん」
レヴィだけが名乗っていなかったので、最後に自己紹介をしておく。
それからレヴィ達はここにやってきた経緯をランカに話した。
人体強化タイプ麻薬の密輸については、確実にラリーが関係しており、そうなればキサラギにとっても無関係では居られないと判断したからだ。
マフィア同士の抗争など、本来は関係無いと割り切るのだが、悪意によって巻き込まれた今回だけは話が別だ。
レヴィがラリーを潰す為にタツミとのパイプを持とうとしたように、マーシャもランカとの関係を深めようとした。
幸い、マーシャには金という武器がある。
ランカが敵を潰す為に金が必要だというのなら、援助もするつもりだった。
巻き込まれた事情を聞いたランカは深々と頭を下げた。
「貴重な情報をありがとうございます。ラリーの動きには極力気をつけていたつもりなのですが、そんな危険なものを利用しようと考えていた事までは知りませんでした。この情報が無ければ対応が遅れていたところです。改めてお礼申し上げます」
楚々とした仕草で頭を下げるランカは、人形のように美しい。
本当にマフィアの当主には見えない美少女だった。
しかし頭を上げた時に見せた表情でその印象が一変する。
黒曜石の瞳には冷酷な光が宿っていた。
こんな汚い手段で自分達に牙を剥くつもりならば、こちらも一切の容赦をするつもりは無いという、強烈な意志を感じた。
「しかしそうなると貴方達の身が危ないですね。よろしければ当家に招きたいと思うのですが、如何でしょう?」
キサラギ本家ならばセキュリティがしっかりしているし、身を護るのにも、ラリーの情報を得るのにも好都合な環境だ。
確かに魅力的な申し出なのだが、今回はそうもいかない。
「気持ちは嬉しいけど、そういう訳にもいかない。私達は特殊な技術を持っていて、恐らく彼らはそれを狙っている。持ち船から目を離す訳にはいかないし、それに今回の件をこのままにするつもりはない。だから一旦この星の外に出て、詳しい事情を調べるつもりだ」
「麻薬の出所について調べるつもりですか?」
「ああ。まずはクロドの依頼人から当たってみる。そこから辿って行けば、大本に辿り着ける可能性が高い。どういう手口で彼を騙したのか、それを突き止められれば、麻薬の密輸そのものが止まるかもしれないし」
正直そこまでしてやるのもどうかと思うのだが、自分達の事情でもあるし、もののついでなら構わないと考えるマーシャ。
「それでは出発前に是非とも当家へお越し下さい。こちらが持っている限りの情報をお渡ししましょう」
マーシャがどうするつもりなのかを理解して協力を申し出るランカ。
彼女は疑うということを最初からしないようだ。
「気持ちはありがたいが、もう少し疑った方がいいと思うぞ。それでは簡単に騙されてしまう。……まあ、今回彼らに騙された私達が言えるような事ではないけれど」
「お気遣いありがとうございます」
しかしランカの方は優雅に笑うだけだった。
その笑みはとても大人びているのに、顔立ちだけが幼いので不思議な魅力があった。
同性であるマーシャでさえもドキドキしてしまう。
「これでもきちんと考えて言っているんですよ。今回は私達と貴方達の利益が完全に一致します。ですから共通の目的を果たすまで、貴方達に私達を騙す理由はありません。それは即ち、貴方達の目的を阻害する行動ですから。貴方達が自分達の首を大喜びで絞めるような被虐趣味ではない限り、あり得ない可能性でしょう?」
「なるほど。確かに私達がドMではない限り、あり得ない可能性だな。降参だ」
マーシャが身も蓋もない言い方で両手を挙げた。
考えるところはきちんと考えているらしい。
若くてもやはり大家の当主ということなのだろう。
「今日の所は仲間が待っているから失礼させて貰おう。後日、必ず寄らせて貰う」
「ええ。お待ちしております」
マーシャとランカは携帯端末で連絡先を交換した。
これでいつでもお互いに連絡を取り合う事が出来る。
レヴィも今回の目的は果たしたので満足した。
「よし。ホテルに戻ろうか、レヴィ」
「おう。オッドの料理早く食べたい」
「後でちゃんと謝っておけよ。言葉には出さなかったが、すごく心配していたんだからな」
「あいつは俺に対して過保護なんだよ。まあ、謝るけど」
元部下なのに、どうしてもオッドが保護者のような感じになってしまう時がある。
彼の方が年上である所為なのかもしれない。
しかしレヴィはそういう関係が気に入っていた。
マーシャは携帯端末でタクシーを呼ぼうとするのだが、それに気付いたランカが新たな提案をしてきた。
「よろしければ送りましょうか? こちらの車は広いので、席に余裕がありますし」
「なら、お言葉に甘えようかな」
断るかと思ったが、マーシャは素直に応じた。
タクシー代をケチったのではなく、ランカともう少し話してみたいと思ったのだ。
マーシャは後部座席に乗り込む。
レヴィはその隣に座った。
そして忘れ去られたタツミが哀れを誘う声で呟く。
「お嬢~。そろそろ動けるようにして欲しいんだけど……」
倒れたまま、そんな懇願をしてきた。
「あら。すっかり忘れていたわ」
「酷いよ、お嬢……」
本気で忘れていたらしいランカはタツミの傍にしゃがみ込んでから、胴体と足に刺していた針をすっと抜いた。
どういう仕組みなのか、血は流れない。
かなり深く差し込んでいたのに、ほとんど痛みを感じない。
恐るべき技術だった。
ようやく動けるようになったタツミは、ランカと一緒に車へと乗り込む。
かなり大きな車で、後部座席は六人が向かい合う形になっている。
正面の席に二人が座り、ランカの護衛と運転手は前座席についた。
そして車が発進する。
マーシャは予約しているホテルの名前を告げる。
「あら、コンフォース・ホテルに泊まっているんですね」
「そうだけど、知っているのか?」
「ええ。うちが経営しています」
「わお」
「何なら料金をサービスしましょうか?」
「お金には困っていないから大丈夫」
「そういえばリーゼロックの関係者でしたね。投資家もしているようですし、無用な気遣いでしたね」
「まあな」
「投資家ってそんなに儲かるのですか?」
「お金の流れが見えていれば、いくらでも稼げると思う」
「お金の流れって、どうやったら見えるのですか?」
「勘かな」
「……参考になりませんね」
女性二人はそれなりに盛り上がっているようだった。
美少女と美女が和やかに話しているのは、実に微笑ましい。
目の保養になっているのでレヴィもご機嫌だった。
「久しぶりにお嬢が嬉しそうにしているのを見たなぁ」
そんなランカを見てタツミも嬉しそうだった。
どこまでも主人に忠実な犬である。
十分も走らせると車はホテルの前に到着した。
「送ってくれてありがとう。明日また会おう、ランカ」
「ええ。こちらこそ楽しい時間を過ごさせてもらいました。もしご迷惑でなければお友達になってくださいな」
「私で良ければ喜んで」
気さくなランカのことをマーシャも気に入ったようだ。
マーシャとレヴィは車から降りてそのまま別れようとしたのだが、そのタイミングで大型トラックが彼らの前に突っ込んでこようとしていた。
「っ!!」
真っ先に反応したのはマーシャだった。
懐から銃を抜いてタイヤを撃ち抜く。
バランスを崩した大型トラックが強制的に方向転換され、そのまま路上の柱にぶつかって倒れた。
周辺にいた人たちは慌てて避難していたので、怪我人は出たが死人は出ていない。
あの大型トラックは間違いなくマーシャ達のいる場所へと突っ込んでくるつもりだった。
マーシャとレヴィ、そしてランカとタツミ、運転手と護衛を含む六人を殺すつもりだった事は明らかだ。
「お嬢は中にいろっ!」
車の中にあった棒を手にして外に出るタツミ。
険しい表情で大型トラックを睨み付けている。
タツミの言葉に従った訳ではないのだろうが、ランカは大人しく車の中に居た。
携帯端末で各所に連絡を取っている。
怪我人の保護を指示しているのだろう。
護衛二人も車から出て銃を構える。
あれが自分達を狙ったものならば、これで終わりの筈が無い。
倒れた大型トラックの中身、つまりボックス部分には襲撃用の人員が詰め込まれている筈だ。
マーシャの銃撃でトラックごと倒れた為、中の人間もそれなりのダメージを受けているだろうが、行動不能にまではなっていないだろう。
ノーダメージではない筈なので、襲撃されても十分に対応出来ると判断したが、それでも警戒態勢は崩さない。
しかしその予想は半分当たりで、そして半分外れていた。
そしてその半分が致命的だったことに、彼らはまだ気付かない。
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