「でも、その気になれば今からでも成長は出来るですよね?」
「出来るけど、それはお勧めしない。だって、シオンは……」
「分かってるですよ。内面はまだ子供です。でも、あたしは、一日でも早くオッドさんに追いつきたいですです」
「……それには中身が追いつかないといけないんだが」
「それも分かっているですよ。でも、あたしはそう簡単には大人になれないと思うですよ」
「まあ、それもそうか」
身体の成長と同じように、心の成長にも時間が必要だ。
時間と、そして経験。
それが心が大人になっていくのに必要な過程なのだから。
「大人になったからって、オッドが振り向いてくれるとは限らないぞ」
「分かってるですよ。でも、子供のままだと、気持ちすら伝わらない気がするですです」
「うーん。それも難しい問題だよなぁ」
子供だから、そういう対象として見られない。
それは事実だろう。
マーシャにも経験があることだった。
幼い頃のマーシャはレヴィが大好きだったが、レヴィはマーシャのことを可愛い子供扱いしていて、決して恋愛感情は抱かなかった。
というよりも、そんなことは考えもしなかっただろう。
大人になって、再会して、そして好きだと伝えて、初めてそれが伝わった。
子供の頃のマーシャが同じ事を言っても、レヴィは本気にしなかっただろう。
いや、本気にはしてくれたのかもしれないが、応じてはくれなかっただろう。
子供としてのマーシャは、あくまでもレヴィにとっては護るべき子供という存在だったのだから。
「オッドはロリコンじゃないだろうしな」
「オッドさんがロリコンになってくれるなら手っ取り早いんですけどね」
「それ、オッドの前で言うなよ」
マーシャはぶるぶる震えながらシオンに注意する。
ロリコン扱いされて本気でキレたオッドを思い出して、更に震えた。
レヴィの首を締め上げて、更には食事の質を落とされた。
あんなオッドは二度と見たくない。
というよりも、怒らせるのが怖すぎる。
二度と逆鱗には触れないようにしよう、とレヴィと一緒に誓い合ったのだ。
シオンが同じ事を言ったらどんなお仕置きをされるのか、考えるだけで恐ろしい。
幼い少女の首を絞めたりはしないだろうが、恐ろしいお仕置きをすることは間違いないだろう。
どんなお仕置きなのか、想像すらしたくない。
「言わないですよ~。拳骨されちゃいます」
「拳骨で済めばいいが……」
ぶるぶると震えながらマーシャが呟く。
「オッドさん、なんだかんだで子供には優しいですよ? シャンティくんにも、あたしにも、そんなに酷いお仕置きはしないと思うです」
「そうか。まあ、そうだな」
マーシャやレヴィがいない時など、二人の面倒をよく見てくれているのを知っている。
自分達をサポートしてくれているのだと分かっているが、それ以上に面倒見がいいのかもしれない。
「そんなところも、大好きだって思うんですけどね……」
そう言ってシオンは少しだけ寂しそうに笑う。
「………………」
それを見たマーシャも、少しだけ寂しい気持ちになった。
自分でもどうしたらいいのか分からない気持ちに対して、これからどうするべきか戸惑っている。
それはシオンが恋心に目覚めたからであり、女の子として成長しているという証でもある。
嬉しい気持ちと、寂しい気持ちが同じぐらいの割合で存在する。
なかなかに複雑な心境にさせられるのだった。
まだ恋愛をするには早いと思うのだが、自分から幸せになろうとしている姿を見るのはとても嬉しい。
精神的にはまだまだ自分が護っていかなければならないと考えていたシオンが、自分の力で少しずつ前に進んで言ってくれているのが、寂しくもあり、嬉しくもある。
一番大きな気持ちはもちろん、祝福してやりたい、というものだった。
シオンの頭をそっと撫でてやりながら、マーシャは笑いかける。
「オッドはいい男だからな。シオンが好きになったのも分かるよ」
「はい。オッドさんはとってもいい男ですです」
客観的に見て、オッドはいい男だとマーシャも思う。
顔立ちはそこまで整っている方ではないが、崩れてもいない。
大勢の中にいれば、普通に埋もれてしまうぐらいのものだった。
しかしレヴィに対して忠実で、戦闘能力も高く、面倒見も良く、料理も上手で、基本的には優しい。
かなりの優良物件だと思う。
シオンがオッドのどんな部分に、具体的にはどんなきっかけで恋心を抱いたのかは分からないが、抱いてしまう気持ちは理解出来る。
外見も性格も、そして戦闘スタイルもかなり違うが、長年レヴィの相棒を務めてきただけあって、根本的な部分は似ていると思う。
大切なものを護る、という在り方。
それは二人に共通していると思うのだ。
「マーシャ。だから、あたしの外見年齢を、きちんと成長させて欲しいですよ」
「それはまあ、可能だけど……」
「えーっと、出来れば加速させて大人にしてもらったり……」
「それは駄目だ」
「えー……」
「今の外見から、ゆっくりと、つまり十五歳の外見から人間と同じ速度で成長させることは出来る。だけどいきなり大人の身体になるのは駄目だ。それはシオンの為にならない」
「う~……」
「不満そうに唸っても駄目だ」
「だって~。ナイスバディになったらロリコンじゃなくてもオッドさんを誘惑出来ると思うですよ」
「オッドがナイスバディが好みだとは限らないだろう?」
「ロリコンじゃないならナイスバディの方が可能性が高いですです」
「……まあ、言われてみればその通りかな」
オッドが聞いていたら二人共に拳骨を喰らわせそうな台詞だった。
幸いというべきか、オッドの姿は無いので拳骨は飛んでこないのだが。
「あまり焦るな」
「う~」
マーシャから見ても焦って道を間違えようとしているシオンを、ゆっくりと宥める。
このままだと不味いことになりそうな気がしたのだ。
恋心を手助けしてやりたい気持ちはもちろんあるのだが、だからといって暴走するのは止めなければならない。
子供だからこそ、自制が利かない場合も多いのだ。
そこは大人である自分が上手く調整してやらなければならない。
「………………」
といっても、マーシャ自身も自分がそこまで大人だとは思っていないのだが。
まだ十九歳なのだ。
幼い頃の記憶が曖昧で、自分の生年月日も分からないので、本当の意味での実年齢は分からないのだが、この年齢よりも上ということはないだろう。
二十歳にもなっていない子供だという自覚はある。
それでも、レヴィに追いつこうと、必死で背伸びをしてきたのだ。
だからその分ぐらいは大人になっていると信じたい。
少なくとも、シオンよりは大人なのだから。
「外見は特徴の一つでしかない。大人の身体を手に入れたからといって、中身が幼いままならオッドは振り向いてくれないと思うぞ」
「う~。やっぱり?」
「あれでなかなかの頑固者っぽいからなぁ」
「ですです」
それはシオンも実感していることだった。
オッドにとってシオンという存在は、面倒を見なければならない子供であって、欲しいと思う女性ではないのだ。
大人と子供という、明確な線引き。
そしてロリコンにはなりたくないという常識的な忌避感。
それらがシオンを女性として認識させない。
それを乗り越えてでも欲しいと思える何かが、シオンに足りないということでもあるのだろう。
「まあ、オッドがどうしても大人の身体でないと手を出せないというのなら、私としても考えるけどな。ただ、無理な成長はやっぱり好ましくない。シオンの身体に負担もかかるだろうし」
「でも十五歳までは一気に成長させたですよね?」
「言っておくが、それも最新の設備と、細心の注意を払って促成させたんだぞ。幼いままだと電脳魔術師素体《サイバーウィズマテリアル》として機能出来ないからな」
「分かってるですよ。ただのシステムとして開発されてた筈のあたしを、こうやって妹みたいに扱ってくれているのは、本当に感謝しているですです」
「……そうか」
最初は、本当にシステムとして開発しただけなのだ。
しかしシオンにも自由意志があって、望みがあって、やりたいことがあるのだと分かってからは、家族として扱うと決めたのだ。
レヴィならばきっとそうすると思ったから。
そして、そんなシオンを道具として扱ったら、レヴィに嫌われてしまうかもしれないという恐怖もあった。
その考えはきっと間違っていない。
レヴィと再会して、シオンを初めて見た時の反応。
マーシャがシオンを道具として扱っているかもしれないという考えが彼の頭の中によぎった時の忌避感に満ちた表情。
幸い、すぐに誤解は解けたのだが、あんな顔で見られるのは二度とご免だ。
レヴィに嫌われるのは怖い。
愛されていると分かるからこそ、その愛情を失うのが怖い。
そしてそんなレヴィに助けられたからこそ、それに恥じるようなことはしたくないのだ。
「シオンはまだ生まれて一年も経たないけど、その身体に引き摺られている所為か、内面年齢までも一歳児という訳ではないからな。多分、五歳児ぐらいにはなっていると思う」
「幼女じゃないですかっ!」
「事実なんだから仕方無いだろう。赤ん坊だと言われないだけマシだと思え」
「う~」
むくれるシオンの頭をよしよしと撫でてやる。
五歳児は言い過ぎかもしれないが、少なくとも十五歳ではないだろうと思う。
精神年齢が本当はいくつぐらいなのか、マーシャにも分からない。
だけど大人になりたいという気持ちがあれば、その成長はきっと加速されるだろう。
シオンとしてはのびのびと、無理をせずに成長していって欲しいと思うのだが、それは自分の勝手な感情だと分かっているので、押しつけるつもりもない。
「まあ、シオンはシオンの速度で成長すればいいさ」
「それでオッドさんを振り向かせられるですか?」
「それは分からない。でも、今の状態で身体を成長させるのは反対だな。その状態でオッドの気持ちを変えることが出来たら、その時はきちんと成長出来るようにする。もちろん、いきなり大人の身体にはしてやれないけど、普通の人間と同じように、きちんと歳を取れるようにするよ」
「よろしくですです」
シオンとしては今のまま成長が止まっているのは困るので、何とか成長させて欲しいというのが相談内容だった。
そしてその願いは半分だけ叶えられるかもしれない。
いきなり成長させるのは無理だが、オッドを振り向かせることが出来れば、きちんと大人になれるのだ。
だからこそ、頑張ろうという気持ちになる。
今のままで出来ることは限られているかもしれないが、それでも、出来ることを精一杯頑張ろうという気持ちが芽生えてくる。
それが一番大切なことなのだと、シオンは知っている。
「まあ、あれだ。私から言えるのは、今のシオンに出来ることを頑張れ、ということだな。私に協力出来ることがあるのならいつでも力になるつもりだが。でもまあ……正直なところ、恋愛ごとだと私もかなり不器用な自覚があるからなぁ。あまり力にはなれないかもしれない」
マーシャが申し訳なさそうに頬を掻く。
マーシャの恋愛は駆け引きではなく体当たりみたいなものなので、一般的なそれとは大きくかけ離れている。
レヴィはそんなマーシャを好ましいと思っているからこそ恋愛として成り立っているが、他の男性が同じように考えてくれるとは思えない。
率直すぎて、体当たり過ぎて、ドン引きする可能性も否定出来ない。
最初はレヴィも頭を抱えていたことが多かったことも思い出し、やはり自分は恋愛ごとの相談役として頼もしい存在だとは言えないと自覚してしまう。
「ん。頑張るですよ。オッドさんに恋愛対象として見て貰えなくても、それでも気持ちは伝えたいですです。でも、あたしは子供だから……」
「?」
「子供だから、色々と我慢出来なくなることが多いですです」
「……そこは我慢することを覚えようか」
つまり、じっくり時間を掛けて、コツコツとオッドを振り向かせることが出来ないかもしれないということだった。
大好きだからこそ、その気持ちを抑えられなくて、気持ちを伝えるだけでは我慢出来なくなるかもしれない。
恋愛に対する暴走とは恐ろしいもので、時に相手を疲弊させる場合もある。
そうなると今度はかなり心配になってしまう。
「それが大人への第一歩だぞ。内面的に成長しないと、オッドにも振り向いて貰えないんじゃないかな」
「うぅ~」
膨れっ面になるシオンをよしよしと撫でてやる。
我慢出来ないという気持ちは、マーシャにも理解出来るものだった。
幼い頃の自分は、レヴィに会いたくてたまらなかった。
スターリットにいると分かってからは、自制を捨ててでも会いに行こうと何度も思った。
それでもシルバーブラストとスターウィンドが完成するまで待って、きちんと大人になるまで我慢出来たのは、相応しい自分になりたいという気持ちがあったからだ。
護られるだけの自分ではいたくない。
護れるだけの力が欲しい。
かつて自分が護って貰えたように、自分もレヴィを護れるようになりたかったのだ。
そして隣に立って、背中を預けて貰えるだけの力を身につけたと確信したからこそ、マーシャはレヴィに会いに行ったのだ。
そして今はそんな自分を誇りに思っている。
レヴィに対する愛情だけではなく、誰よりも憧れた人に頼って貰える自分が誇らしいと、そう思っているのだ。
シオンに同じ事を求めることは出来ないだろう。
彼女は戦闘タイプではない。
もちろん、天弓システムを扱わせればかなりの無敵状態になるが、きっとそういう事ではないのだ。
「好きだからこそ、我慢出来ないって気持ちはよく分かるよ」
「うぅ~」
「でも、だからこそ焦ったら台無しになるぞ」
「あう~」
「だから頑張れ。応援はしているから」
「頑張るですですっ! いざとなったら押し倒すですですっ!」
「……オッドを押し倒すのは無理だろう。元軍人だぞ」
肉体的にはごく普通の少女であるシオンがオッドを押し倒すのは、どう考えても無理がある。
逆なら可能だが、それは流石に想像出来ない。
想像しただけでオッドに怒られそうなので、想像することも出来ない。
「その時は一服盛るですですっ!」
「それはやめておけ」
そんなことをしたら振り向かせるどころか、嫌われかねない。
こじれるどころか、取り返しのつかないことになってしまうだろう。
「こじれるのは困るです……」
「なら止めておけ」
子供が怖いのはこういう暴走だ。
善悪の区別がつかない訳ではないのだが、やってはいけないラインの線引きが曖昧になっている。
普段ならその線引きもきちんと理解している筈なのだが、恋の暴走により、それも曖昧になりつつある。
だからこその『暴走』なのだろう。
マーシャがシオンをサポート出来るとすれば、それを上手くコントロールしたり、宥めたりすることなのかもしれない。
「とにかく、強引なのは良くない。少しずつ距離を詰めていくやり方の方がいいと思う」
「そういうものですか?」
「多分」
断言出来るほどマーシャも経験豊富という訳ではないので、その返事は曖昧になってしまう。
マーシャ自身は少しずつ距離を詰めるどころか、行き当たりばったりの体当たりでレヴィとくっついたのだから、参考にはならないだろう。
「多分」
しかしオッドに体当たりは良くないような気がするのだ。
キレると恐ろしいのは身に浸みて理解している。
何が正解なのかは分からないが、とにかく焦るのは禁物だと言い聞かせる。
「ん~。とにかく、暴走しない程度に頑張ればいいですね?」
「そうだな。それが一番いいのかもしれない」
「じゃあ、頑張るですです」
「その意気だ」
頑張ってくれるのは嬉しいのだが、変な方向に暴走しないようにだけ注意を払っておく必要があるかもしれないとマーシャは密かに考えた。
そして二人が上手く行けばいいと、心から願う。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!