シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

Rewrite Edition 2

もふもふには絶対服従なんです

公開日時: 2021年4月23日(金) 10:36
文字数:3,627

 その日、シルバーブラストの船内ではちょっとした言い合いが行われていた。




「嫌だーっ! 話が違うじゃないかっ! 絶対に嫌だーっ!」


 レヴィが本気で嫌そうに暴れている。


 暴れているというよりは、駄々をこねている感じだった。


「まあそう言うな。やってみれば案外楽しいかもしれないぞ」


 そしてマーシャはそんなレヴィを宥めている。


 こうなることはある程度予想していたようだった。




 新しく乗組員になったレヴィとオッド、そしてシャンティの三人は、元々の乗組員であるマーシャとシオンとはそれなりに仲良くやっているつもりだった。


 言い合いをすることも、喧嘩をすることもなく、スターリットから旅立って一週間ほどが経過している。


 まずは惑星エミリオンに向かおうということになったのだが、それにはまずレヴィが難色を示した。


 レヴィは惑星ホルンの出身だが、エミリオンで長年軍人として働いてきた為、顔も名前も知られている。


 表向きは死亡していたとしても、顔を出すのはありがたくないということだろう。


 その意見はもっともだと思うのだが、マーシャにもエミリオンに向かう理由があった。


 というよりも、レヴィ達の為にもエミリオンの面倒事は早めに片付けておく必要があると判断したのだ。


「確かにレヴィとオッドは表向き死んだことになっているけど、個体情報が残っているだろう?」


「そりゃあ、死んだ後も個体情報まで消される訳じゃないからな」


「だからこそエミリオンには近付きたくない。書類上死んだ人間の個体情報と一致したりしたら、大変なことになるからな」


 マーシャの質問にレヴィとオッドが複雑そうな表情で頷く。


「だからこそだ。それは他の惑星でも確実に影響すると思う。万が一、何らかのトラブルに巻き込まれたりした場合……最悪逮捕された場合、個体情報の採取は避けられない。そしてそれは各惑星に登録されている個体情報とも照合されるだろう。軍人の個体情報などは部外者が照合することは不可能だけど、生きているレヴィ達の個体情報がエミリオンに問い合わせられるのはありがたくないんじゃないか?」


「それは、極めつけにありがたくないな……」


「出来れば避けたいところだ」


 今度は本気で嫌そうな顔で頷く。


 考えただけでぞっとする話だった。


「うん。私もそれは避けたい。事後処理が面倒だからな」


「………………」


「………………」


『そうなったらお終いだ』ではなく、『事後処理が面倒』で済ませてしまう台詞が実に恐ろしい。


 何をどう事後処理するのか、考えたくはない。


 そこは敢えて考えないようにしておこう。


 マーシャの行動力と財力、そして戦闘能力は並ではない。


 彼女が本気で行動を開始したら、エミリオン連合軍ですら堂々と相手取れそうなのが恐ろしい。


 もちろんシルバーブラストとスターウィンドのみでそんなことは出来ない。


 しかしその気になればリーゼロックの後ろ盾があるのだ。


 リーゼロックPMCの戦力も勘定に入れれば、エミリオンですら相手取れるのは間違いない。


 しかしひっそりと生きていきたいレヴィ達にとって、それは極めつけにありがたくないことだった。


「だからこの際、二人の個体情報を完全に消去しておこうと思うんだ。エミリオン連合の管制頭脳に割り込んで、完全消去を行う。それである程度は安心出来ると思うし」


「まあ、言われてみればその通りかな」


「そうですね。レヴィの為にもその方がいいでしょうね」


「お前なぁ、ちょっとは自分のことも心配しろよ」


「してますよ。貴方のついでに」


「………………」


 相変わらずのレヴィ優先だった。


 しかしその気持ちは素直に嬉しい。


「心配しなくてもオッドの個体情報もきちんと消去しておく」


「頼むぜ」


「感謝する。しかし、そうなるとエミリオン連合の機密情報にアクセスすることになるぞ。大丈夫なのか?」


 軍人の個体情報というのは、ある意味で最高機密に属している。


 セキュリティもかなりのものだが、そんなものに侵入して、痕跡を残さずに消し去ることが可能なのだろうかと心配している。


 電脳魔術師《サイバーウィズ》としては超一流であるシャンティですら、エミリオン連合の管制頭脳に何の痕跡も残さず割り込むことは難しいと言っていたのだ。


「僕一人なら厳しいけどね。シオンが手伝ってくれるから大丈夫」


「ですです~。あたしが手伝えば百人力ですよ~」


 自信満々のシャンティに対して、シオンの方はのんびりとした口調だった。


 口調はのんびりとしているのに、言っている内容は恐ろしい。


「僕が問題にしているのはあくまでもセキュリティの厳重さだからね。こっちの処理能力を圧迫してくるんだ。生身の電脳魔術師《サイバーウィズ》だとそっちの対処だけでしんどくなるんだけど、そこをシオンに担当して貰えれば問題無いよ。あの天弓システムを操れる処理能力を持ったシオンなら、全く問題無いと断言出来るね」


 百もの分離型ビームを自在に操れるのだ。


 その一つ一つが精密射撃に等しい精度を持っている。


 それだけの処理能力を持つシオンならば、管制頭脳が仕掛けてくる程度の処理は問題無いということだろう。


「はいです~。シャンティくんが攻略を担当して、あたしが雑用を引き受けるですよ。本当は攻略もしてみたいんですけど、こういうのは経験が必要になるってシャンティくんが教えてくれたので。今はお勉強中ですです~」


「うん。シオンは処理能力は凄いけど、ちょっと素直過ぎるからね。痕跡を残さずに侵入するっていうのはまだ難しいと思う」


「頑張ってお勉強するですよ」


「うん。僕としても教え甲斐があって楽しいしね」


「よろしくですです~」


「こちらこそ」


 ほのぼのとしたやりとりである。


 この二人はかなり仲良くなったらしい。


 しかし恋人同士というよりは、ほのぼのとした友人同士という感じだ。


 シオンはシャンティのことを頼りになる同胞と見ているし、シャンティの方も自分より能力は上であっても、経験が足りていない金の卵をどう育てようか楽しみにしているようだ。


 なかなかに面白い二人だった。


「なんというか、明らかに規格外なのに、ほのぼのして見えるのが逆に危ないと思うのは俺の気のせいか?」


「気のせいではないと思いますが、その内そういう感覚も麻痺してくるような気がしますね。この船の中に居ると」


「否定出来ねえなぁ……」


 否定出来ないだけに笑えない。


 というよりも、彼らも自覚していない。


 レヴィも含めて規格外なのだということを。


 この中で唯一まともな部類に入るのはオッドぐらいのものだろう。


 しかしこの規格外達の中で平然としているあたり、まともとは言いがたい。


 彼も十分に規格外なのだ。


「まあ、そういうことならエミリオンに行くのは問題無いけどな。むしろこっちが頼みたいぐらいだ。ついでにホルンにも行って俺の個体情報を消去してくれるとありがたいな」


「ああ、そうか。レヴィはホルン出身だったな」


「そこまで調べてるんだな」


「当然だ。レヴィのことは可能な限り調べている」


「………………」


 好きな人のことは徹底的に調べる。


 実に前向きな姿勢だが、ストーカー一歩手前なのが恐ろしい。


 しかしマーシャのような美女に好かれて悪い気はしないので、問題は無いと判断した。




 こうしてシルバーブラストはセントラル星系の惑星エミリオンに向かうことになったのだが、その途中で通信が入ったのだ。


「マーシャ。久しぶりじゃな」


「お爺さまっ! 久しぶりだっ!」


 通信画面にはクラウス・リーゼロックの姿が映っている。


 あれから七年が経過しているが、まだまだ元気そうで安心した。


 マーシャが嬉しそうに尻尾を揺らしている。


 今でもクラウスを慕っているのだろう。


「おお、レヴィアース。生きておったか」


「第一声がそれかよ……」


 あんまりな言葉にげんなりするレヴィ。


 しかし元気そうにしているのを見るとレヴィも嬉しかった。


「マーシャからの調査結果で生きているのは知っていたがな。こうやって元気な姿を見ることが出来たのは儂も嬉しい」


「そりゃどうも。俺も嬉しいよ、クラウスさん」


 昔は軍人という立場もあってそれなりに丁寧な姿勢を保っていたが、今ではかなり伝法な口調になっている。


 運び屋としてやっていく内に、こういう口調の方が性に合っていると思ったのだろう。


「シオンも久しぶりじゃな」


「あ、お爺ちゃん。お久しぶりですです~。しばらく調整の為に眠っていたですけど、ついこの間目を覚ましたですよ。今ではシルバーブラストも立派に操船出来るですです~」


「ほほう。そりゃすごいな。今度データを送ってくれ。うちの宇宙船開発部門の参考にしたい」


「いいですよ~」


「こらこら。そういうことは船長である私の了解が先だろう」


 シオンとクラウスのやりとりに呆れるマーシャ。


 自分の頭越しに貴重なデータのやりとりをされてはたまらない。


「マーシャには事後承諾でいいじゃろ」


「いいですよね~」


「………………」


 む~っとむくれるマーシャ。


 データが惜しいのではなく、相変わらず子供扱いされているのが気に入らないようだった。




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